第10話 情報収集
帝都到着から翌日のことである。
本日は晴天。絶好の狩り日和ということで、ラハヤはモイモイと一緒に罠猟に出かけた。依頼の内容は兎の家なるカフェに卸す兎を収穫する、というものだ。この世界の兎は小さな鹿の角が生えているらしい。そんな不思議な兎を拝んでみたい気持ちもあった。
けれども俺にはやることがある。元の世界に戻るための情報収集と、狩猟の神様とやらを調べなければならないのだ。
そして、今現在の俺は商人組合の玄関前にいる。組合の建物は、高級感があるハイカラな洋館だった。
黒壇床にシャンデリア。窓はすりガラス。どこか懐かしい雰囲気があるのは何故だろう。どことなく大正あたりの混沌とした日本建築を思い出すのだ。あの和洋折衷な建物である。ここのインテリアは異世界めいて小さい種族用の椅子や変なオブジェもあった。和洋異折衷であると言うべきか。
「すみません。ゴブリンの偉い人っていますかね?」
「お名前は?」
「鹿室志道です」
受付の女性が「呼んできますね~」と奥へ行く。そうしてしばし待つと、鼻に掛けるタイプの眼鏡を掛け、シックな服を着た老ゴブリンを引き連れて戻って来た。
その老ゴブリンは、智的で落ち着いた雰囲気を醸し出している。
「貴方がカムロシドーさんですか」
「ええ、少々お聞きしたいことがありまして」
「どうぞ奥へ」
書斎に案内されて俺は確信した。この世界に流れ着いていたのは日本人だ。ハイカラな書斎に似合わない木彫りの地蔵菩薩が、書棚に飾られていたのだ。
座るように促され花柄の椅子に座る。
「ゴブリンは見ての通り背が低いので、お客様の椅子よりは些か小さいですが」
俺の緊張を解すように、彼は自虐を交えて話し始めた。
「シドー様はダイニホンテイコクから来られた方ですかな?」
だ、大日本帝国? 日本は日本でも昔じゃねえか……
「大日本帝国は昔の名前で……」
「ああ、これは失礼を。……何から話しましょうか」
しばらく考え込んで老ゴブリンは「シドー様は我々が崇めている神と同じ種族だと思っております」と落ち着いて語り始める。
「日本人の神様?」
「そう。ニホンジンです。神名をフルカワサブロウニトウヘイ。ニホンゴで書くと古川三郎二等兵ですな」
老ゴブリンが羽ペンで小さな紙に漢字を書く。
二等兵までが神名……
彼らは日本軍の階級を知らないのだ。そういう行き違いも、ままあるのだろう。
「ちなみにそれは何年前の話ですか?」
「今から三〇〇年は前の話です」
この世界の年月の進みが早いのか? それともこの世界に俺を連れて来た奴が、時空さえ越えれる存在なのか?
何やら突拍子もない年月を聞かされ、俺の思考も突拍子がなくなった。そもそも何でもありな世界なのだ。思考をとんでもなく広くせざるを得ない。頭が痛くなって来る。
「どういった方だったんですか?」
「始めは我々の国に突然と現れ、我らで一番の兵士を簡単に伸してしまい『貴様は強くない』と凄まれたと伝わっております。強く智的でまさに全能の神でありました」
どこの時代の人かを俺は考えた。日清戦争の辺りか、日露か、第二次世界大戦時のいずれか。
「シドー様が背負っておられるのは、もしかしたらサンパチシキと呼ばれる物では御座いませんか?」
「いえ、これはレミントンM700と言って三八式歩兵銃と似たような物ですよ」
日露以降だな……
銃袋から猟銃を取り出して見せた。すると老ゴブリンは深く頭を下げて手に取る。
「確証が一つ得られました。色や材質は違いますが間違いない。ベイテーと戦う神の国からやって来たお方だ」
「……ああ、そっちの時代の人」
「他の種族に憎まれて嫌われていた我々に、経済という武器を教えて下さいました」
「頭のいい人だったのか。学者だったのか?」
老ゴブリンが笑う。
「神が居た一六年の歳月で当時の唯一の盟友であるドワーフたちと共に、今では大陸の四分の三を我らが資本で牛耳っております。もちろん裏からですよ? おっとこれはご内密に」
「商人組合を作ったのはゴブリンとドワーフなんですね」
「我らの祖国は鉱物資源が豊富でしたから」
