魔王に飽きたので冒険者ギルドをはじめました。

西原 良

第1話 冒険者ギルドをはじめたい。

「……楽しいことはないものだろうか」

 端正な顔立ちに鋭い瞳をした魔族の青年はつまらなそうに呟いた。見た目は青年であろうと、老化すら魔力で自由な魔族において、見た目は年齢と比例しない。そして、彼の言葉には遠い年月による疲弊を感じさせた。

 魔族において力こそがすべてであり、今も魔界ボルグでは多くの魔族が争い続けている。

 その中には、別格とされる七柱の大魔王が存在した。その力はあまりにも強く、その力は天界の神々ですら恐れるほどであった。

 多くの魔王と呼ばれるものたちは、そんな大魔王に近づかんと戦い続けているのが、魔界ボルグの何千年と変わらない現状である。しかし、七柱の大魔王の一柱である彼は、その変わらない現状に飽き飽きしていた。

 魔族が戦い続けているのは、力の誇示のためである。

 優れているのだということを、力を持って相手に認めさせるための戦いでしかないのだ。しかし、七柱の大魔王となった今、それを認めないものなどいないだろう。

 時折、大魔王の力を侮り、挑んでくる思いあがった愚者もいるが、そういった存在は配下の魔将にすら勝てずに死んでいく。

 ならば、七柱の大魔王同士ではどうなのかと言えば、実際のところ、同格とされる七柱の大魔王の中でも明確な序列が存在している。

 変わることのない力の差。

 変わることのない生活。

 彼はそんな生活に飽き飽きしていた。しかし、したいこともなく、ただただ時間だけが虚しく過ぎていく。心が緩やかに死んでいくようだった。

 そんなある日、人の子が人界から迷い込んだ。

 多くの魔族に彼は怯えていた。

 そんな彼に、大魔王は言う。

「俺を楽しませたのなら、命を保証しよう」

 大魔王はそう言いながらも、期待などしてはいなかった。

 力の遥かに弱い人の子だ。それが、神をも恐れさせる自身を、楽しませることなどできなどしないだろう、と。

 しかしそれでも、怯えた男は必死に話し始めた。

 それは一つの冒険譚。

 彼が歩んできた道だった。


 ルーク王国の王都アムル。その高級酒場の隅で、長身痩躯の目つきの鋭い青年と恰幅のいい青年が話しこんでいた。 

「冒険者ギルドを作りたい?」

 恰幅のいい男がビールを飲みながら聞き返してくる。

 彼の名はオウルと言い、ルーク王国の大臣補佐である。そして彼の上司である大臣は商業を統括していた。

 故に商業関係の頼みごとをするために、長身痩躯の青年ジェイドは、彼の行きつけの酒場に通い詰め、友人関係にまで何とか発展させた。そして満を持して、自分の頼みを打ち明けたのだ。

「その通りだ。魔物と戦い、未知の土地や遺跡へと分け入っていく。そういう冒険者を手助けするギルドを作りたい」

 ジェイドの言葉にオウルは首をかしげる。

「それは傭兵ギルドじゃダメなのか? あいつらは戦いのプロだぞ。魔物相手ならそれで十分だろう?」

 傭兵ギルド。そこには多くの傭兵が所属している。戦争になれば彼らは徴兵され、戦いに赴くわけだが、普段戦争がないときは、商人の護衛や懸賞金のある魔物や盗賊などを相手にしている。

「確かに戦いだけなら十分だろう。だが、彼らはあくまで戦いのプロだ。冒険のプロじゃない。彼らは護衛という依頼がなければ、未知の土地に踏み出したりはしない」

 彼らが求めているのは金になる戦いの場である。冒険ではない。

「なら、お前が依頼を出して、傭兵を引き連れ、未知の土地に踏み出していけばいいんじゃないのか?」

 オウルの言葉に、ジェイドは大きく首を横に振った。

「それでよくないから言っているんだ。俺はただ、自分が冒険したいわけじゃない。……少し、目先を変えよう。オウルにとって何より重要なのは、冒険者ギルドが、自分たちにどれだけの利益があるかだろう?」

