第6話 猪狩りリベンジ
このモイモイという少女は、絡んで来た他の冒険者を半殺しにしたあげくボヤ騒ぎを起こして出禁になったらしい。十割方厄介者だが、魔法使いの倍の攻撃魔法を撃てるらしく、彼女にしか使えない便利な道具も持っていた。凡人代表の俺には攻撃魔法とやらの理解が追い付かんが、つまりは自称天才だそうだ。
そんな狩猟初心者な自称天才を同行させての、猪狩りリベンジにて。時刻は次の日の朝である。
「地面にまずはこう円を描きます。それで魔法陣を描いて、こいつをばら撒いて魔油を垂らすと……」
モイモイはなにやら役に立つからと言って、けったいな魔法陣を描き始めた。俺は頭の逝かれた変人を見る目でそれを眺める。
ばら撒いていたのは狼の骨。俺の目には暗黒魔術をしているようにしか見えない。または邪神降臨の儀式。
「我がモイモイの名において受肉せよ!」
モイモイがオカルト研究会のように唱えると、魔法陣に青い火が灯った。獣の骨が煙に包まれて、青い毛並みの美しい狼に変化する。大きさは大型犬より二回りほど大きい。見事なイリュージョンだ。君ならユリゲラーも越えられるよ。
なんだか驚かなくなってきたな。
だんだんと摩訶不思議な出来事に慣れてきた己が、妙に頼もしく感じる今日この頃だ。数か月後にはどうなることやら。鏡に向かって
「で、こいつはなんなんだ?」
「魔狼フェンリルヴォルフですよ。名前はそうですね……クーにしましょう」
清涼飲料水めいた名前になった。
「お兄さんも、これならモイモイさんを連れて行ってもいいって思うでしょ?」
「まあ、確かにそうだな」
ラハヤの言う通り猟犬がいた方が便利だが、狼は猟犬に成り得るのだろうか。
「で? どれぐらい賢いんだ?」
「そんじょそこらの駄犬よりは賢いです」
「視覚と嗅覚も他の猟犬より優れてるはずだよ」
モイモイとラハヤが自信満々に説明する。どうやら猟犬としては満点のようだ。
それに賢いのであれば、俺が調教して魔狼だけ連れて行くのもいいだろう。モイモイとは、さようならだ。
いや、流石に鬼畜が過ぎるか。
しゃがんでクーの頭でも撫でてやろうかと、手を差し伸べる。するとこいつは「フー」と溜息をつきながら前足を俺の顔面に置きぐりぐりした。どうやらこいつとは仲良くなれなさそうだ。畜生の分際でこのやろう。
「召喚獣は召喚者にしか懐きませんよ。普通は、ですけど」
「そういうものか」
猪の痕跡を探しながら山を登り、見つけた足跡をたどって数分後クーが遠吠えのように吠え始めた。クーが突然走り出す。猪の「フガ! フガ!」と声が聞こえたと思ったら「キャイン!」と一鳴きした。十中八九最後に聞こえたのはクーの悲鳴だ。
あれ? やられてね?
「はうあ!」
モイモイがうずくまる。どうやら召喚獣のダメージは召喚者に返ってくるらしい。
あれ? こいつらつかえなくね?
飼い犬があれなら、飼い主もあれだということだろう。
「モイモイさん大丈夫?」
「どうやらクーが返り討ちに遭ったようですね。ていうか、猪って強いんですね。初めて知りました」
ふらふらと立ち上がるモイモイに、俺は嫌な予感がした。こいつに対しての嫌な予感ではない。猪の
俺は猟銃のボルトを操作して流れるようにチャンバーを開け実包を五発、薬室内に一発装填した。
前回の失敗はこの世界の猪を侮って、一番硬いであろう頭を狙ってしまったことだ。
だがしかし、今度は違う。慢心はない。確実に背中にぶち当てて背骨を破壊し運動機能を奪って見せる。
「俺がやる。二人はどこか後ろに隠れてくれ」
森の奥から乱立する木々の合間を抜けて奴が来た。全長二メートル近い大猪だ。重さはこれまた一〇〇キロを余裕で超えているのだろう。前回は尻を掘られる後れを取ったが今回はそうはいかない。
俺は立射で構えてスコープを覗く。倍率は一.五倍にしてある。
猛烈に迫る大猪の背中を狙い、引き金に指を掛けて引いた瞬間――クーが大猪に噛みついた。どこからともなく突然と。
ちょ! おま!
