第一章 白き巨人

九月二十一日 一

 統合暦二二八八年一月。


 西央大陸に現れた十二番目の魔王【緑樹の杖 ノルタ・フラレント】、通称『樹海の魔王』が引き起こした『魔王戦争』によって二十一の国が消え、二千九百万人以上の命が失われた。


 当初はフラレント王国に隣接する国、またはその連盟、連合だけで事に当たっていたが、一週間後にはその全てが魔王軍によって滅ぼされた。


 国だけでは対応できないと判断した最高神殿の教皇【調和 ダナック・ポパック】と枢機院は勇者の派遣を決定。


 クシャ帝国から光の勇者【金獅子 オルゴトン・クシャ】。

 ベルパスパ王国から闇の勇者【群雲の風 イスカル・ベルパスパ】。

 太陽の神殿から太陽の聖女【光の手 ナギ・ロワ・ヌ・ニハシャ】。


 二人の勇者と一人の聖女、そしてその仲間達に教皇勅令を発し、戦線に投入した。


 彼らが戦いを始めてから半年後の統合暦二二八八年六月。遂に魔王は討たれ、この人類種未曾有の大災厄は終結した。

 

 そして統合暦二二八八年七月。

 闇の勇者と魔王の娘、その仲間達が魔王軍の城塞跡に新しい町を作った。


 それがベルパスパ王国の辺境、赤土の大森林と砂礫の大地の狭間に生まれた『パム』であった。


* * *


「問題ない。魔力の殆どを消耗してしまったのは慣れていなかったせいだ。ああ、勿論この機体の意味は理解している」


 ピーィ、ピピー。


「ふざけるなゾバヌート!! 一番楽しみにしていた所を取り上げられて大人しくしている程俺は温厚じゃないぞ!!」


 ピー、ピー、ピー。


「ああそうだ。分かればいい、分かればな。お前が理解ある友人で良かったよ」


 ピー。


「さあ、ショータイムだ」


* * *


~ 統合暦二三〇一年九月二十一日 ~


―― 十六時三十分。


 パムの町の中央にはかつての城塞であった赤い壁の庁舎と、それに並んで、星の神殿が建てられていた。

 神殿の大鐘楼はこの町で一番の高さを誇っており、朝と夕方の六時に鳴る鐘の音を聞いて人々は起き、夕食の席に着いた。


「う―ん?」


 ルルヴァは鐘楼の屋根に座り、町の景色を睨んでいた。

 首を傾げては手元の画板に置いた紙に鉛筆で線を引き、また頭を上げては町の景色へと視線を戻す。


 遠く町を囲むようにそびえる堅牢な街壁。

 碁盤目とはいかずとも計画的に引かれた道路の上を、多くの人や馬車が往来している。

 連なる家屋のいずれもが新しく、また不揃いのデザインであるのだが、それが町の若さと活力を感じさせる。


 そして町の四方の塔から発せられる魔導学の結晶たる都市結界が、凶悪な盗賊や魔獣の脅威から、この町の皆の平和を守っている。


「う~ん?」


 ルルヴァは何かが足りないと感じたが、その答えは幾ら頭を捻っても出て来ない。


 頭の中では描くべき絵の完成の形と、その確信がある。

 しかし今見る景色と、紙に描く線がどうしてもみ合わない。


「う~ん?」

 

「おーいルルヴァ、もう時間だぞ―」


 鐘楼の窓から身を乗り出した老神官がルルヴァへと声を掛けた。


「は―い」


 画材を鞄に入れ画板を抱えて。


「風よ」


 その声に応じた風がルルヴァを包み、屋根から浮かび上がった体は軽やかに宙を翔け、窓の中の階段にその足を下ろした。


「いつ見ても見事な魔法だな。まだ十二だってのにワシより上手いときた。流石はイスカルの息子だ」

「どっちかっていうと母さんの血かな。父さんは剣ばかりだからさ」

「く、はっはっは。確かにそうだな」


 老神官はぐしゃぐしゃとルルヴァの瑠璃色の髪を撫でた。


「完成したら見せてくれよ。ワシや皆はお前の絵が大好きだからな」

「うん!」


 ルルヴァは老神官にさよならを告げ、階段を下りて廊下を抜け、神殿の外へ出る。


 顔見知りの守衛に手を振って、家への道を何となく、走っていた時だった。


―― 肌が泡立った。


「何!?」


 人々が道を往く中で、ルルヴァだけが足を止めて空を見上げた。


―― その刹那せつなの後。


 白い極大の閃光がパムを襲った。


* * *


~ 統合暦二三〇一年九月二十一日 ~


―― 十七時二分。


 黄昏の空を南から襲い来た白い閃光が覆い、パムを守る都市結界と町の南側を消滅させた。


 その光景をただ茫然ぼうぜんと、生き残った町の住民達は眺めていた。


 風も熱も無く、ただ一歩先が消えている。


 何が起きたか理解できずに立ち尽くす彼らを、今度は無数の砲撃が襲った。


 絶叫、悲鳴、慟哭どうこく。 


 立ち昇る火と煙を突っ切り魔導兵器の巨人たる戦闘装甲ゴーレムが次々と現れ、刃と魔法でパムの人々を殺していく。


「きゃっああ!!」

「こっちだ! 早く!!」


 エルフの夫婦が子供を抱えて石造りの家屋の中に逃げ込み、魔法の結界を張った。


『……』


 ゴーレムはそこへ無造作に機兵槍を突き込んだ。

 ヴルガ鋼製の穂先は容易く結界と石壁を貫いた。


「た、助けて、くれ」


 崩れた石壁の奥で懇願こんがんする者達へ、分かたれた穂先の中より現れた噴射口が業火を叩き付けた。


「 」


 悲鳴さえ灼熱の中に呑み込まれ、三人は赤の中で灰となった。


* * *


~ 統合暦二三〇一年九月二十一日 ~


―― 十七時五分。


「母さん、ペローネ」


 町中に火が回り、煙が一帯を閉ざしている。

 火と煙の間から微かに覗く空には飛行する兵士達の姿があり、彼らは絶えず攻性魔法を町の中へと放っていた。


 ズドンッ!!


