第13話「私達の冒険はこれからだ! 寝るぞー!!」


――そこは、まさに灰色の世界だった。


 四角い灰色の建造物が立ち並ぶ世界。


 そこでは人々はカラフルな板をつついて快楽を得ていた。


 虚構の空間で、くだらない事で罵りあい、くだらないマウントを取り合い、くだらない弱者叩きを弱者が行う世界。


 映像を映し出す箱はカラフルな虚像ゆめを映し出し、モノクロな現実から目を背かせて人を偽っていた。


 得られない夢を得られると嘯き、不平等な世界を平等と偽り、映し出される世界は上澄みの一部が幸せな勝利に酔いしれる様だけを映し出していた。


 人々はモノクロな現実に喘ぎながら、カラフルな虚像のために努力の代価を差し入れてランダム制のある虚像の情報を得て偽りの勝利を繰り返す事を酒の肴にして人生を無為に浪費していた。


 下僕のような店員達は横柄な客を神と崇め、崇められた神は荒神となり下僕達をいたずらに怒鳴り散らす。


 崇められた神たちも会社という箱庭では上司という神の掌で精神的苦痛を舐めることを代価を得るための生業としていた。


 苦痛が苦痛を重ねるサイクルを塗り替える革命の起き得ない世界。


 底辺が登り詰めるための梯子は文字を打つ事くらいしか見当たらなかった。


 物語を生み出して天へ登るしかない。


 男に生まれた自分がその命に価値を生み出せるとしたら、他に道は無い。


 世界からその命の価値を認めてもらわない限り、この命のバトンを受け継がせる方法さえも無い。


 さもなければ土や泥と同じ。いや、下手すればそれ以下。泥や土は作物を育てるが、自分には何も生み出す力は無いのだから。


 そんな世界であり、そういう時代だった。いつの間にかそういうルールにされていたのだ。


 ゆえに、物語を紡ぐ事だけが、無価値な彼にできる唯一最後の選択のはずだった。



 されど、欲しい物を得られる者は簡単にそれを手に入れて――得られない者は一生得られないのだと悟った。



 だから“彼”はあの日、あのビルの屋上へと向かったのだ。




 そして――。




――“おれ”は苦しみに喘ぎながら目を覚ます。


「……どうしたの? ミリアちゃん」


 天蓋付きの巨大なベッドに私は横たわっていた。


 枕は三つ。隣には心配そうな表情でララちゃんとシアがこちらを見つめていた。



――そこはもう、あの灰色の世界ではなかった。



 いつものツインテール姿ではなく、長い髪を降ろした姿のシア。ピョコピョコした獣耳が可愛らしい。

 髪の毛が変な癖を付けない為にとナイトキャップ姿のララ。獣耳がキャップの中でちょっと苦しそう。

 二人とも寝間着用の白い清楚なワンピース姿だ。


 そうか。今日の恐怖体験から、一人で寝るのが怖いってなって、三人で一緒に寝たんだっけ。


 それで三人で抱きしめあっている内に暖かくて一瞬で墜ちてしまったんだっけ。


「どうした? 怖い夢でも見たかや?」


 優しく微笑んで、シアが涙を指ですくい取ってくれる。


――瞳からは涙が零れていた。


 それは、もう思い出したくも無い、捨てたはずの前世の記憶だった。


「よしよし、愛い奴よ。こっちへ来るがよいぞ」


 ぎゅっと抱きしめて、私の頭をその胸元に引き付けるシア。


「あ、ずるいっ! 私も~」


 ララちゃんが私の腰を引っ張り強く抱きしめる。


 良い匂いが周囲を満たしていた。


 なんでも、ベッドの下にハーブを敷きいれているらしい。


 それもだろうけど、二人の香りがまた甘く鼻腔をくすぐる。


「わらわの腕の中で眠れば、悪い夢もどこかへ去っていくぞい」


 優しく頭を撫でられる。


「わ、私だってがんばるもんっ」


 ララちゃんが背中にすりすりしてくる。


 子供特有の高い体温が、ゆったりと体を、そして心を温めてくれる。


 灰色の過去に汚染されていた心がゆっくりと浄化させられてゆく。



 おれは今、とても幸せだ。



 何をやっても意味を成さなかったあっちと違い、確実に手ごたえを感じている。


 届かないかもしれない、けど、可能性はある。


 だからいくらでも努力できる。なにより――。



「……今日は、怖かったね」


 私の背中に顔をうずめながら、震える声でララちゃんが呟く。


「うん、私達、全然ダメだったね」


 努力の成果はまだ、実戦に向けるには足りなかった。それでも――。


「まだまだ努力が足りなかった」


 背後から抱きしめるその腕に、力がこめられる。


「後悔などしても無意味とわかりつつも、やっぱり悔しいのぅ」


 私の頭を撫でながら、シアが頬をすりよせてくる。


「子供だからしょうがない、って言われても、やっぱりね」


 今日の敗因は、経験の無さだ。

 経験を積むにはもっと力がいる。

 実戦の経験を積むにはまだ、私達は幼い。だから――。


「うん、だからさ」


 私は二人の手をとり、強くぎゅっと握り締めた。


「これから、もっともっとがんばろうね」


――目標ができた。


 けど、あの時とは違う。


 あの灰色の世界とは違う事が一つだけある。それは――


「強くなろう。三人で」


――もう、おれは一人じゃない。


「うむ」

「いつかパパ達にも負けないくらいに」

「いや、流石にアレはのぅ……」

「目指すには相手が悪すぎるというか」

「ちょっとわらわ達には小人族ショーティ重鋼鎧フルプレートではないかのぅ」


 小人族ショーティ重鋼鎧フルプレート――現実的ではない、荷が重いとか無理ゲー的な意味だ。


「ん~、でも、私はちょっと憧れちゃったかな」


 この世界でなりたいものが目の前にある。


 それは目の前にありながら、途方も無く遠い目標。だけど――。


「う~む」


 思案に目を瞑り、しばらく逡巡してから。



「まぁ、お主がそれを望むというのであれば」



 決意を秘めた瞳で私を見つめ。



「わらわはその隣に立つに相応しい魔術師を目指そうぞ」



 シアが宣言する。


 そして、それに対抗するかのように。



「じゃあ、私はミリアちゃんを護れるようなナイト様になる」



 私の背中を強く抱きしめながら、ララちゃんが決意を表明した。




 この日、三人の目標ゆめが決定した。



 それは、とても長い道のりだろうけど。苦難の道ではきっとない。



 だって――。





――あのせかいとは違って、今は沢山の仲間に、友に、味方に囲まれているのだから。




――世界はもう灰色ではなかった。




 これ以上無い幸福な世界を今、生きている。




 目標もできた。




 と、なれば――。




 険しいその道のりを踏破するために、今日は……寝るぞー!




――私達の冒険はこれからだっ!




 三人で強く抱きしめあって眠りにつく。


 温泉につかってるみたいな暖かさに意識があっという間に遠のいていく。




 二人の温もりに包まれて、私は幸せな眠りの中へと落ちていくのだった。


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