俺の猟銃は引き金を軽くしてある。なので指を掛けたら少し引いただけで発砲してしまうのだ。賽は投げられてしまった。撃った弾丸チャンバーに戻らずである。
バァーン!!
「キャイン!!」射線を塞いだクーの腹に着弾して転がり「ほぅあ!!」とモイモイが腹を抑えてひっくり返る。
「モイモイさん!」ラハヤがモイモイを回収。
後ろの惨状が気になるが、ボルトを操作し排莢と装弾を済ませ発砲する。
バァーン!!
弾丸は綺麗に大猪の背骨に着弾して砕き折り、大猪は前に倒れ込むように前転した。
「いよっし!!」
さっさと脱包を済ませると、倒れた獲物の動脈を切り止めを刺す。
この後、三頭を俺が仕留めて二頭をラハヤが仕留めた。今日は大猟だ。
「その黒い杖は何なんです? 強力な武器のようですけど」
「こいつは武器じゃない。猟の道具だ」
「同じに見えますけど」
「いいや、違うね。俺たち猟師が動物の命を頂くのは収穫するのであって、ただ殺すのではない」
「難しい生き物なんですね。猟師というのは」
「モイモイさんも狩りをしていれば分かるよ」
モイモイを馬鹿にせず微笑むラハヤは、誰に対してもゆったりと優しい。俺は元陸自というだけで「人を殺す武器を使ってたあんたらとは違うんだよ」と酔った先輩猟師に、何故か説教喰らった経験があるのでラハヤは聖母に見える。
クーが遠吠えのように吠え始めた。また猪の匂いを嗅ぎつけたらしい。クーがすっ飛ぶように駆けて数分後、小さい猪を咥えて戻って来た。
大きさは……二〇キロ、いや一〇キロぐらいの
尻尾をぶんぶん振って嬉しそうに
「モイモイさんとクーが初めて獲った猪だね。小さいからここで解体して食べちゃおうか。お昼も近いし」
ラハヤの鶴の一声で、山火事にならなさそうな地点で火を起こすことになった。
俺が子猪を解体していると「シドーさん。ちょっといいですか?」と何やらモイモイが俺に話し掛ける。
「なんだ?」
「ちょっと……」
「だからどうしたんだ?」
「吐きそうです」
「は?」
「……オロロロロロロロロロロ」
モイモイが吐いた。どうやら子猪の解体を見ていたら気分が悪くなったらしい。
「おいぃぃい! 何やってんだお前! 吐くなら向こうで吐け!」
「いや、まじでグロいんですけど。良く嬉しそうに解体出来ますね」
「俺たちがいつも食べてる肉はこういう工程を経て出てくるの。お前は近くに小川があるから口をゆすいで来い。俺が後始末しとくから」
まあ、初めて見たのなら仕方ねえか。
子猪を解体し鉄製の平皿に置く。皮を剥いで各部位に切り分けるのだが、たかだか一〇キロの子猪を解体するのは、まさに朝飯前なほど簡単だ。
切り分けられた肉を食べたそうにクーが見つめていた。こいつは俺の誤射を腹に喰らったが、重症を負っている気配はない。見た目は美しい青毛の狼でも、純粋な生き物ではないのだろう。
後ろ脚まるごとやるからいい子で待っとけよ。
調理器具はラハヤの小さめの鉄製鍋やフライパンがある。今まで一人で野生の物を獲って食べることが当たり前であった彼女のバックパックの中身は、サバイバリティあふれるものであった。
そんなガチキャン女子なラハヤは、春キノコや春山菜などを獲りに行っている。俺は解体を終えてしまったし、モイモイは小川で口をゆすぎに行っている。暇だった。
改めてとんでもないところに来たと、小川を眺めながら俺は思った。言葉が通じるだけ、ましなのだろう。が、どうにもこの世界は思考停止しないとやってられない。
実包も残り一三発だし、さっさと帝都とやらに行かねばなぁ。
残り少ない残弾。一発使う度にこの世界でやっていく自信を削いでいく。愛銃のレミントンM700が、ただの玩具と化す日も近い。
そうなれば、俺はラハヤのヒモとして生きていくのだろう。それは俺のプライドが許さない。何とか打つ手を考えねば。朝起きたらお金が置いてありました、とか笑えない冗談だ。
帝都へ向かう駅馬車代金の銀貨一枚。何とかして工面する必要がある。猪一頭で銅貨二〇枚ならば猪換算で一〇頭分を狩ればいいか。生活費代を計算に入れたら、もう一、二頭は狩るべきかね。
青銅貨一枚を一円としたら、銅貨一枚は一〇〇円かな? この前食べた定食はそう考えると食材は自給か?