おっと、いかんいかん。話を戻さねば。
「その、今日来たのは頼みがあるからでして」
「何なりと」
「元の世界に戻る方法を知りませんか? 古川さんも探していたと思うんです」
「確かに探しておられました。我々がお手伝いしたことも御座います」
「それなら……」
「残念ながら、当時の我々の力では見つからず。神もこの世界で亡くなっておられます」
目の前が真っ暗になりそうな感覚に襲われた。
だが、冷静に考えて大陸の四分の三を裏から牛耳る現在の彼らなら探せるような気がする。俺は気を取り直して頼むことにした。
「探してはもらえませんか? 元の世界に高いジムニーやら家のローンやら残して来ちゃって……」
「それはお痛ましい。神と同じく恋人も待っておられるのでしょう?」
「居ません」疾風の如き即答。
「あっ……」
「……居ませんよ」
半年前に俺は『可愛い動物を殺すのが好きな人とは一緒に居たくない』と俺の狩猟趣味が原因で完膚なきまでに振られている。それはもう心に深い傷が出来た。今でも胸の辺りが痛い。
気まずい雰囲気が流れる。居た堪れなさそうに老ゴブリンは立ち上がって伝声管で喋ると、また席に着いた。
「そのご依頼お受けいたします」
「本当ですか!」
「銀貨二〇枚でいかがでしょう?」
まあ、金は取るよな。
「どうぞ」
「それでは今から昼食でも食べて行きませんか? 丁度お昼の時間ですし」
「いいんですか?」
「我らの神に食べてもらおうと日夜研究した日本食で御座いますよ」
ここに来て日本食が食べられるとは思いもしなかった。これはここに来て一番の吉報かも知れない。
先ほどの受付の女性が食事を持って来た。
「こちらが肉じゃがと麦飯。芋焼酎で御座います」
テーブルに並べられたそれは肉じゃがに見えないこともない。違和感を覚えたのは角煮みたいにごろっとした肉があって、人参の色素が少し薄いことだった。糸こんにゃくもない。
「芋焼酎もあるのか凄いな……」
仄かに芋の香りがする。一口飲むと雑味はあるが、紛うことなき芋焼酎の味だ。
「神が亡くなる前に、お出しして差し上げたかった」
戦中にこの世界に飛ばされた古川二等兵は、故郷に帰りたかったに違いない。俺と違って恋人やらが居ただろうし。
俺はありがたく彼らの作った日本食風の料理を食べる。
「……銅貨一五枚で御座います」
「ん? は? え? ああ、なるほど。そっか、銅貨一五枚もするんだ……。はは……」
俺は銅貨一五枚を支払った。
まあ、味はそこそこ再現されていた。
商人組合で老ゴブリンに調査の依頼を取り付け、次なる目的地を目指す。
この街の狩猟組合を訪れて狩猟の神様なる者の情報を得るためだ。
しかし結果は散々たるものだった。この世界の先輩猟師に聞けども「頭がおかしいのか?」とか「酒に酔っているのか?」との言葉しか返ってこなかったのだ。
白き神鹿や白き熊神は伝承こそ残っているが、俺みたいに会ったことのある者など皆無で「探しているんです」と言ったところで誰も真面目に取り合ってはくれない。
「あの~。ちょっとお話よろしいですか?」
肩を落として気落ちする俺に受付嬢が来る。彼女は桃色髪で、兎の耳が物理的に生えている獣人だった。どんな頭蓋骨の構造をしているのか気になる。中々可愛らしい服装もしていた。
「何でしょう?」
神探しの依頼が過去に有ったのかと期待したのだが、彼女の口元がひく付いている。どうやら俺を
「変なキノコでも食べてしまわれたのでしたら、解毒薬が御座いますけど?」
どうやら薬物中毒者と間違われたらしい。俺は何もやっていない無実の身だ。
「俺は別にやましいことはしてません」
「では背負っている橙色の袋は何です? そんなに派手なのを背負って狩りになるんですか?」
ここに拉致される前の俺のメインターゲットは鹿だった。鹿の色覚は暖色を認識出来ないからこの色なのだと言ってやりたい。けれども、そんな常識がこの世界になさそうなので止めておく。
周りの猟師の格好を見ても、毛皮を着ていたり、地味な単色迷彩の服を着ていた。この世界ではあれらが主流なのだ。俺はさぞマイノリティに溢れた格好に映っているのだろう。
