第28話EX「幕間:ダークソーン家のお・仕・事☆(追記)」



 深夜と早朝の狭間の時間。スターフィールド家にある執務室の隅。金の呪印紋様の描かれた豪奢な大型の黒い四角い箱があった。高度な術式が付与されており、生物以外の物品を長距離転送させる事が可能な高級マジックアイテムである。

 ディルグラムが依頼をしてからちょうど三十ペコ後。転送箱へとそれは送られてきた。


――生首である。


 血の流れないよう、保存プリザーブドの術式がかけられた人体頭部。それが三つ。

 生物は禁止という誓約のある転送装置ではあるが、元生物の一部であったとしても“元”であれば生物にあらず。“物”であれば無事に届けられる。そう、生物でさえ、死ねば所詮“物”なのである。


 ほっこりとした顔でディルグラムは、遠くからそれを眺めた。


「依頼していた荷物が届いたよ。早いね」

「速さと信頼が売りなんでね」


――直後、ディルグラムは顔を曇らせた。


「信頼か……信頼ねぇ」

「何か問題でも?」


 その顔は、悪鬼の如き形相であった。ディルグラムは一瞬で顔を怒りに歪めながら、魔晶球オーブ先のガルヴエに問う。


「ガヴちゃん……お前舐めてんの?」

「怖いなぁ、何のことかなぁ~」


 引きつった笑顔を無理やり顔に浮かべながらディルグラムは詰問する。


「次は無いぞ? よく聞け」

「おうよ」

「お前、俺が下手人の顔くらいさぁ、知らないとでも思ったのか?」

「痛いとこ突くねぇ」

「返答次第……だぞ?」


 あふれ出る殺気を隠そうともせず、ディルグラムはガルヴエに問うた。

 なぜなら、転送されてきた頭部の一つは間違いなく、ドヴロクサス本人のものであった。しかし――。


「それについては……悪ぃ、うちも優秀な手駒は失いたくなくてね」


――残り二つは女のもの。下手人であるダークソーンの部下は男のはず。それを知っていたディルグラムは静かに激怒した。


「そうか……最期忠告だ。言い訳だけなら聞いてやらんでもない」

「恋人を盾に取られてたんだとよ」

「……それで?」

「その恋人もハニートラップだったんだ。だから“元凶”である、その騙した恋人役の首を送ったんだ」

「……なるほど?」

「ターゲットは間違ってないだろ? 送るべき首は三つ。数に間違いは無いし、“品も”問題無かったはずだ」


 直後、魔晶球オーブ先からでも理解できるほどの殺気がディルグラムへと襲い掛かった。


「それでも文句言うってんなら、こっちも黙ってねぇぞ。ディルちゃんよぉ……」


 友の激昂に、ディルグラムは静かに熟考する。

 だが直後に、やんわりとした雰囲気で、元通りのガルヴエの声が響き渡る。


「次の依頼、一回無料ロハにするからさぁ。許してくれってぇ~」

「……金の問題ではないよ」


 怒りは収まっていない。だが、友と敵対したくない事も事実。どうしたものかとディルグラムも思い悩む。


「そっちも今回は犠牲が出なかったんだ。今回だけは許してやってくれよ」


 それだけでは、まだ足りなかった。


「あいつらもまだ若いんだ。素質も技術も替えが聞かないくらい優秀な良い奴らなんだよ。今回は騙されて馬鹿しちゃったけどさ」


 ディルグラムも彼なりに落とし所を探ってはいた。


「一回のミスで首切るなんてさ、かわいそうだと思わない? お前の部下だったらできるか?」


 だが、最愛の娘の命を狙ったのは事実。その現実を許せるには未だ足らない。


「言いたいことはそれで終わり、でいいかな?」

「そうなるかな? まぁ、追加するならさ……」


 直後、ガルヴエの口にした最後の言葉がディルグラムの心を動かした。


「……こんな時、娘さんなら、何て答えると思う?」


 その言葉に、ディルグラムは長い熟考に時間を費やす事となる。

 長い沈黙の時間が二人の間に流れた。


「……ダメかな?」


 やがて、静かに問う友の声。

 確かに、手塩にかけて育てた自慢の部下を一回だけのミスで首を切るのは忍びないという気持ちもわかる。

 だが、ほんの僅かにでも遅れれば――ほんの少しでもタイミングが、ほんの僅かにでも運命の歯車がズレていたなら、娘は死んでいたのだ。


――この世界で何よりも大事な、最愛の娘が死んでいたかもしれないのだ。


 その事実はディルグラムを大いに悩ませた。

 長い熟考と沈黙の末に、彼は答を出した。


「仕方ない、俺だって君とは敵対したくないさ。ダチだしな。マジの殺し合いなんて御免だよ」

「こんだけの事があって、まだダチと思ってくれるのかい? 嬉しいよ」

「当然だよマイフレンド……当然だとも、我が友よ」


 腸が無限回煮えくり返る程の憎悪と激昂だった。それゆえに、こんな形で収めるには余りに様々なものが足りないというのも事実だった。

 だが、この首が。こいつらこそが全ての諸悪の根源であったのだと考えれば……無理やりでも納得せざるをえなかった。


「――今回だけはそれで許そう」


 断腸の思いで紡ぎだしたその言葉の後、ディルグラムはわずかな詠唱とキーワードを唱え、対象である頭部三つに触れる。

 青白い炎に包まれながら三つの生首は焼却され、灰となり、風にさらわれるように虚空へと消えていく。

 非生物であり、ある程度の硬さの非マジックアイテムである物品を破壊、除去する魔法である。主に重要な書類など、証拠を残したくない物品などに使用される。


「話のわかるダチで助かるよ」


 下手人を切れなかったのは痛いが、無二の友と釣りあわせるには軽い。だが、怒りが収まらないのもまた事実。


「そいつらにきつく言っとけよ? 二度は無い、ってな」

「息子がもう言ったよ」

「そうかい。マジで次は無ぇからな」

「わかってるって。きつく言っとくよ」

「頼むぜ? まったく」


 ディルグラムは、断腸の思いで愚かにも騙された下手人二人を許すのだった。

 葉巻の煙を燻らせて、ワインを一口、舐めるように口にして、ディルグラムは窓の外、赤と青の双子月を眺める。


「娘の視点で、なんて言われちゃあさ……こうするしかないじゃんよ」


 グラス内のワインを飲み干して、灰皿で葉巻を潰し、味と品質を保つために保存プリザーブドの術をかけ、ワインの栓を締めなおしてから――。


「――ってか、そりゃずるいって……ガヴちゃん……」


 ディルグラムは一言ぼやくと執務室を後にする。

 そして自室へと戻り、魔法で一瞬で寝間着に着替えると、術式により約一間ズォーン、つまり約一時間で十時間分の睡眠が取れる特性の枕とベッドに向かい、一時の眠りにつくのであった。




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