第7話 魔獣狩り

 

 

 グレーメンの森。その深い場所に地下迷宮の一つがあるのだと、モイモイが言っていた。魔獣ベヘモスもおそらく入口付近にいる。


 そこへ行く途上で避難するために急ぎ下山する猟師に会った。彼はこちらを見ると大声で「早く逃げなさい!」と最もな忠告をした。


「逃げたらこの森はどうなるの?」


 ラハヤが静かに怒る。森の恵みをいただく立場であるなら、森の危機は力を合わせて対応するのが彼女流の恩返しなのだ。怒りで周りが見えなくなったとも言えるが。


「まさか挑むつもりか!? ラハヤちゃん駄目だ! ……おい、ちょっと!」


 ラハヤが先へ先へと進んで行く。


「ラハヤさんって結構あれですよね」


「あれって何だよ?」


「一度こうだと決めたら猪ですよね」


 俺はモイモイのラハヤ評に何も返せなかった。その通りな気がするのだ。


 さらに奥地へ進む。剣戟の音が聞こえて来たかと思うと、魔獣ベヘモスの咆哮が鳴り響く。


「やっぱり止めません? ていうかラハヤさん。こんな悪路をあんなに速く歩けるとか、地味にやばくないですか」


「お前のご自慢の火焔魔法とやらで退治すりゃいい話だろ」


 まだまだ奥へ進むと、怪我した兵士をラハヤが治療していた。肩から腹にかけての深い裂傷だ。ヒグマにやられたような傷で思わずぞっとする。兵士の重そうなプレートアーマーが裂けていたのは何かの冗談だろうか。


 その鎧ひょっとして豆腐で出来てます?


「治癒の加護は受けてないから、この程度しか出来ないけど……」


「あんた狩猟組合の組合員か、悪いことは言わん。この森は諦めろ。死ぬぞ」


 忠告をした兵士を手当てしていたラハヤが、傷口を絞る手の力を籠めた。


「あいだだだだ!!」


「ラハヤさん。ちょっとちょっと……」


 俺が止めに入る。彼女はまさかのエス極寄りだったのか? 目が笑ってない。


 不甲斐ない兵士に腹を立てたのだろう。それは分かる。でも、微笑みながら怒るのはちょっと怖いですよラハヤさん。


「あの、この森を諦めろってどういうことなんですか? 俺は魔獣に不慣れなので」

 

 俺は兵士に質問する。森を諦めるなんて忠告するにしても規模が大きい。


「魔獣ってのは食欲旺盛で人や獣を喰らい、巨体を振り回して樹木も倒すんだ。猪が木を掘り起こすのとは規模も範囲も違う」


 兵士の話を聞くに、今から相手するのは実はやばい奴なのでは?


「急ぐよ」


 ラハヤが奥へ進み、俺たちは後を追った。


『グゴオオオオオオォォォォウ!!』


 先ほどよりも大きい咆哮。足を早めた俺たちは開けた場所へ出る。


 開けた場所というよりは、魔獣ベヘモスが荒らした場所とでもいうべき光景だった。


 樹木たちが薙ぎ倒されて禿山はげやまになっている。空からドローンでも使ってこの地点を見たら、十円禿のように映るだろう。それほどにこいつは荒らしまくっていた。


 兵士たちはさっさと撤退したのか影も形もない。


「こりゃぁ確かに規模が違う。土砂崩れが局地的に起きたみたいだ」


「あれが魔獣……」ラハヤも絶句するほど、魔獣ベヘモスというのは巨大だった。


 体色は褐色。尾から頭まで全長はざっと一五メートルほど。体高は四メートルはある。丸太の如く太い尾に筋骨隆々な巨躯。太い前と後ろの脚には熊の爪を持ち、顔は狼でサイのような立派な角を持っていた。ちらっと見える涎に塗れた牙が獰猛であると思わせる。


 俺は一目見て帰りたくなった。害獣駆除は俺の仕事とかカッコつけて言ったが、それはこいつを見たことがなかったから。最初からこんな奴が相手だと知っていれば、俺はモイモイと一緒にラハヤを説得する側に回っていたと断言出来る。


「流石は完璧な獣と言われているだけのことはありますね。正直私もブルッてきました。怖いです」


「奇遇だな。俺も怖い。だけど、ラハヤさんが仕掛けようと移動してるんだよなぁ……」


 ラハヤは風下に向かって移動している。彼女は奇襲するつもりだ。けれども失敗する可能性だってある。そうなったら見殺しになんて出来ない。そもそも俺もやると宣言してしまった以上は、最後までやらねば男じゃない。


「クーをけしかけるか」


 まずはクーを囮にして、魔獣ベヘモスの太い首を撃つ。


 そう思ってクーを見ると、また駄目な魔狼を披露していた。クーは尻尾を足の間に挟んで怯え切っている。情けなくぶるぶる震えているクーを見ると、俺はどうしようもなく落胆した。


「お前は火焔魔法を撃てるんだったな? やれるか?」


「いや流石に一発じゃ無理ですよ」


「五回撃てるって言ってたろ」


「クーの回復で予想以上に魔力が減りました。一発が限度です。エンチャントなら二回分出来ますけど」


「エンチャント? すまん。分かる言葉で言ってくれ」


「武器に相手を焼き切る魔法を掛けるのです」


 どれほど威力があるのか分からないが、焼き切るのならば弾丸にエンチャントをしてもらってから首を撃てば、一撃で仕留められる気がする。


「ならエンチャントって奴をこの実包に頼む」


「分かりました。行きますよ」


 俺は実包を持つ。モイモイが唱えた。


「この無機なる物に火焔の加護を――火焔付呪エンチャントブレイズ


 実包全体が眩く炎の色に染まる。


 ん? 全体?


