月下 一
―― さあルルヴァ。
これは夢だ。
―― これでその扉を開けなさい。
手の中に緑色の鍵があり、目の前には見たことの無ない ―― 恐い恐い恐い ―― 扉があった。
―― あなたには資格と力がある。
頷くな。この力は ―― 思い出すな ―― お前の手には余る。
「うん」
はきっりと ―― ああ!! ―― 頷いた。
* * *
まだ朝まで幾つか時計の針の回りを必要とする時間だった。
「僕は」
ルルヴァは虚空に手を伸ばしていた。
目が覚めて、夢の内容を忘れてしまった。
「これは?」
微かな魔力の波動を感じた。
それをルルヴァはよく知っていた。
寝台から跳ね起きて寝間着のまま天幕の外へと走る。
ルルヴァが居たものと同じ民家よりも大きな天幕が立ち並び、その先には土魔法で作られた方形の建造物が並ぶ。
「……っ」
宿営の中を駆け抜けて行くルルヴァへ兵士達から
「誰だ!」
「おい止まれ! こっから先は!」
ルルヴァは止まらない。
兵士達を振り切りただ走る。
やがて大きく開けた場所が目の前に現れた。
草や木は刈られて燃やされ、土が剥き出しとなった地面が広がっている。
それを挟み込むように二隻の巨大な飛行戦艦が停泊しており、それらが照らす照明の中で赤円字のゼッケンを着けた者達が動き回っていた。
「魔術結界起動、隔離領域形成成功。範囲型滅菌装置の作動完了したとフラゴ先生が!」
「重傷者は【クラディフ】に搬送しろ! 急げ! パムにいる嬢ちゃんからもっと送られて来るぞ!」
「十人! 大人二人、子供四人が重傷です!」
「重傷者は手順通りに艦内のフラゴ先生とサメネ先生に回してちょうだい」
「はいエプスナ先生!」
大柄な熊獣人の神殿騎士が指揮を執る。
白衣を着たドワーフの女医の腕が黄土色の魔力洸を放つ。
衛生兵とゴーレムが担架を担いで飛行戦艦との移動を繰り返す。
風には濃い血の臭いが混じっている。
空気は緊迫し、しかし彼らは的確な行動を損なわない。
「あれは?」
強い魔力の気配が地面の下に現れる。
広場の端が盛り上がり、割れた土の中から巨大な百合の
その蕾は垂れるように横たわり、開いた中には数十人の傷だらけの人々がいた。
「三十五人! 全員大人、二十一人重傷です!」
「五人こっちに」
「はい!」
百合の蕾が次々と現れる。
それは逃げ遅れたパムの住民達であり。
森人も、獣人も、人間も。
表情は疲れ
「あ!!」
ルルヴァは駆け出そうとして、しかしその右肩を背後から掴まれた。
振り解こうともがくが、どうにかなる様子は全くなかった。
「【ルルヴァ・パム】様ですね? ここは今緊急の対応を行っています。どうかご自身の天幕へお戻りください」
振り返り見えたのは、執事服を纏った黒い肌の大男の姿。
「私はリーシェルト公爵家で執事をさせて頂いてます【
左右の側頭部に竜の角を生やし、また瞳の瞳孔も竜のそれであった。
「今はご不在のミカゲ様とリクス様に代わり、この宿営の指揮を執らせて頂いております」
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