第46話「今日は楽しい休息日アフター(後編)」


「どうぞ」


 ベッドの中に入り込み、掛け布団の片方側を空けるようにしてティエラを招き入れる。


「お邪魔します~……」


 恥じ入るように小さな声で、のそのそと入り込んでくる。


「……」


 布団に入り、無言のまま、二人見つめ合う。


 年若い乙女特有の甘ったるい香りが鼻腔をくすぐる中、そっと手を出し、指をからめる。


 まるで恋人同士のようである。


「な、なんやこうしてみると、むっちゃ恥ずいなぁ……」


 顔を真っ赤にするティエラ。

 可愛らしい。


 耳まで真っ赤、という表現があるが、獣人族は獣耳なのでそんなに色は変わらない。

 けど、それくらい恥じ入ってるのはよく見て取れた。


 だから――。


「おいで」


 両手を広げて招き入れる。


 今宵ばかりは抱き枕になる事に徹しようじゃないか。

 練習で胸も借りたし、そのお返しにな。

 それに、あれだけ運動して寝付けないとか、明日が大変だろうからな。


 特別大サービスだぞ?


「ん……」


 恐る恐る、といった感じで、そろそろと近づいて、ぎゅっと抱きしめてくる。


 暖かで柔らかな感触に心がほっこりする。


「よしよし」


 頭をそっと撫で撫でする。


「ん……」


 子供扱いは怒るかな? と一瞬迷ったが、正解だったようで、ティエラは俺の胸に顔を埋めながら全身の力を抜く。


「あ~……これやこれ。落ち着くわぁ……」


 頭を抱え込むように抱きしめると、ティエラも太ももの間に太ももを挟みこむように密着してくる。


「むっちゃ安心する……」


 頭を撫で撫でしながら全身で感じる体温にふんわりとした暖かな気持ちになる。

 これが父性というものなんだろうか。

 肉体のせいで母性を感じているのかもしれないが……。


 性的な興奮なんて不純なものは一切無い。

 なんていうか、落ち着いた感じの心地よさだ。


「ありがとな?」

「ん?」

「うちの抱き枕になってくれっちゅう変なお願い聞いてくれたんもそうなんやけど……」


 急にこちらを向いてティエラが見つめてくる。


「うち、ミリアの事、大好きやで」


 突然の告白に胸の鼓動が高鳴る。


「あ、好き言うてもそっちの趣味がある訳やなしにな?」


 顔を真っ赤にしてわたわたとするティエラ。可愛い。


「なんちゅうか……ミリアのな? 諦めん姿勢。うち、めっちゃ好っきやねん」


 その眼差しは真剣そのもので……。


「うちな? 嫌味やあらへんけど、むっちゃ強いやん?」

「うん、そうだね」


 クラス最強の名は伊達じゃない。

 フィジカルのみで真正面から立ち向かったら勝てるはずがない、って程に強い。

 そんな彼女が、顔を曇らせる。


「せやからな。子供の頃……って今でも子供やけど、もっと小さい頃な? 友達でけへんかってん」


 そういえば、初等科二号生くらいの頃まではどこの派閥グループにも属さない、触れるものみな傷つける一匹狼って感じだったかもだ。

 そんな事を思い出す。


「あ~、あん時もそうやったな……覚えとるか? 初等科二号生くらいの時の話や」


 顔を胸に埋めながら、懐かしむような声音で口にする。


「みんなが変則空中二段宙返りすんのに苦戦しとる中、うちだけ何の苦労もせぇへんでいきなりやれたやん?」


 耳をピクピクさせる姿が愛らしい。


「みんなむっちゃ苦しんで、それでも全然でけへんねん。なのにうちだけ簡単にできるもんやから、何でみんなでけへんね~ん、って笑って……ぶっちゃけ、うちだけ浮いとった」


 頭をそっと撫でると、ぎゅっとしがみつくように両腕の力が強まる。


「あのままやったらうち、みんなから嫌われとったかもしれん。他の鍛錬でもそうやった。みんな、うちと争うんだんだんと嫌んなっとって……」


 まぁ確かに、勝ち目あるのかな? ってくらい、本気になったティエラとは力の差があるからなぁ。

 諦めたくなる気持ちもわからないでもない。


「いつもそうやった。この学校に入る前も、みんなうちから離れていくねん。手ぇ抜いたらええんやろうけど、うち不器用やから手ぇ抜いてもバレんねん。せやからそれはそれで屈辱みたいになるんかなぁ……ずっと独りで、孤独に思うとってん」


 両腕の力がぎゅっと強まる。


「けどな? あん時、変則空中二段宙返りの練習にうちを呼んでくれたやん? あの時からやねん。みんなと打ち解けられるようになったんわ」


 そんな時期もあったなぁと、今朝見た夢を思い返す。


「それに、誰もがうちと競争すんのを嫌がる中、ミリアだけはうちに全力でかかってきてくれたやん? どんなに差があっても、いつでもミリアだけは全力で向かってきてくれた。あれからや。セフィアも、アリスも、みんなだんだんうちと全力で張り合ってくれるようになったんや。せやから……ミリアはうちの恩人やねん」


 ……そんな風に思っていたのか。


「今でもそうや。どんなに差があっても、うちと本気で張りおうてくれる。ぜんぜん諦めへんで全力で来てくれる。せやからうちも遠慮せんで本気が出せる」


 ティエラは、再び真剣な眼差しでこちらを見つめて独白する。


「今日もな。うち、本気やったで? それに対してな、諦めへんでがんばってくれる。必死に食らいつこうとしてきてくれる。どんどん追いついて来てくれる。うちと……対等であろうとしてくれる。決してうちを見捨てへんでくれる。そんなミリアが……うち、大好きやねん」


 最強のライバルであるティエラの思わぬ告白。


「せやからな? これからもうちの親友ライバルでおってな?」


 微笑むティエラの頭を撫でる。


「もちろん。けど、いつか必ず追い抜くからねっ」

「ほんならうちも追い抜き返すっ」

「それなら私もすぐにまた追い抜くよっ」

「ええなぁ。ほんならうちら、ずっとずっと、ライバルや……」


 二人、笑いあう。


「これからも、うちと仲良うしてな……?」

「もちろんだよっ」


 それからすぐに、安心したのか、すやすやと寝息をたてはじめるティエラ。


 天真爛漫、純粋無垢で、天下無双にして最強無敵。

 そんなティエラにも、色々と悩んだり想う事もあったんだなぁ。



 そんな風に思いながら、今日の出来事を、今までの出来事をゆっくりと噛み締める。



 前世の時とはまるで違う。



 みんな良い人ばかりで……。



 恵まれた環境。



 そして――。



 大切で、素敵な仲間達。



 この世界に転生した幸せを改めて感じる。




 腕枕の姿勢で寝息を立てるティエラを撫でると、その安らかな寝顔を見つめる。


 温かな気持ちの中で目を瞑ると、よほど疲れていたのだろうか、意識はストンと落ちていく。


 幸せな日々は、今日も続いていく。


 その幸福に感謝しながら、俺は静かに眠りにつくのだった。



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