九月二十一日 二
あの時に僕の色彩は変わった。
優しいもの、美しいもの、正しいものを一瞬の感情が塗り潰していった。
かつて僕が見ていた景色は覚えている。
記憶を頼りに窓一枚、瓦一枚を正確に描くことができる。
だがそれは、一体、どんな色だったのか。
ただ赤を前に問い掛ける。
* * *
「くふふ。さあほらいくぞ」
炎が更に強く噴き上がる。
それはまるで、天に突き立つ柱のようであった。
「
巨人を見据え決死の覚悟で刃を向けるケーナと、震え怯え彼女に守られるルルヴァへ、
「む?」
その途中で炎が消え、巨人の動きが明らかに悪くなった。
ケーナはそれを見て取った瞬間に刀を捨て、ルルヴァを抱えて飛び退る。
巨人の手からすっぽ抜けた戦鎚はあらぬ方へ放物線を描き、遠くで重低音と土煙を上げた。
「…………時間か」
「もうホントに君ったら遊び過ぎ! クソオヤジからサポートを命じられている私達の身にもなってよね!」
まるで景色の中から滲み出るように、黒衣を纏う騎士の女が姿を現した。
「君はどうなってもいいけど、このデカブツに何かあったら、私達の首が飛ぶのよ! そこんとこ解かってるのかっつーの!!」
女は巨人を操る者に
「で、こいつらは私が貰うけどいいわよね!」
「我々が、です。間違えないで頂きたい」
「独り占めしようとしてんじゃねーよクソビッチ。魔王の血族を狩るなんてクソ手柄、おおおおおおおおおおおおおおおっ、
笑顔の仮面を被り氷塊をジャグリングする道化師と、大戦斧を肩に担ぐ赤い毛並みの猪獣人の戦士が歩み出て、四方から飛来した黒衣の騎士達がルルヴァ達を囲み、その得物を構える。
「うおぇ」
彼らが現れた瞬間に火と灰と血の臭いが強烈に強まり、ルルヴァは思わず両手で力いっぱい鼻と口を押えた。
「少し休む。駆除しておけ」
巨人は雷となり、天へと去っていった。
「まっ! えっらそうに!」
「魔族にS級開拓者! 相手にとって不足、大ありだな! 女みてえなクソガキに傷だらけの死にかけクソ女! だがしかし! 俺様は全然気にしない!!」
「そうそう、手柄は手柄。さっくり首を刎ねてしまいましょう」
軽やかな足取りで道化師が近付いて来る。
「え、あ?」
彼の手の中でクルクル回る八つの氷の塊達。
風が吹き煙の流れが変わった。
町を焼く赤に照らされて、くっきりはっきりと、ルルヴァの朱の瞳にソレらが映った。
「あ、あ……」
赤の色彩。
目と鼻と口が動かない。
今日、或いは昨日遊んだ友達。
「ああああああああああああああ!!」
忘我、そして数秒。
ルルヴァが全身の魔力を振り絞って放った火球は、軽くサッカーボールを蹴る様に、道化師の蹴りを受けて西の空へ飛んでいった。
「う―ん、いい線いってるんですけどね~。うちの弟子に比べれば結構なものなんですが。惜しいかな、やっぱ子供なんですよね~」
どこかに着弾して上がった火柱は、しかし燃える町の中では埋もれる程の輝きでしかなかった。
「ほらほら遊ばない。まだまだ仕事はあるんだからね。さっさと首斬って師の所へ行かなくちゃ」
ぺたんと、魔力切れで立つ力を失くしたルルヴァが座り込む。
呼吸は抑えられない程に止まらず、肌は痛い程に熱く、体の芯から酷い寒さが込み上げて来る。
「っ」
ケーナが前に出るが、しかし彼女自身、この女が、道化師が、戦士が、自分を上回る力を持っていることを感じていた。
もし仮に無傷で、装備も万全の状態であったとしても。
あと数秒を経た後と同じように、殺されただろう。
「さ―て、手柄一丁上がり」
女は軽い口調で、大剣で神速の弧を描いた。
「え?」
宙を舞う大剣と、女の両腕。
風を切る音の後には、女の首も地面に落ちて転がった。
赤い髪がなびく。
それは紅の槍を握る少女のものであり。
「ごめん。遅れた」
「お、叔母さん?」
「うん」
小柄な体は莫大な紅い魔力洸を纏い、真紅の瞳には深い怒りが渦を巻いている。
「く、
「はっは、やっとお出ましかよ!!」
魔王軍最強にして、最大の脅威と恐れられた存在。
―― 魔王の娘にして元魔王軍大将軍。
「私はとても怒っている」
―― 【
「お前達、皆殺しだ」
精緻な美貌に凄絶な怒りを湛えて、ナディアは紅の切先を向けた。
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