第9話 ここがスタートライン


 

 帝都ゲルト。ゲルマフォルスク帝国の首都にして、多様な種族が住む大都市だ。まさに種族の坩堝るつぼとの二つ名に相応しく、見たこともない彼らに俺は驚くばかりだった。


 都市規模の大きい帝都ゲルトならば、神鹿の情報やグレーメンよりも稼ぎの良い依頼があると断言出来る。後は弾薬の補給をどう工面するかだ。専ら俺のやるべきことはこれに集約される。


「こんなにファンタジーしてる奴らは、グレーメンや王国の村じゃ見なかったな」


「王国は人間以外の居住を認めてません。だからじゃないですか?」


「……問答無用で国外追放の理由はそれか」


 どうやらあの時は、目が覚めたら外国人お断りの街に放り出されたようなものだったらしい。マグヌス村長のような善人がいたから最悪は免れたが、フェンニライヒという国はとんでもなかったのだ。


「グレーメンの街も王国に近いからゴブリン以外の種族は避けてるよ。王国から来た人と喧嘩になるから」


 商魂たくましいゴブリンは、少々の困難ならば商機を優先するのだろう。


「しかしあれだな。映画の撮影のようだ」


「映画? お兄さんって時々変なこと言うよね」


「映画ってのはお芝居っていうか何というか……」


 あー、そもそも映画の概念はないのか。


「演劇なら劇場で見れますよ?」


「劇場はあるのか」


 つくづく分からん異世界事情だ。


 通りを歩いていくと、金髪碧眼で長い耳のエルフや獣の耳や尻尾を持つ獣人、背が低く筋肉質で髭が生えているドワーフを見かけた。オレンジ色の屋根瓦の上から見下ろす、鳥の羽を生やした鳥人もいた。


 建ち並ぶ木組みの家の壁はパステルカラーで彩られて、石畳の通りを商人の馬車や色々な種族の人々が通って行く。海外のファンタジー映画の撮影に、エキストラとして参加したような気にさせた。もしくはコスプレ会場に迷い込んでしまった一般人。


「あれが獣人?」


「うん。でも二本足だから獲れないね」


 獣人を見て呟くラハヤに、俺とモイモイがぎょっとする。


「……冗談だよ?」


「あ、冗談なんですね。まさか四本足で歩いていたのなら狩るつもりだったのかと」


 モイモイが若干引き気味だ。彼女はしれっととんでもない冗談を言うらしい。それも黒めの。


 ラハヤの一面が徐々に露わになっているのは、彼女が俺とモイモイに気を許してきたからだと思う。モイモイの場合は最初からフルアクセルで、ブレーキが壊れてる気がする。魔狼のクーはいつも通りふてぶてしい。野盗襲撃の際も一匹だけ荷台で寝ていたし、こいつはどうも人間様を舐めている。


「まー、取りあえずは宿探そう。ここに来るまで無駄に疲れたし」


「熱い旅だったねぇ」


「こいつの頭と魔法がやばいのが良く分かった旅だったな」


「いやぁ、それほどでも、ありますけど!」


 俺の嫌味を理解しないモイモイは、褒められたと勘違いして喜んでいる。次も似たような失敗をするんじゃないだろうかと不安だ。


 宿屋に入った俺たちは、取りあえず一週間分の料金を支払いチェックインを済ませる。


 そしてまずやるべきことと言えば、三人の目的の再確認である。今までさらっとしか共有していなかったが、長い付き合いになるのは明らかだ。


 今まで『三人はどんな集まりだっけ?』と口から出そうになるほどの関係性だったが、これからはさっぱりしすぎた関係ではいられない。


 俺の部屋に集まったラハヤ、モイモイ、クーの二人と一匹も似たようなことを思っていたようだ。ラハヤだけちょっと嫌そうな雰囲気を醸し出していたが、おそらくは気のせいだろう。


「あー、ごほん。そろそろ込み入った話をするべきだと俺は思うんだ。それぞれの目的とか、目標とか」


「うーん。まぁ、やっぱり話す必要はあるか」


「じゃあ、まずは私から質問いいですか? シドーさんに対してですけど」


「ん? おう、いいぞ」


 モイモイが居直る。


「シドーさんが神様食べたって本当なんですか? しかも異世界から来たとか」


「本当だよ」


「今まで頭の可哀想な人かと思ってましたよ」


 常識が欠落してそうなお前に言われたくねえよ。


「俺の目的もそれに起因するんだ。神様見つけてこのけったいな呪いをどうにかしてもらうのと、元の世界に戻れるようにな」


 だが、俺の目的の不備があるとすれば、本当に神様に会った所で願いが叶うのかということだ。こればっかりは、藁にもすがるしか解決策が見い出せないからこその目的である。兎に角にも手当たり次第に試すより他はない。


