火の中の影

~ パム・中央区 ~


―― 十九時四十一分。


「死ぬのはいいけどよ、頼むから俺に仕事が来るようにはして欲しくないわけ。若さの無いおっさんは過労死しちゃうんだから」


 パム強襲を行った混成軍二千の指揮官、【最強剣 ベットリオ・ペコラチィリ】は大破したゴーレムの残骸を脇へ蹴り飛ばし、疲れた様子で周囲の亡骸を魔法で灰に変えた。

 巨大な鉄塊の直撃を受けて燃え残った石倉が轟音を立てて崩れ落ち、副官【十字路の杖 コリンナ・メルクール】が嫌そうに口元をハンカチで覆って、風の魔法を使って土埃を散らした。


「なあコリンナちゃん。ゾバヌート率先自由行動しやがってふざけんな陰険野郎辞表叩き付けてやるぞごらぁ総司令閣下は何処へ行っちゃったか知らない?」

「私が知るわけないじゃないですか」


「…………。一応君は俺の副官というか、秘書的な立場だったと思うんだけど」

「そうですよ。ボケたんですか?」


「……」


 流石は王女だとベットリオは納得し、すぐ後にそれで納得した自分が嫌になった。


 若い頃ならば生意気女の横面を引っ叩き、この場で男を教え込む程度の気概はあったなあと、溜息を吐く。


 仕方ないので自分で忙しそうな他の部下に声を掛けて「陰険野郎はどこ?」と尋ねる。


「はっ、愚の小人閣下は逃亡した魔族の追撃に向かわれたままです」


「あ~あ。オヌルスもどっか行って音沙汰無しだし。誰かあの自由人達に報連相ほうれんそうを教えてやってくれよ」

「隊長がなされては?」


「ざけんな。あのマッドどもに冗談は通じないんだよ。殺されるわ」


 爆音が上がった。


 遂に結界が破られ、飽和攻撃を受けた神殿が崩れ落ちた。


「罰当たりですね」

「そういう仕事だ」


 炎の中で踊る影達が倒れていく。


「結局、影将軍には逃げられたな」


 吹き飛んだ北の格納庫は確認した。

 紅将軍は化け物が倒していった。


「いいんですか? どちらかと言えば彼女の方が」

「分かってるよ。だが仕事ができるのも命あってだ。闇の勇者が帰る前にはずらかりたいんだよ」


「え~。テトンおじ様の嫌味の方がきつくないですか? 紅将軍がやられちゃった以上、今更ここに勇者一人が登場して何か問題あります?」

「……魔王戦争を経験してない奴ってのは、ホント、気楽で羨ましいよ」


 ベットリオの脳裡に怯えた声が蘇る。


―― 「闇の勇者とは決して戦うな」


 アッパネン王国でも五指に入る強者であった師がベットリオに遺した言葉だ。


 光の勇者【金獅子 オルゴトン・クシャ】、太陽の聖女【光の手 ナギ・ロワ・ヌ・ニハシャ】、そして闇の勇者【群雲の風 イスカル・ベルパスパ】。

 

 金獅子は勇者に相応しい偉丈夫であり、光の手は黒い肌の妖艶な美女であった。

 それに対して群雲の風は顔立ちこそ整っていたが、凡庸な雰囲気の青年であったことをベットリオは覚えている。


 山ごと城塞を消し飛ばした、湖ごと軍を蒸発させた、等々。

 光の勇者と太陽の聖女は武勇伝に事欠かなかった。


 特に光の勇者と紅将軍との五度に渡る一騎討ちは伝説となった。


 比べて。

 

 群雲の風の伝え聞く功績はとにかく地味であった。

 結果だけが伝わりその過程が語られないということが殆どだった。


 群雲の風本人の覇気の無さも相まって、前線以外の場所では、人々はイスカルを『絵描き勇者』と軽んじていた。

 

「あんなんでも勇者になれるんなら、俺が代わってやるよ」


 その言葉をベットリオが聞いたのは一度や二度では無かった。

 若手として武功を挙げ続けていたベットリオも、戦友と師のいる前で、聞いた言葉と全く同じ言葉で気勢を上げた。

 

 しかし次の瞬間。

 

 ベットリオは師に殴り飛ばされていた。


 魔王戦争で団結しているが、アッパネン王国とベルパスパ王国は長年の仇敵同士である。

 そのベルパスパの王子を庇うような師匠の行動に、ベットリオは抗議した。

 

「闇の勇者とは決して戦うな」


 それが師の答えだった。

 納得がいかなかったベットリオはしばらくの間不機嫌であった。

 

