リクス・リーシェルト 一

暴虐公女ぼうぎゃくこうじょ【リクス・リーシェルト】!!」


 歯軋りを立て、騎士が少女へ聖銀の剣を向ける。


「あら、違いますよ」


 少女は微笑みを絶やさず、また聖銀の槍を構えもしない。


「私は光の三神殿は星の神殿より聖権を頂いた、星の聖女です。聖典騎士よりも遥か雲の上の地位にいますから、間違えないようにしてくださいね?」


 神殿組織において聖女の権威は大神殿の長である法王と枢機院の構成員である十人の枢機卿、そして聖典教会の長である三人の預言者に並び立つ。


「黙れ。まわしき混ざり者の血族が聖女をかたるな」

「そうですか……。では死ね無礼者」


 リクスから黄金の魔力洸が噴き上がり、氷風の如き殺気が吹き荒れる。

 

「散れ!!」


 騎士のその声より一瞬早く、地面の中から猛烈な勢いで鋼の槍が無数、空へと突き上がった。

 

「ギャ!?」

「グガ!!」


 避け得なかった四人が体を貫かれ、モズの早贄のような姿で絶命した。

 

「風の精霊たる戦乙女に契約をもって命ずる。我が敵をその聖槍で貫け」

「我が魔力よ 嘆きの火を宿し 矢となって敵を貫け 【哭焚矢雨こくぶんしぐれ】」


 鋼の槍から逃れた騎士達が呪文を唱え魔法を発動させる。


 顕現した風の戦乙女達が槍を構え突撃し、二百を数える炎の矢がリクスを襲う。


所詮しょせんは弱者を甚振いたぶるしかできない能無しか。よくもまあこの程度の力で騎士だと名乗ってくれる」


 リクスは右手一つで聖銀の槍を振るう。

 クルクルと回る聖銀の穂先は、風の戦乙女と炎の矢を軽々と斬り伏せた。

 

「弱すぎるのも興がめる。もういい、喰らえ」


 次の瞬間、リクスの黄金の魔力が巨大な水の大蛇を生み出した。

 音速を超え、空を走り、池程もある口蓋こうがいを開いて騎士達へ襲い掛かる。

 

「うわア!!」

「バカなっ!!」


 二人の騎士は自らの魔法ごと大蛇に喰われ、その蛇腹の中で溶けて消えていった。

 

「悪鬼が」


 鋼の槍の間を跳躍する騎士が握り構える魔導弓、その風錬玉で緑の洸が脈動する。


けろ」


 放たれた魔導矢まどうしは疾風となり、鋼の槍を貫きながら、リクスの心臓を狙う軌道を正確無比に飛翔する。


「終わりだ!! 偽りの聖女!!」


 鋼の槍を斬り裂き駆ける騎士の魔導大剣で、土錬玉の黄土色の魔力洸が高まる。


 矢と剣の刃が、リクスを必殺の間合いに捉えた!


「雑魚どもが」


 聖銀の槍の切先が真円を描いた。


 一瞬で柄が三倍に伸び、石突もまた穂先に姿を変えた。

 矢は斬り飛ばされ、剣は使い手の騎士ごと叩き斬られた。

 そして魔導弓を握る騎士は、魔導矢を放った直後に水の大蛇に喰われて消えた。


(くそくそくそが!! 魔力が万全ならばこのような無様など!!)


 聖銀の剣で地面から絶え間なく襲い来る鋼の槍を斬りながら、騎士はルルヴァを包むセラミックスのまゆへと走る。


 精鋭の部下を全て失い、その彼らを圧倒したリクスが前に立つ以上、もうペローネとノイノは諦めるしかなかった。


(せめてこれだけでも)


 跳躍し、上段へ構えた剣を振り下ろす。

 

「ちぇいいい!!」


 聖銀の刃はあっさりと繭を両断した。

 

「な!?」


 手応えが無かった。

 騎士の凝らした目には、繭の中のがらんどうが映っていた。


「いや、普通に考えて、いつまでも保護対象を戦場のど真ん中に置きはしないでしょ」


 大きさを戻した聖銀の槍を軽く払って血糊ちのりを飛ばし、呆れた声でリクスは呟いた。


「で、どうします? こちらも保護を優先したいので逃げるなら見逃してあげます。でもまだ歯向かいたいというのなら、さくっと殺しちゃいますけど?」

「……」


 地面から現れ続けた鋼の槍は、数秒前に止められていた。


 騎士は沈黙し聖銀の剣を鞘に納めた。

 そして静かに、森の闇に溶けるように去っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る