第39話「ミリア対ティエラ(中編)」
跳躍しての蹴りは蹴り足を取られて倒される。
そんな事はもう何度も味わって、痛いほどに理解している。
それでも蹴りにこだわっているのは、リーチの差だ。
手よりも当然足の方がリーチが長い訳で、近づき過ぎるとティエラの得意分野である手技による反撃が待っている訳で……。
俺はもう何度目になるかわからない、手技での攻防の結果、喉元に手を突きつけられる形になっていた。
ぐぬぬ……。
――マジで強ぇ。
何度やっても繰り返される敗北に、少しだけ心が折れそうになる。
体術マスターとは言ったものの、ティエラの場合はもうほとんど恵まれた
だけど、だからこそ、それゆえに、シンプルに強い。
そして、それでこそ、やりがいがあるってもんだ。
彼我の戦力差がこうまである時に、どう戦えばいいかが学べるからだ。
まずは基本戦術。
高く上げた足をアームガードの上を乗り越えるような高度から打ち下ろすように縦変化で顔面に叩きつける変則
この戦術は、前世地球での空手ベース系格闘家の基本戦術。
――だがしかし!
二段ジャンプを駆使して周囲を飛び回りつつ、徐々に一打づつ、打ち逃げを試みるも――最初のミドルキックの時点で、やはり膝下に腕を差し込まれ、膝から曲げられての体勢崩しからの追撃により一本を勝ち取られてしまう。
ミドルキックを目で慣らさせるという戦術自体が持久戦向きで、実戦では悪手だ。
一瞬で戦況を覆される実戦で格闘技の戦術は意味を成さない!
一足飛びの跳躍で攻撃をしても、じりじりと近づいて攻撃しても、リーチを気にして蹴りで様子見の一撃を放とうと、一撃必殺の渾身の一撃を狙おうと。全部、全部が一瞬で返されてしまう。
そもそもだ。あの動体視力がヤバイ。
この肉体もだけど、獣人族は目が良い。
多分、もうこっちの動き、ほとんど止まって見えてるんじゃないかな? ってくらいに反応してくる。
――そして純粋に、めちゃくちゃ早い。
お互いに思考加速の魔法でさらにクロックアップ状態を強化している。
にも関わらず、動きが早いのだ。
加速魔法をお互いに使っているとはいえ、純粋な筋力と敏捷性の違い。
まるで鍛えるのは女々しいといわんばかりの基礎能力差だ。
「なんや? 来ぃへんのか? ほな、こっちから行くでぇ」
加速と
間合いに入り次第着地、地面を踏み込みながら、無駄な力を抜いた最適なフォームから繰り出される左拳。
本来ならば貫手で打ち込まれるこの攻撃は致死の一撃を秘めている。仮に拳であっても大怪我をしかねない威力の拳打だ。
寸止めしようにも失敗して大怪我をさせてしまう可能性がある。それでもこの修行を許されている理由の一つに、防護魔法の使用がある。
威力強化の魔法を使用せず、お互いに防護魔法を付与する事で大怪我の可能性を無くす。それがこの修行部屋で組み手をする際に出された条件だった。
それでも、痛いことは痛い。
実際に防具相当の魔防衣服も着用しているし、防護魔法によって硬い防具を身につけているに等しい環境になっている。
にも関わらず――凄い威力だ。
部屋にも、エアクッションの魔法が付与されている。だからもし投げ飛ばされてしまっても、頭部を強打したとしても怪我はまずしない。
ちなみにこの永続付与魔法付き修行部屋。当然ながら相当お高いらしい。つまりこの部屋自体が超強力なマジックアイテムという訳で。パパさんにはマジで感謝だな。
それはさておき、非殺傷設定の魔法が使えればそれが一番な訳だが、あれはかなり高度な魔法なので魔紋的に容量が足りないのだ。
お互いに了承した相手にしか効果を発揮しないという制限を付けてさえ、かなりの容量を喰う。実戦環境でお互いに魔法を多少使うとなると、かなり容量が足りない。そんな訳で、多少の痛みは仕方ない。我慢だ。
さて、そうこうしている内にも迫り来るティエラの拳。さっきも言ったとおり、まともに喰らえばめっちゃ痛い。なので――。
俺はその迫り来る拳を、空気椅子のような膝を曲げて姿勢を低くし、体を横向きにして避ける。その際、踵を浮かせて地をスライドするように全体重が先端の攻撃に乗るようわずかに前進する。
顔は相手を見据えたまま。顔の前には肘を折り曲げて構え、スッと入り込むように――先端の肘を叩きつけるような形で体当たりを行う。
月兎光舞拳奥義。
その動きは八極拳の肘の使い方にとてもよく似ている。
両足が地に着いた瞬間、肘の先端が不動の槍となり相手を穿つ。
だが、その一撃をティエラは軽く左手で払い、体を横向きに、半身にして避ける。
そして右手で拳打を放ってくる。
本来なら貫手の、喉を狙った鋭い一撃。
まったく無駄の無い、隙の一切無い動きだ。
――だがしかし!
