第40話「ミリア対ティエラ(後編)」


 じりじりと間合いを詰めて行く。

 ティエラが先に動かないか注意しつつ、槍の間合い、剣の間合い――。


――今だ!


 蹴りの間合いに入った刹那。俺は風圧力場エアブーストを使用して跳躍。一瞬で拳の間合いを超え、超近接の間合いへと降り立つ。


 急速な動きにより、ティエラは拳の間合いでの迎撃が間に合っていない。


 先ほどティエラが行った超近接高速殺法ファストエントリー

 こちらはウェッジを使用せず、そのまま耳打ち……扱いの顎狙いの左掌打。


 まぁ、鼓膜への攻撃は禁止だからな。


 冷静にスウェイで上体を後方へと下げて避けるティエラ。


 当然、俺は腹部をガードするべく腹に巻きつけるようにしていた右前腕をしなる鞭のように前へと押し出して、股間への強打を狙う!


 自分が使える技だからこそ、次に何が来るかを理解できる。ゆえに警戒もできたのだろう。

 ヌルリと、体を横に向けるティエラ。半身になる形で、スリッピングアウェーのように、触れはすれども手ごたえは無し!


 だがしかし!


 切り替えしのように左前腕を動かし、俺は隙の無い多段攻撃を狙う! 顔面への左掌打による追撃!


 本来ならば指を開いた形で打って、人差し指と薬指で目への攻撃も狙うのだが、今回は目への攻撃禁止なため、安全仕様だ。


 右手でそれを受け止めるティエラ。


 俺の追撃はまだ終わらない。

 とめどなく、切れ間無く行うのがこの技の強みだ。


 今度は右手でカットナックル。曲げた人差し指と中指部分をこすり付けるようにして打つ、肌を切り裂くカット攻撃メインの打撃だ。


 左手でガードするティエラ。



――だがしかし。まだ俺のターンは終わっていない。



 右手を切り返すように動かし、鉄槌――拳の底の部分を叩きつける打撃――をとめどなく叩きつける。



 左手でそのままガードするティエラ。これは予測済み。


 続いて――。


 とはさせてくれなかった。


 このまま左右両手で掴みかかってグラップルに入る予定だったんだが、ティエラも黙ってばかりじゃない。



――蛇鞭尾サクリフォ・フィシス



 鋭いスナップを利かせた股間への前蹴り。ようは金的蹴りだ。

 脱力で力を抜いて勢い良く蹴りこむこの一撃は「相手が女であろうとも、恥骨を蹴り割ればよかろうなのだーっ」ってくらいの勢いでぶち込むのが基本だ。


 男よりはマシ――なんだろうけど、こんなの、まともに喰らうわけにはいかない。


 膝を軽く上げて脛でブロックするように腰を半身にして避けて回避。


 体勢を崩されないよう、上げた足は即座に地に着ける。


 そして左手でティエラの左手を掴み、右手でティエラの右手を掴み、交差させる。


 お返しだ!


 そのまま縫うように左手を差し込んで絡みつく樹枝ブラジオドゥックで相手の両腕をロックし、足を絡ませて転倒させる。


「おぉ!?」


 驚愕とも喜びともどちらともつかない声をあげて、転倒するティエラ。


 その顔面に右鉄槌! ――を、寸止め。


 一本!!


「よし!!」


 ついに、初めて、ティエラから一本を取る事に成功するのだった。


「やるなぁ」

「やっと……やっと一本だよ」

「ええ動きしとったで~」

「そうかな?」

「うんうん。ってかなんやぁ~。ミリアも見とったんかいなぁ。デューク先生のあの動画」

「うん。この間、今の超近接高速殺法ファストエントリーの技、こっそり紹介されてたよね」


 流星槍嘴拳の講師として招かれている獅子族レグルスのデューク・ディランディル先生は一流の格闘選手でもある。

 彼は流星槍嘴拳だけでなく、実は他の流派の技も極めている。

 まぁ当然なんだけどね。一つの流派の技だけに固執してるとどうしても対応力に欠けちゃうから。


 八華水仙拳の奥義、一秒間に8発以上の打撃を叩き込む華雪流風フォルニーオ・テフィカ


 先生はオーブ動画で、その基本となる動き、最初の入りのみ、ゆっくりと丁寧に動画で教えてくれていたのだ。

 もちろん、続きを教えてほしかったら入会してお金払ってね? って感じの宣伝的意味合いの動画だった訳だけどね。


「他にもなんや。もうめっちゃ勉強しとるなぁ」

「ティエラちゃんもだよ。絡みつく樹枝ブラジオドゥック、使えるようになってるんだもん。びっくりだよ」

「そりゃあもう。この間更新されとったもんなぁ」


『ドロシーちゃんのマジカルグラップル!』


 二人の声が同時にハモる。


 ドロシーちゃんというのはグラップル専門流派である七式蛇咬拳の講師、オネエ口調が特徴的なダロス・ディーグリー先生だ。


「やっぱ見ちゃうよねっ」

「見るだけやと全然わからへんから、メイドや執事連中にお願いして稽古手伝ってもろたんや」

「私も私も! シアとララちゃんにもお願いしたっ」


『やるよね~』


 再度二人の声が同時にハモる。


 その後、しばらく二人仲良く談笑した。



 二人、盛大に寝転んだ体勢のままで。




「さってと。もうそろそろええやろ? 寝技の特訓いこか」

「うん」


 散々胸を貸してもらったんだ。今度はティエラの願いを聞かなくちゃな。


 と、いっても――。


「なんでもぉ、アリアリやでっ」


 顔を赤らめながらナニかを期待する眼差し。


 うん。これもう、絶対誘ってるよね。



 しょうがない。ある程度まともな練習に付き合ってもらったら――御期待に答えてあげちゃいますか。



 俺は指をワキワキさせながら、来るべきその時に向け、禁断の技を行使する心の準備を決めるのだった。


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