「じゃあ、次です。ラハヤさんの神様への願いって何ですか?」


 ラハヤが目を逸らした。


「……魔獣が寄って来る体質の改善、かな?」


「ん? 魔獣が寄って来る?」


「昔の話なんだけど、街を歩いていたら占い師のお婆さんに呪われてるって言われて」


 魔獣ベヘモスの襲来は、ラハヤの体質が原因だった可能性が、ここに来て浮上した。


「その時は幼い時から魔獣と良く出会うのは巣に近づいたのか、兵士や冒険者が討ち漏らしたのかなって思ってたんだ」


「確信したのは最近ですか?」


「お兄さんと出会う前、かな。その時は年々出会う魔獣の規模が大きくなってる気がするぐらいで、珍しいこともあるものだなぁと思ってたんだけど……」


 衝撃の事実。だがしかし、ラハヤの言っていることは納得出来る。彼女の今までの動きから察するに、身の危険を感じつつあったのだ。そうでなくては、王国から追放された魔族疑いの変な恰好をしていた俺に話し掛けはしない。冒険者組合を追い出されたモイモイにも、話し掛けたりはしないはずだ。


「でも魔獣と出会う頻度も高くなって……。段々と怖くなって、ベヘモスと遭遇してもっと怖くなっちゃって」

 

 まるで今のラハヤは、木の上で寝ていた猫が、段々と増水する川の水に焦り始めたような哀愁を漂わせていた。


「実は傷を負った兵士の時には心の余裕は……」


 俺の追及にラハヤは顔を下げる。


「……なかったです」


 あの時のラハヤは不甲斐ない兵士に凄んでいたのではなくて、恐怖に顔が強張っていたのだ。それが良く分かった。なんとも不憫だ。ラハヤもあの時の兵士たちも。


「それなら俺がラハヤさんを――」


「火焔魔法の天才である私が守ってあげますよ!」


 おい、それは俺のセリフだぞ。


「モイモイさん!」


 ラハヤがモイモイに抱き着いて二人はベッドに倒れ込んだ。彼女は嬉しそうな顔でモイモイに頬ずりしている。モイモイも頼られてまんざらでもなさそうだ。台詞を取られて複雑な気分だが、場は和んだか。


 いちゃいちゃする二人を眺めていると俺はふと思う。


 ラハヤさんが幼い頃から山々を彷徨ってたのって、人知れず集落から追放されたから? いやいや、まさかなぁ。


「いやはや、これで腑に落ちましたよ! 実は初めて会った時に、ラハヤさんが魔獣に怯えているような気がしていたのです」


「俺は全く分からんかったわ」


「これだから女心の分からない男は嫌なんですよー」


「それは関係ないだろ」


「じゃあ、当面の目標は世界を巡るための馬車を買うことですかね」


 モイモイが至極真っ当な結論で締めた。それは良かったのだが、肝心のモイモイの目的を聞いていない。


「お前の目的は?」


「この追及はきちゃいますか」


「はやく言え」


 モイモイが杖を高らかに掲げて目的を宣った。


「ずばり借金返済です!」


「あ?」


「モイモイさんの借金って冒険者組合の?」


「ボヤ騒ぎして出禁になったじゃないですか私。それで臓器売っても返済できない借金を抱えまして」


「いくらだよ」


「金貨二,〇〇〇枚ですね」


 相変わらず高いのか安いのか分からん!


「都市国家なら半年分の国家予算だよね」


「は? ボヤ騒ぎで何でそんな借金?」


「ちょっと私の身体的特徴をからかった輩に、怖い思いをさせようと魔法を使ったんですが……」


「それで?」


「半焼させてしまいまして」


「それはボヤとは言わない」


「しかも運の悪いことに貴重な換金用の品々まで全部燃やしてしまいまして……」


「おいそれって」


「組合の金庫も燃えちゃいました」


 悪びれた様子もないモイモイに俺は絶句し、何故かラハヤは楽しそうに笑っていた。


 ああ、こいつは本物のバカだ。しかもこいつには放火癖がある気がする。


「だから、狩猟組合でこつこつと借金返済のために働かないといけない訳ですね」


 俺はこれから前途多難な道のりを歩くのだ。それは狩猟の最中にラハヤの体質で誘き出された魔獣に襲われ、放火癖がありそうなモイモイの制御をしつつ神様を探す。それはまるで茨が茂った地雷原を突き進み、底なし沼の上から天井が落ちて来る困難さに等しい。


 何よりも恐ろしいのは、ここがスタートラインであること。ここに立つ前でさえ、酷い目に遭ったのにも関わらずだ。これが突きつけられた現実だった。


「……震えてきやがった」


「お兄さん、大丈夫?」


「お酒でも切れたんですか?」


 さっさと神様探してこの世界から脱出するしか……!


 こうして俺は決意した。呪いを解くために、日本に帰って普通の生活に戻るために、この世界を跨ぐことを固く決意したのだ。

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