「うわっ!?」


 路地の先で爆音が響き、画板を掲げたルルヴァを土煙の突風が襲った。

 転がり、石壁に当たって止まる。

 擦り傷だらけの体が痛みを訴え、辛くて恐くて、涙が次々と零れ落ちていく。


「うぅ、ひっく、痛い、痛いよ」


 うずくまるルルヴァに、巨大な何かが近付いて来る。

 地面が揺れ、煙の中に影が浮かび、瓦礫を踏み潰して、黒き外套マントを羽織った、純白の巨人が姿を現した。


 左手に赤い盾を持ち、右手に血と油の付着した戦鎚を握っている。その顔では五つの目が忙しなく動いており、その一つがルルヴァを捉えた瞬間、全ての目がその焦点をルルヴァへと向けた。


「目標を発見した。ああ、魔王の娘が生んだ子供の片割れだ」


 傷付き怯えるルルヴァをヒトとは思わず、ただ処理ころすべき対象として認識しているのだと理解させられる、温度の無い無機質な音声。


「了解した。捕虜ほりょとせず、俺の方で殺しておく。ああそうだ。怯えて抵抗する素振りさえ見せない。眷属はないようだし、問題ない」


 戦鎚が振り被られる。

 ルルヴァの瞳に炎に照らされた白の、美しく禍々しい輝きが映る。


「聖霊の御名において告げる。けがれし魔族よ、世界はお前の死を望む」

「た、たすけ」

「死ね」


 轟音が響き、地面が割れ、もうもうと土煙が舞い上がる。


「……汚れというのは、次々と湧いて出るものだな」


 たんっと、ルルヴァを抱えた女剣士が着地した。


「よくもまあ、師匠のいない時に好き勝手してくれたもんだね! 温厚なアタシでもマジでブチギレだよ!!」

「S級開拓者私部隊パーティー『風月隊』の副長にして闇の勇者の弟子の一人、S級開拓者の【水月剣 ケーナ・ラータ】か」

「よく知ってるじゃないか。つーことは覚悟もできてるってことだね!!」


 ケーナの右手が魔導刀を抜く。

 その鍔元つばもとの水錬玉に青い魔力洸まりょくこうが灯り、刀身を魔力刃が覆った。


「蝿が」


 戦鎚から放たれた電撃がケーナを襲うが、そこに彼女の姿はなく。


「はっ!」


 振り下ろされた魔導刀を巨人の盾が受け止めた。


「荷物を抱えて良く動く。捨てたらどうだ、そら」

「っ!?」


 盾から白い炎が噴き上がる。

 魔導刀は蒸発し、寸前で飛び退ったケーナは空中に逃れられたが、白い炎は逃げる彼女をどこまでも追い掛ける。


「この!!」


 無詠唱で魔法を起動し、秒間四百発の氷弾を放ち続けるが、炎の勢いは全く衰えることがない。

 百に分かれた炎は空中を泳ぐように走り、それぞれが意志を持つ多頭蛇ヒュドラの頭のように適確な連携でもってケーナを追い詰めていく。


「ケ、ケーナさん」

「大丈夫だよルルヴァ。この程度の修羅場、アタシは何度も乗り越えて来たんだから」


 炎と一緒に、複数の気配がケーナを追って来る。

 研ぎ澄まされた闘気、殺気のそれは、全員がケーナ以上の実力者であることを物語っており。


「くそ、振り切れない」


 一瞬だけ強められた殺気に気を取られ、ケーナは炎の一つを避け損う。


「しまっ」

「うわあ!?」


 右手を辛うじて割り込ませたが、彼女は全身を炎に包まれる。

 左手に抱えたルルヴァに魔法防御を集中し、墜落した地面を飛び石の様に跳ねていった。


「これで終わりか? もう少し頑張ってみたらどうだ?」


 天より雷が落ち、雷光の中から白い巨人が現れた。


「……その機兵、ゴーレムじゃないね?」


 ケーナの黒炭となった右腕が落ちた。

 

「くふふ、ゴーレム? ゴーレムか! まがりなりにもS級開拓者を名乗る者が、我が【ロー・アトラス】の力を見て、それでも理解できないのか?」

「ったく、またクソなものを掘り出して来たじゃないか。流石は拝み屋、穴掘り盗掘は御手のものって訳だ」


 右半身は焼けただれ、それでもケーナは巨人から目をらさない。

 ルルヴァを背に、亜空間の蔵庫から出した予備の魔導刀を左手に握り、構える。


「ケーナさん駄目です! 死んじゃいます!」

「大丈夫だって。子供は大人に守られるのが仕事だ。いつも言ってるだろ。アタシは仕事を完璧にやり遂げる子が好きだって」

「……はい」

「ありがと」


「貴殿のその誇り高き在り方を称賛しよう!!」


 右手に掲げた戦鎚から極大の炎が立ち昇る。

 

「だが満身創痍まんしんそういとなった貴様にこれが防げるかな? 今度はほ―んの少し、本気だぞ?」

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