「ああ、その通りだ」

「まず現状として、新たに遺跡を見つけたとしても、国が動き出すよりも先に、盗掘者に荒らされている。そして彼らの乱暴な手法により、貴重な遺産が失われているだろう。あいつらにはまともな知識がないからな」

「……そうだな」

 彼は国の人間として、実感してもいるようだ。騎士や兵士をまとめ、いざ騎士団による遺跡の探索が始まった時、既に情報を聞きつけた盗掘者により、空振りに終わったことを、実際に見てきているのだろう。

「それに未知の土地には、もっと多くの未知の遺跡。未知の幻獣や魔物もいるかもしれない。それは人々に、更なる恩恵を与えてくれるはずだ。しかしこれは、俺一人ではあまりにも手が足りない。だからこそ、自由に冒険をする者たちが多く必要で、それを支える組織が必要なんだ」

 オウルは考える時間を稼ぐようにビールを一口飲む。

「……ふむぅ。しかし、得られるかもしれないとは、あまりにも楽観的な推測ではないか? 得られる確証はないと、言っているようなものだぞ?」

「その通りだな。だから、確実に利益を出すものを作る。冒険者ギルドでは、冒険で得た情報以外にも、魔物から出る魔石を報奨対象にしようと思っている」

「魔石を?」

「ああ。魔法に関わるもの以外は意外と知らないようだが、魔物から取れる魔石は、魔術の材料としては一級品なんだ」

「そうなのか?」

「なんてったって、魔石は魔物の魔力の源だからな。魔法王国で知られるルクサリアは、その重要性を早めに理解していたからこそ、あれだけの魔術大国になっているんだ。例え冒険者たちが未知のものを発見できなかったとしても、国中から魔石が集められるんだ。それを国の魔術研究室、もしくは魔術師ギルドでもいい。それらと提携することができれば、この国は魔術大国としても大きく発展できるはずだ」

「むぅ、魔石が魔術研究に重要だというのなら、なぜ今まで、魔術師ギルドも魔術研究室も、魔石を集めていないのだ」

「そんなのはその手段がなかったからじゃないか? この国では魔術よりも騎士団のほうが重宝されている。その現状で、魔物の襲撃があったのならいざ知らず、魔石が欲しいからと、騎士団の派遣も頼めないだろう」

 ジェイドの指摘は納得できるものだったのだろう。オウルは深くうなずく。

「……確かにそうだな。魔物狩りなんて、それこそ傭兵ギルドに頼む案件だ。しかし、その予算や権力を、魔術研究室や魔術師ギルドも持っていないというわけか」

 魔術が重要視されていないこの国において、魔術研究室も魔術師ギルドも、その扱いは低い。騎士団にお願いしたところで、犠牲が出るかもしれない魔物討伐を、魔術研究室のために了承するわけもない。なた、細々と運営されている魔術師ギルドにしても、日々の魔術媒体を買うのでいっぱいいっぱいであり、魔物退治などの高額を要する依頼内容など、傭兵ギルドに頼むこともできないだろう。

「だから俺たちが、冒険の余禄として魔石を集めさせて、それを魔術研究室に流す。そうすれば、魔術は大きく発展するだろう。そして、そのための資金を、国に援助してほしいんだ」

 今現在、魔物は被害や脅威と感じない限り、討伐の報奨金は懸けられない。つまり、傭兵がその依頼を受けた時点で、大きな被害を出していることがほとんどだ。しかし、魔石目的に事前に冒険者が魔物を狩ってくれるならば、魔物の被害は激減することだろう。

「しかしな。魔術研究室を優遇すると、騎士団のやつらがいい顔をしないしな」

「だからこその冒険者ギルドじゃないか。国は魔術研究室に支援するわけじゃない。あくまで冒険者ギルドにだ。そして冒険者ギルドはたまたま得た魔石を、魔術研究室に寄付するだけ。そうすれば、騎士団は何も言ってはこないはずだ」