 そして迎える魔王戦争の最後。


 無尽蔵の魔獣の群れ。

 人を超越した魔族の軍勢。

 絶望の化身たる悪邪の姿。


 とにかく人が死んでいったのは覚えている。

 降りしきる雨粒が落ちて地面を潤す様に、人の命だったモノが赤い河となって大地を流れていった。


 それを満身創痍で動けなかったベットリオは呆然と、死体の間から眺めていた。


 城塞将軍と魔族達の眷族。

 紅将軍の天顕魔法。

 影将軍の『 』。


 そして魔王。


 真の強者だけが立つ戦場にベットリオの居場所は無く、ただ勇者の意味を心に刻まれた。


 ……。


 ……。


 ベットリオは頭を掻き毟る。

 

 腰の道具入れからパイプを取り出し口に咥える。


「火」

「ラジャ」


 魔導杖がベットリオの眼前に突き付けられ、パイプの煙草に火が付いた。

 

「すー……ぷはー。一つ疑問なんだが、上官に敬意は無いの?」

「敬意を持って火を付けましたが何か?」


 ぷか~と煙が昇る。

 

「あとどれ位かね」


 まだ戦闘音は止んでいない。


「さあ? でも隊長が運命ドゥーム巧式フォーミュラーを出せば瞬殺爆砕残業無しだったのは確かですね」

「阿保か。その後の指揮は誰が執るんだよ。俺の女神は大食いだから、レヴァンのように魔力切れじゃ済まないって知ってるだろが」


「というかもう殆ど瓦礫ですよね。いっそパムを完全に更地にして『目標は瓦礫の中に埋もれて死にましたマル』で良くないですか?」

「それで生きていたのが判明した時、オヌルスから審問喰らってぶっ殺されるのは責任者ってことで俺なんだよね。ああストレスで煙草が不味い」

「安い葉だからでしょ」


 黙ってパイプの灰を捨てる。

 取り出した懐中時計を見て、後ろの兵士に告げる。

 

「あと二十分で撤収する。騒いでいる奴らに伝えろ」

「はっ」


 兵士は伝令の為に走り去っていった。

 

「いいんですか?」

「よくねえよ。だが闇の勇者が帰って来る前に逃げなきゃだ。これでもギリギリなんだよ」

「まあ私は知りませ」

 

 ドサリ。


「!?」


 コリンナが突然倒れた。

 彼へ手を伸ばそうとし、ベットリオはその動きを止めた。

 

 町を焼く火に照らされて、首の無いコリンナの死体から血が流れ続ける


(……っ)


 周囲にいた兵達は皆、コリンナと同じ姿になっていた。


 瞬きよりも早く。


 歌劇の場面転換でさえ、こうも早く変わることはない。


「……」


 パイプを捨て魔導剣を抜き、気配を探る。

 生者の呼吸はベットリオだけになっていた。


「よくも好き放題してくれた」


「そこだ!」


 放った風の槍はただ土埃を舞い上げた。


「最早貴様らの是非は問わない」


 火に揺れる影の中から、一人の少女が姿を現した。


―― 忍び装束を纏った銀色の髪のエルフ。


 その紫の瞳に宿る光は、冷たく研ぎ澄まされていた。


 ベットリオは彼女を知っていた。

 いや、アッパネン王国の軍人で彼女を知らないと言う者はいはしない。


「将狩り!! ベルパスパ王国の裏の支配者がよくぞこんな辺境まで来たもんだ!!」


 悪態を吐きながらもベットリオは彼女の隙を探る。

 体中から冷や汗が流れ、自分の心臓の鼓動さえはっきりと頭の中に響いて来る。


(あああ形と導の【ブタトア】よお助け下さい!!)

(っと、落ち着け集中しろ。観察しろ。勝機を見出せ)


 違和感。

 剣を握る感触が。


「無い!?」


 何かの落ちる音がした。

 それは跳ねて、ベットリオの前に現れる。


(俺の、右手!!)


 同じくして左手が宙を舞う。

 血を撒き散らすそれを、瞠目しながら見続ける。


 足の感覚が消えた。

 

「ぐっ」


 地面に投げ出され、強かに顔を打ち付けた。


 何をされたのか全く分からない。

 ただ、隔絶した実力の差があることは理解した。


「貴様らの命……一つも残ると思うな」


 激痛の中で僅かに上げた頭、途切れ途切れの視界の中。

 無数のベルパスパ王国の兵士達が現れる光景を見た。

 

「いくぞ。害虫を全て駆逐する」

「「はっ!!」」


(あーあ、さっさと転属願い出しとくんだった)


 その思考を最後にして。

 ベットリオの意識は消えた。

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