 パァン!!


「ふぉう゛!!」


 あろうことか実包が暴発した。弾丸が俺の下腹を貫く。


「あ゛い゛ぃぃぃ……!!」


 耐えがたい痛みにうずくまる。人生初被弾だった。すぐに治るとはいえ、死ぬほど痛い。


「大丈夫ですか!!」


「こ、これが平気に見えるかよ……。おい止めろ駄魔狼。砂を掛けるな」


 ここぞとばかりにクーが俺に砂を掛ける。きっと、さきほどの誤射の仕返しだ。今度から餌は残飯にしてやろうか。


「このままじゃ、ラハヤさんが先に仕掛けちゃいますよ!」


「分かってるよ! もっかい頼む」


「どこに掛ければいいんですか?」


「先っちょ! 先っちょだけでいいから!」


「分かりました先っちょですね!」


 声だけを聞けば勘違いするだろう。だが、俺とモイモイは真剣だった。


「この無機なる物に火焔の加護を――火焔付呪エンチャントブレイズ


 実包の弾丸部分が眩く炎の色に染まる。

 

 暴発はなさそうだ。俺はボルトを操作し、チャンバーを開くとエンチャントした実包を薬室装填した。


 ボルトを前に操作し、ガチッと倒す。


「モイモイとクーは後ろに下がってろ」


 ラハヤさんはどこだ?


 辺りを見回して発見した。彼女は木の枝の上にいる。未だに魔獣ベヘモスに発見された様子はなく。俺たちが馬鹿やっているのを待っていてくれたようだ。誠に申し訳ない。


 ここから狙うには距離が二〇〇メートル近く、魔獣べヘモスが倒した木々によって障害物が多く撃ち辛い。


「あーくっそ。無線が恋しいぜ、ちくしょうめ」


 こんな時にこそ無線が役に立つ。普段は巻狩りで使う物だが、ここに来る前は単独の流し猟であったので車の中だ。ない袖は振れない。


 兎に角俺は姿勢を低く保ち、接近することにした。


 俺は第四匍匐だいよんほふくで接近する。今こそ三年間の自衛隊生活を思い出す時。嫌味ったらしい上官の執拗な指摘を思い出しながら進む。


 倒木の隙間を進み、察知されずに狙撃に最適なポジションについた。彼我距離は約一五〇メートル。必中距離だ。


 ラハヤが何かジェスチャーをしている。どうやら先に射かけて囮になるようだ。そうすれば、この位置からは必然的に魔獣ベヘモスが側面を見せる形となる。


 数秒後木の上のラハヤが仕掛けた。矢は刺さらなかったが、気を引くことは出来たようだ。


「グゴオオオオオオォォォォウ!!」


 魔獣ベヘモスが怒り狂い、ラハヤを落とそうと上体を上げる。草むらの中からでも太い首が見える。俺は立射に構え、引き金に指を掛ける。すると銃口から少し離れた先に、赤い魔法陣が十枚近く浮かび上がり重なる。段々と半径が小さくなった魔法陣たちが、ガイドビーコンのように展開した。


 ……当たれ!


 バァーン!!


 弾丸が魔法陣を通り抜ける度に高温度に熱され、最後にはレーザーの如く魔獣ベヘモスの首を貫いて焼いた。


 断末魔も上げられずに巨獣が地に横たわる。


「お兄さん!」


 ラハヤが駆け寄り俺とハイタッチ。彼女がこんなに喜んでいる様は初めて見る。可愛い。


「その黒い杖って実は古代ドワーフの遺物じゃないですか?」


「なんだそれ」


「ともあれ銀貨六〇枚分の働きはしたんです。さっさと冒険者組合に請求しましょう」

 

 モイモイが魔獣ベヘモスの遺骸の首にネームタグを突き刺すと、魔法で出来た小鳥を作りだして飛ばした。


「あの小鳥には、私たちの居場所と魔獣ベヘモスを討伐した映像記録が含まれてます。私たちはここで休んでるだけで良いのです」


 こうして俺たちは地下迷宮からやって来た魔獣を倒し、小金を得られることとなった。これで二、三日したら帝都へ向けて移動出来るのだ。


 これから大変な目に遭い続けるような不安もあるが、降って湧いた臨時収入を今は素直に喜んでおこうか。

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