第10話「オ・ト・ナの実力」



 俺も私ちゃんミリアも、同時に生を諦めたその時だった。




「――なんとか、間に合ったようだね」




 ジャリッと、目の前の地面が鳴った。




 恐る恐る目を開くと――そこには。




――男が立っていた。




 聞き慣れた声。




 毎日のように見てきた男だ。




 その姿を一時たりとて忘れるはずも無い。




 だって、それは――。




 ディルグラム・フォン・スターフィールド。




 そう、おれのこの世界での父さんパパ




 七大領の一つを統べる政治家で、元商会のお偉いさん。ってとこまでは知ってる。けど――。




――そんな男が、何故?




「下がってなさい。と、言っても動けないか。しょうがない」




 目の前がグラリと揺らぐ感覚がした。




 前世でいつも味わってきたドス黒い感覚。




――絶望。




 勝てるわけが無い。勝てるわけがないよアンタじゃ。だって政治家だろ? しかも兎族の。




 兎族は元々戦闘に長けた種族ではない。機敏ではあるけれど力が足りず、魔力があっても知力で劣る。




 真正面切って戦える種族なはずないんだよ。しかも――元商会の主で……。




 この時点で、俺はもう世界の全てに失望していた。




 俺が前世で今まで書いてきた物語。




 そのあらゆる物語には法則があった。




 それは、絶対的な絶望。




 なぜかって? だってさ――。




 唯一それこそが、俺の人生で味わってきた経験を生かせる、現実リアルだからだ。




 幸せの反作用。




 物語において幸せなシーンの次に来るのは試練だと相場が決まっている。そう、だってそれが当たり前だから。運の悪い人生の先に幸福がわずかでも起きればそのコストは必ず支払われなければならない。ならば俺が作者だったらどうする? この場合、この先の展開――そう、そんなのは決まってる!




 想像される未来、それは運よくわたしだけは死にはしない。けど、それは本当に運が良かったのか? というような絶望的な未来ものがたりの始まり。




 そう、両親喪失と親友喪失からの唯一の生き残り。




 そして、復讐に身を捧げて生きていく。今までは欝展開のための序曲でしかなかったんだ……!




 そうだ。だって、俺が作者だったなら、絶対にそうするから!




――やだよ。私、パパを失っちゃうの? ママも? みんなも? お家も全部無くなって、ララも、シアもみんな?




 そんなの嫌だよ!!

 俺だって嫌に決まってるだろ!!




 二人の意識が重なった。




 けれど世界は残酷で――。




――ここで何かが覚醒するなんていう都合の良いできごとなんて起きるはずもなくて……。




「悪いな、あんまりカッコいい姿、見せられないかもしれん……」




 悲しそうな瞳でこちらを見つめる眼が、特攻、犠牲をイメージさせる。




 ダメだ、そんなの。ミリアわたしにはアンタがまだ必要なんだ!




 これから沢山幸せな出来事に囲まれて、ほのぼの幸福ライフを味わうんじゃなかったのかよ!!




 俺の来世は、美少女に転生してからの牧歌的な百合百合TSゆるふわハーレム物語のはずじゃなかったのかよ!!




 こんなのってないよ!!




 そう、全てを諦めかけた次の瞬間だった。




「――さて、よくも我が娘をここまで苦しめてくれたね」




 ゾワッと、全身の毛穴が泡立つ。




 恐怖を超越する恐怖ナニカがそこにあった。




 パパさんから湧き上がってきた魔力的なオーラとも言うべき何かが全身を打つ。




 それはまるで暴風。




 圧倒的で強烈な、荒れ狂うエネルギーそのもの。




 目の前の、人型サイズの存在が、巨大な、あの巨大な化け物よりも凶悪で強大な存在に見えて――。




――本当に? アレ……が? 人間なのか……?




 膨大な恐怖の塊を内包した猛烈に荒れ狂う獰猛なエネルギーそのものがそこにあった。




 そしてそれは人の形をしていた。




 そう、それはまさに、人の形をしただけの――怪物!!