俺はその攻撃に合わせ、拳の動きから上体をそのまま逃がすように真後ろへと向けて上半身を背後に倒して伏せて避ける。
そして両手を地面に着けた体勢で、その体勢にいたるまでの体を沈ませる動きを連動させた勢いで強化した後ろ蹴りを顎に向けて――蹴り上げるように叩き込む!
――
現世地球では、躰道の海老蹴りと呼ばれていた技だ。
狂月影翔拳には無数の蹴り技がある。
その数は百を超えるという。その中の一つの型だ。
――やったか!
甘かった。
そこはさすがのティエラだ。
左手で受け止めながら威力を殺してそのまま後方へと跳躍。五回転のバク宙を決めながら距離を取って着地する。
「やるやん」
顎を触れながらにやりと笑う。
距離はそれほど離れてはいない。
数歩進めば槍ならば届く間合い。
お互いに攻めに出ず、じりじりと近づいていく。
戦いはまだ、終わってない!
攻撃が可能な範囲、制空圏が徐々に触れ合う距離へと近づいていく。
射程を目で見て見切るのも鍛錬で学んだ事の一つだ。
自身の腕や脚、攻撃の届く距離、射程をしっかりと理解し、敵の射程もできる限り予想して把握できるようにするのが戦闘のコツであり基本だ。
槍の間合いを超え、剣の間合いを超え――。
その先に、ナイフと蹴りの間合いがあり、拳の間合いがあり、超近接の間合いがあり、肘や膝の間合い、投げ組みの間合いがある。
白兵のレンジは無数に別れていて、その一瞬の違いを嗅ぎ取りながら、最善で打ち込める距離で、最善の一打を狙えるように動く。
それが、白兵戦の基本だ。
間合い、二人の制空圏が触れ合った。
――蹴りの間合い!!
手技を受ける前に一打浴びせようと、今度は捕まらないよう、なるべく引きを強く意識した左前蹴りを放つ。
――
狂月影翔拳における前蹴りの名称だ。
より素早く! ジャブの様に引き戻す打ち方で鋭くスナップを利かせて! しなるように! 鞭のように! 叩き込む!
――鳩尾を貫くように親指の付け根を抉りこむ!
だがしかし!
スルリとその体が斜め向きになり、ヌルリと足先がすり抜けるように、ティエラの体が横向きになり、避けられる。
それなら!
素早く引き戻す事で腕を膝下に入れられないように引き戻す!
はずだった――!
素早く、ティエラの両手が挟み込むように、右手でパリングしつつ、左手で鉄槌をふくらはぎに叩き込まれる。
部位狙いによる足破壊!?
本来ならば左手の鉄槌は指先による引き裂く攻撃だったのだろう。
実戦なら、これでアキレス腱をやられていた……!
こんな技もあるのか……!
膝下に腕を差し込まれての体勢崩しは受けなかったものの、左足負傷……と考えると――!?