レート何ぞ分かるはずもないのに、円換算しても意味がない。そんな根も葉もないことを考えていると、ラハヤとモイモイが帰って来た。
「あら、お兄さん。もう解体終えてたんだね」
「子猪だから、あっという間に終わったよ」
「こっちはいつもよりなかったかな」
ラハヤのマントに包まれた食材を見せてもらう。シメジに似たキノコは、ハルシメジのように見える。よく見ると柄を残すように切ったような跡があった。少し柄が短くなっていたのだ。また生えてくるようにするための彼女の計らいなのだろう。
ニンニクの香りがするのはヒトビロかな。本州ではギョウジャニンニクと呼ばれている山菜だ。後は良く分からない細いアスパラガスのようなもの。
「お腹が空きました」
モイモイが催促する。先ほど胃の中身をぶちまけていたのだ。
まずは子猪のレバーとヒトビロっぽいので、レバニラ風炒め。味付けは塩と胡椒。これは俺が作る。
ラハヤはキノコと肩ロースでスープを作り、子猪の脂で細いアスパラガスとキノコとを一緒に炒めるようだ。手慣れた手つきだった。
調理せず残った物は、帰りに狩猟組合に売ってしまおう。はした金ぐらいにはなる。
俺とラハヤが調理を開始してから約二〇分後。
そこらの岩に座って食す。どれも滋味深く美味しい。
特に子猪はどう調理しても臭みが少なく食べやすいのだ。初ジビエをするなら子猪が最適と言えるだろう。
先ほど解体現場を見て吐いたモイモイも、目を輝かして口に運ぶ手を忙しくさせていた。
クーも後ろ脚の生肉をがっつき、刻んだ腸などの内臓は既に平らげている。
「猪って美味しいんですね」
「冒険者って普段どんな食事してるの?」
ラハヤが興味深そうに冒険者生活を聞く。
「そうですねぇ。肉は豚肉や牛肉、鶏肉で野草は食べません。お金があるので」
「このブルジョワめ。冒険者は皆金持ちかよ」
「いやいや、シドーさんは勘違いしてます。冒険者は儲かりますが、その分死にやすいのです。それはもう国の軍隊が大規模展開できないような、魔獣や魔物が闊歩する地下迷宮を行くのですから。報酬が高くないとやってられませんよ」
「インディジョーンズ的な墓荒らしみたいなもんか」
「インディ何某は存じ上げませんが、墓荒らしは合ってるかもしれません」
ラハヤがおもむろに立ち上がり、空を見上げた。
俺も釣られて空を見上げ、百近い鳥の群れが逃げるように飛んでいるのを見た。風が森をざわめかせ、鳥の鳴き声が辺りに響く。
「鳥が逃げてる? お兄さんは今まで見たことある?」
「いや、ないな」
『グゴオオオオォォウ!!』
森の奥で聞いたことのない咆哮がした。虎や狼とは違う。地獄の底から響かせたような恐ろしい咆哮だった。
「あちゃ~。魔獣ベヘモスですねこれ」
モイモイがさっさと帰り支度を決め込んでいた。
「逃げるのか?」
「どっかの馬鹿が、地下迷宮の階層主を地上まで引き連れて来ちゃったんですよ。逃げたほうが身のためです」
「ダメだよ。このままだと森が荒らされる……」
ラハヤが咆哮の元へ行こうとする。珍しく怒っているようだ。
その魔獣とやらは俺たちで倒せるものなのかが分からない。だが、森が荒らされるのは確実だ。招かれざる害獣であるのは間違いない。
「害獣なら駆除するのが俺の仕事だな」
「行くのですか?」
「俺とラハヤは行く。お前はどっちか決めろ。帰るならここで荷物を纏めといてくれりゃいい」
「はぁ。まあ仕方ないですね。無理だと判断したらすぐに逃げますよ」
俺たちは森の奥へ進み魔獣の元へ向かった。どうやら一波乱ありそうだ。
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