「ふむ」

「それに外交などで他国を見た貴方ならわかるはずだ。これからの魔術の重要性を」

 このルーク王国が弱い国だとは言わない。強力な騎士団を中心に大きく発展してはいる。けれど、魔術という技術がなければ、それ以上の発展は難しいだろう。今、昔ながらの騎士団だけの発展は、限界を迎えようとしているのだ。

 オウルもまた、薄々そのことに気づいているだろう。少なくとも、先ほど名前のでたルクサリアは、それこそ土地の広さや環境から言えば、ルーク王国に劣るだろう。それでもルクサリアは、ルーク王国よりも遥かに裕福に、そして華やかに発展していた。

 あの国を見ていたのなら、オウルもまた、自国をあのように発展させたいと思っているはずだ。例え国の思惑と違っても。

 そして、冒険者ギルドは、その足掛かりになるはずだ。

 オウルは頷く。彼の中で答えが出たようだ。

「ジェイド。お前の話はわかった。だが、一つ聞いていいか?」

「ん?」

「お前はどうしてそこまで冒険者ギルドを作りたいんだ?」

 オウルの質問にジェイドは苦笑し、懐かしむような顔をする。

「俺は昔から冒険譚が好きなんだ。彼らの希望や絶望、そういったものを見たり聞いたりすることが好きなんだ」

「ふむ。つまり、お前がそういった冒険をし易い環境が欲しいというわけか」

「いや、違う。俺は残念ながら冒険はできない。だから、だからこそ、他の冒険者に冒険をしてもらうのさ。……見てくれ」

 ジェイドはそう言って、懐からカードを取り出す。

「なんだこれは?」

「俺が作った冒険者カードだ。これには魔法を込められている。人にはレベルがあるのは知っているだろ?」

 生きるものすべてにはレベルがある。それは経験を積んでいくことで上がっていくものだ。厳しい状況に身を置くほど、経験は大きく強くもなれる。しかし、レベルは誰もが自由に見られるものではない。

「ああ。生き物の強さで、教会の司祭に神の力を使ってもらって調べられるものだろう?」

「これはそれを、魔術で可能したものなんだ」

「ほう?」

 オウルはしげしげと、カードを見つめる。

「つまり、この冒険者カードには、登録した冒険者がどのような経験をしたかが刻まれる。……まぁ、それを解読するには別の魔法が必要なんだけどな」

「なるほど。つまりお前は、その冒険者カードによって、他人の冒険譚を楽しもうって魂胆なのか?」

 オウルの問いに、ジェイドはにんまりと笑う。目つきの悪い彼がそう笑うと、いたずら小僧のような印象を受ける。 

「そういうことだ。……まぁ、表向きは、不正をしていないかの確認だけどな」

「……呆れたな。自分の欲望のためにそこまでするのか?」

 苦笑交じりのオウルの言葉に、ジェイドは軽く肩をすくめる。

「そういうものだろ? 人間なんて」

「……ああ、そうかもしれないな。……わかった。お前の話に乗ろう。……だが、条件が一つある」

「何だ? 条件って」

「時間外に仕事の話をさせられたんだ。今日はお前の奢りだぞ」

 オウルは空になったジョッキを振りながら冗談めかして言ってくる。

「くはは、お安い御用さ」

 ジェイドは話すことに夢中になって、忘れていた温いビールを一気に飲み干すと、店員にお代わりを頼んだ。

 こうして、一つの酒場で、冒険者ギルドの始まりが決まったのであった。


「って、ところまでは良かったんだけどな」

 ジェイドは冒険者ギルドの酒場としても使っているカウンターに、だらしなく顎をのせてぼやく。

「はぁ……。暇ですねー」

 酒場のウェイトレスのマルナも掃除していたモップの柄の先に顎をのせ、ぼんやりと外の道を眺めている。彼女は獣人族の娘で、人間族と大きく違うのは、顔の横にある獣の耳と、腰のあたりにある尻尾である。切れ長の瞳に整った顔立ち。猫のようにしなやかで美しい。