新しい銃袋でも縫ってみるかなぁ……
長い物に巻かれる日本人精神が、乾いた笑いを誘う。
「狩猟の神様を探しているだけなので……」
「お昼からお酒は控えたほうがいいですよ?」
獣人だからか鼻が利くらしい。駄目男に見られているのが癪に障るが、情報が得られない以上は他の目的を果たすべきだ。
「あー、失礼しました」
……今度難しい依頼を受けて見返してやろうか。
さらに次なる目的地。それは職人が集う職人街である。
煙がもくもくと昇る鍛冶屋や武器屋、防具屋などが点在する帝都ゲルトの生産拠点だ。
老ゴブリンからサービスとして、古川三郎二等兵神と交流があった世界一の鍛冶職人の情報を得た。彼も実包の供給に不安を覚え、ドワーフを頼ったのだ。
その鍛冶屋の建物は、他の建物よりもこじんまりとしていた。隠遁生活でもしているのだろうか。扉を開けて中に入ると、立派な髭と小さいが筋骨隆々なドワーフが手紙を呼んでいた。
「ドヴァさんはいらっしゃいますか?」
「そりゃ儂だよ。……なんだ? なにか用か?」
低いしわがれ声で粗野な物言い。『ドワーフは誰に対してもこうだから気を悪くしないように』と老ゴブリンが言っていた。
「これを作ってもらいたいんです」
俺が弾差しから実包を一つ取り出した瞬間、ドヴァの目の色が変わる。
「……火薬か。よりにもよって儂の代か」
「何か不味いことでも?」
「火薬の研究は儂らの国で禁止されている。火薬と言う言葉も本当は使ってはいけないほどにだ。俺の先祖もフルカワに頼まれて研究し国から追放された」
「……なるほど」
彼らにそのような事情があろうとは思いもしなかった。
「儂から質問をいくつかする。それに答えてくれ」
「ええ、どうぞ」
「お前さんの立ち姿と筋肉の付き方から見て察するに、兵士か、兵士だったかのどちらかだろう。そんなお前さんが実包の供給元を得たとして何をするつもりだ? 小銃で敵を倒して立身出世か? 気に入らない奴を殺して悦に浸るのか?」
「俺は確かに兵士でした。戦闘訓練も受けていました。だけどこいつは武器じゃなくて猟を行うための物です。これで人は撃ちません」
「もう一つ質問するぞ。少し意地悪な質問だ。お前さんに大切な人がいたとする。その人物が危機的状況に陥った時にそいつを使うか? 想定する敵は人だ」
この前の野盗騒ぎを思い出した。あの時は使わなかった。猟の道具を人の血で汚したくなかったからだ。だが、彼の言う危機的なことが起きたら俺は――
「その時も使いません。その時は」
「どうするんだ?」
それでもやはり猟の道具は使わないだろう。この前は意地を通した結果、頭を射抜かれて恥をかいたが。
「拳で何とかします。格闘術は覚えてますし……」
なるべく上手く立ち回って、それでも危機的状況が起きたらモイモイにでも任せよう。馬鹿とはさみは使いようである。
「……っぷ。はっはっはっは! 何だって?! 拳!? っくくく、だーっはっはっはっは!!」
ドヴァが腹を抱えて笑い出した。ひとしきり笑った後で彼は気を良くしたのか、膝を手で打つとこう言った。
「お前さんはあれだな。強い力を持っているのに敢えて使わず己を縛る。だが、一本筋が通っているとも言える。儂に言わせれば馬鹿だが、力になってやりたくなった」
「ありがとうございます」
これで頭の痛いのが一つとれた。
「問題が一つある。儂が作れる火薬は黒色火薬。だが、先祖の書記には黒色火薬では不適当とあった」
問題が一つ増えた。ボルトアクションに黒色火薬など使えない。
「先祖も無煙火薬という物が必要だとフルカワから聞いたそうだが、それを調合できる奴は一人しかいない。頭の逝かれた錬金術士のエルフだ。そいつに協力を頼まねばならん」
「錬金術士のエルフ……」
「儂はエルフが嫌いだ。お前さんが代わりに行ってくれ」
俺は承諾し錬金術士のエルフの元へ向かった。着々と問題は改善している。一歩ずつではあるが、確実に進んでいる現状を俺は素直に喜んだ。
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