ペローネ・パム 一

~ リーシェルト公爵家宿営・要人用天幕一 ~


―― 九月二十二日十六時二十八分。



 精霊刀【黒禿王こくとうおう】。


 真玉の黒殊鋼から作り出された『五宝刃』の一つに数えられる名刀であり、五宝刃の中で唯一、作者の分からない精霊武器と言われていました。


 私が直刃すぐはの刃に置いた金剛石の原石は、ス―と沈み込むように両断されました。

 盗賊の魔導剣も魔法も、戦闘装甲ゴーレムの装甲も魔導砲の砲撃も、暴れ竜の鱗から灼熱の吐息まで何もかも、スパスパッと斬れてしまいました。


 闇の勇者である父、【群雲の風 イスカル・ベルパスパ】の愛刀として有名ですが、しかし何時、何処で手に入れたのかを知っている者は、本当に父以外、誰もいませんでした。


 少し前に私も父に聞いた事がありますが、やっぱり答えてくれませんでした。そして必死に話題を逸らそうとする父に根負けし、クルミクッキーで手打ちにしてしまったのです。


「俺は開拓者だな! S級になって、そんですっげえ金を手に入れるんだ」

「自分はやはり錬金術師ですね。王立大学で学んで、魔導省に入りたいです」


「ノイノ様、リーシェルト家の方々は何か仰ってはいませんでしたでしょうか?」

「パムへ戻ることは、もうできないのでしょうか?」


 食事を終えた頃に、私達のいる天幕をパムの人々が訪れました。

 兄は友人達と、母もまた彼等のお母さん達と話を始めました。


 そして私は。


「ん」


 やはり兄から借りた刀は抜けませんでした。


黒禿王こくとうおうと同じか)


 精霊武器には意思があり、自身が主と認めた者以外に使われるのを嫌うのです。


「ペローネちゃんでも無理か~」

「仕方ないよ」


 期待してくれた友達スキーラには悪いけど、こうなる事は分かり切っていたんですよね。

 

「でもこれを持てるだけでも凄いよ。私は少し触れただけで、気絶しそうになっちゃったもん」

「こればっかりはね。魔力の属性や体質の問題だからね」

「そっか~」


 魔法で召喚した精霊を強化したり、形を変えて使役する事はできます。

 でもそれは精霊が魔法構造に組み込まれたり、魔法構成と一体化するというものでしかありません。


 精霊自体の本質は変わらないのです。


 しかし。


「精霊武器は人がつくり出した精霊そのもの。その根源の霊的な方向性を定め、物質的な肉体を与え、武器として完成させられた存在にして概念」

「ペローネちゃん凄い! 何か錬金術師みたい!!」

「ありがと。でもこれ、教えて貰った事をただ言っただけなんだよね。本当は意味を全然解かってないんだ」


 そうなんだ~とスキーラは頷いてくれて、だから私はほっとしました。


―― 人が神を生み出す工程。


 あの人はそう言いました。

 その時の何気ない声音を、私はとても怖いと思いました。


 私が誰にも言った事の無い夢を話して、それを彼が聞いてくれて。

 それが嬉しくて、私は思わずお願いしてしまって。


 だから彼が応えてくれたのに。


―― それがお前の夢なら貫いて見せろ。


「ペローネちゃん?」


 はっとして顔を上げると、私を心配するスキーラの顔がありました。


 彼女に大丈夫と言おうとした時です。


 バンッ!!


 乱暴に扉が開かれて。

 逆光を背負う影が、私の方へと近付いて来ました。

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