一瞬でティエラが跳躍してグラップルの距離まで一足飛びでやってくる。
ウェッジ。パンチでも鉄槌でもない特殊な手技。前腕部分をこすりつけるように叩きつける打ち込み方で相手を牽制しつつ、この前腕は体の中心部分を縦にカバーするように置かれている。つまり、上体の中心線を守るガードにもなるのだ。八華水仙拳における基本戦術の一つである。ちなみに、左前腕でウェッジを行いつつ、右前腕は腹部に巻きつけるようにして腹を守るような姿勢で突撃するのが基本だ。ゆえに隙が無い。さらに――!
「っ!?」
しなる鞭のように、腹部に巻きつけていた右前腕を股間へと叩きつけてくる!
これは攻撃を上下同時に行う事で相手の意識を困惑させる効果を狙っての事だ。
女の体でよかったと、ゾッとする。
これがもし男であったら金的の効果も受けて一瞬で
下腹部への一打で意識を下に持っていかれ、両手はウェッジに対するガードで使用中。
その隙を見逃すティエラではない。
そのまま踵裏に足を絡めた姿勢のまま前進し、押し倒しつつ。俺の片手手首を掴みつつ、もう片方、ウェッジで使用した手をそのまま首から下、顎の部分に当て、上に持ち上げる事で強制的に上に顔を向かせて体勢を崩しつつ、全体重をかけて突進してくる――!
馬力の違いと体勢の不利でそのまま押し倒される形になった俺に対し、ティエラはさらに容赦なく左右の両手で俺の左右の手首を交互に、同時に掴む。
足は絡められ、
――さらに!
俺の両腕は左右共に、胸前で交差するように絡められていた。
この交差された腕の前後を縫って挟むように、器用に片手をねじ込んで、片手で両腕をロックする技がある。
――七式蛇咬拳秘伝!
シラットにおけるラバイと呼ばれる無数の、相手の両腕を交差させ、絡めさせた状態で行う技の総称。その中の一つに、これと同じような技がある。
捕まれた手首と、その腕の肘部分を押し込まれた前腕が、交差した自身の肘中心にテコの原理で見事に絡まってしまい、腕を引き抜けない、折り曲げる事も当然できない。
片手で両腕をロックされた!
両脚は絡められ、転倒状態。
相手は片手が空いている!
ブリッジで跳ね除けようにもパワー負け。
俺の両腕は使えず、脚も使えず――相手は片手が空いている!
ゆるりと、ティエラの自由なままの右手が俺の首に迫る。
「これで終いやな」
ティエラの腕はもはや、普通の生物の肉程度ならば、貫くも引き裂くも自在の、まさに魔爪だ。
つまりこの瞬間、実戦だったら俺の死が確定していた。
「はい残念~。ミリアちゃんの冒険はここで終わってしまいました~」
「ぐぬぬぅ……」
「けど、良い線行っとったで。徐々に強ぅなっとる」
「本当?」
実感がわかない。
「だんだんと、対応が厳しい手になってきとる。なんやもぉ~っ! うち、ワクワクしてきたわぁ~」
満面の笑顔を浮かべるティエラ。
おのれぇ、この戦闘民族めっ。
……これでも勝てないかぁ。
勝てない。悔しいっ。
でもまだまだ。
今までよりは大分長く持つようになり始めているじゃないかっ。
今度こそっ!
意気込む俺の目の前に手が差し伸べられる。
それは当然、ティエラの手だ。
「ほれ、もう一本やろ? はよ起き上がりぃ」
眩しい笑顔で差し伸べられた手を掴み、俺は起き上がる。
嫌味なくらいに無敵で強い。けれども天真爛漫で純粋無垢。そしてちょっと天然で無邪気。
眩しいくらいに笑顔の似合う少女、ティエラ。
これだから、嫌いになんてなれないんだよなぁ。
俺は再び距離を取り、再度挑戦を試みるべく、身構えた。
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