 人間族の多いこの国において、獣人族は差別の対象になりやすく、彼女もまた、仕事を探して都にまで来たのだが、仕事に就けずいた。

 そこをジェイドが拾ったのだ。

 冒険者になる以上、様々な種族と関わることになる可能性もある。そういう意味では、これから所属する冒険者には、獣人族ということに差別意識を持ってほしくないという意味もある。さらに言えば、綺麗なので看板娘としてもちょうどいいとも思ったのだ。

 だからジェイドにとっては、マルナを拾えたことは、僥倖とも言えた。

 しかし、それ以外のところで問題が起きている。

 そう、暇なのだ。

 冒険者ギルドの起ち上げ。そこまでは良かった。狙い通りにいっていたと言える。

 しかしだ。

 冒険者というのはこの国には馴染みがなかった。

 人同士で争うことを嫌い、傭兵ギルドを離れ、冒険者ギルドに入ってくれたものも数人いるにはいたが、圧倒的に少数である。よくわからないという理由で嫌煙され、結局冒険者ギルドに所属してくれている人数は、予想を遥かに下回っていた。

 さらに魔物退治の依頼にしても、町の人は得体のしれない冒険者ギルドよりも、傭兵ギルドを頼ってしまうのが現状である。

 魔物を倒せば魔石によって確実に収入を得られるが、残念ながら依頼によって報奨金が懸けられている魔物に比べれば安いのだろう。そんな安い金で魔物退治なんて危険なことはできないという人もいるだろう。

「ふむ。問題は冒険者に旨味を感じないってことだろうな」

「旨味ですか? うまうま」

「ああ、そうだ。冒険者になって良かったと思わせる魅力が伝わってないってことだ」

「はぁ、なるほど?」

 頷きながらもいまいち理解していない顔をマルナはする。

「まぁ、つまりだ。冒険者ギルドの歴史が浅すぎて、冒険者になったらこういう成功を収めることができるというモデルケースが、今の冒険者ギルドにはないのさ。そう、俺たちに必要なのは、冒険者としての成功例だろう」

「なるなる。……でもそれって、多くの冒険者さんが何年も、むしろ十何年もかけて、見せていくしかないものではないのですか?」

「……ああ。残念ながらそうだ。しかも、今のギルドには多くの冒険者もいない今、ただ待ち続けたところで上手く行く可能性は非常に少ないだろう」

「ですよねぇ。下手な弓も、数を射れば当たるというわけにもいきませんからね。その数がないわけですし。空っぽなの」

 マルナはがらんとしたギルドの中を見てため息を吐いた。

 冒険者にとって情報収集は重要であり、それ故、冒険者同士での情報交換も盛んになるだろう。そうジェイドは考え、冒険者同士交流できるように、ギルドの一階と二階は吹き抜けの酒場になっていてとても広い。しかし広いが故に、人がいないことの空っぽな雰囲気が酷く感じられた。

「だから、俺は考えた」

「何をです?」

「どうすれば冒険者ギルドが盛り上がり、この町だけでなく、支店も出せるくらいに繁盛するかをだ」

「はぁ。そうですか。それで、何かいい案は浮かんだんですか?」

 マルナはあまり期待していないのか、適当に聞き返してくる。しかし、ジェイドはそんな彼女に不敵に笑いかける。

「もちろんだ。さっきも言った通り、冒険者としての成功例が必要なんだと俺は思っている」

「ふんふん」

「だから、英雄を作ろうと思うんだ」

 ジェイドが自信満々に言い出したのだが、マルナは理解できずに首をかしげる。

「英雄?」

「そうだ。冒険をして大活躍をし、国に大きな貢献をした存在。そういう英雄を作り出し、将来の夢は英雄のような冒険者になることです、って近所の子供たちが言いたくなるような存在を作り出せばいい。そうすれば、冒険者になろうって人も増えるはずだ」

「えっと、それはわかりますけど……。どうやってその英雄を作るんですか?」

「そんなのは決まっているさ。英雄を生み出す舞台を作ればいいのさ」

 ジェイドはそう言って、自信ありげにニヤリと笑った。

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