「我が家の敷地に勝手に入り込んだあげく、私の大切な娘を泣かせたんだ。その罪は……重いぞ」




 その眼から恐ろしい気迫が放たれ、私がその恐るべき烈風の如き殺気に恐怖で目を瞑った次の瞬間だった。




 耳をつんざくような巨大な破裂音がした。




 そして、次に長い静寂があった。




 そう、静寂。




 気がつくと、目を瞑っているので見えないはずなのに、目の前の恐怖というか、恐ろしいまでの威圧感の一切が――消失していた。




 やがて、遥か前方から鳴り響く、ストンという着地音。




 恐る恐る目を開く。すると――。




 目の前には未だに怪物が立っていて。パパさんの姿だけが消えていた。




――く、喰われた……のか?




 絶望に全身の力が抜けていく。




 だが次の瞬間、俺は目の前の衝撃的な状況に気付いた。




 そりゃそうだ。目の前の恐怖、威圧感が消失するわけだ。




 だって、目の前の怪物はもう――。




――頭部だけが……消えていた。




 巨大な黒い怪物の――首から先の部分だけがゴッソリと消失していて……!




 遥かな前方にパパさんの姿。




 その手には、もぎ取られたのであろう、怪物の首が掴まれていて――。




「まったく、お痛はメっだぞ?」




――返り血に塗れながら笑顔で、内に満ちた怒りを全身から放出させつつ怪物の頭部を睨みつけ。




「ただの餌風情が……舐めた真似すんじゃないよ」




 ゴミを見下すような瞳でその首ソレを投げ捨て――瞬速の後ろ回し蹴りで、ソレを粉々に粉砕した。




 それから、やっと思い出すかのように首から血が噴出し始めて――地響きと共に、崩れ落ちるように魔獣が倒れこむ。




 次の瞬間、背後から何かが飛び出していく。


 振り返ると、それはメイドさんだった。


 後から聞いた話だけど、メイドさんの一人がパパに緊急信号を魔法道具で伝えて、私の背後で怪物を威嚇し続けて護ってくれていたらしい。


 そして、もう一人のメイドさんは――。



舞い踊る家具達の序曲フェミリエ・ロ・プリュレ!!」



 魔法名を放ち、術式を解放する。



 背後で、もう一体の四眼巨大黒毛牛狼ペルペルパンバギウスと戦っていたのだ。



「ふむ、まぁ二人なら大丈夫だろう。タイマンだとまだキツイかもしれないけど、うちのメイドはそんなにやわじゃない」



 メイドさんの手から無数の白銀に光るフォークが放たれる。その数九本。


 同時に、怪物の四つの眼が怪しく光り、口を開く――。



 唸り声と共に、怪物が五本の炎の矢を放った!!



 魔獣は魔法を使う。だから魔獣。それは聞かされていた。けど、知るのと見るのとじゃ段違いだ。



 目の前で、怪物・・同士の戦いが繰り広げられていた。



 メイドさんの放った白銀のフォークは蒼白いマナに包まれて飛来する。



――そして五本のフォークが炎の矢を相殺する!!



 残る四本の内三本が怪物の巨体へと飛来し、その体を貫かんと迫る!!



 だが敵もただ黙って攻撃を受ける木偶じゃない。あの怪物にだって、餌を喰らい、生きていくための――生活がかかっているのだから。



 猛獣は、物凄い俊敏な動きで、飛来するフォークをかわす――かわす! ――かわす!!



 マナに包まれたフォークは大地に突き刺さり蒼白い炎の柱を立てる。



 そんな中、一本のフォークだけが他とは異なる動きをしていた。



 それは一瞬の相手の隙を狙い撃ち!!




 怪物の悲鳴が上がる。



 四つある怪物の眼の一つを、飛来する一本のフォークが抉っていた。



 そして――!!



 轟音と共に蒼白い炎の柱が敵の目から吹き上がる!!



 同時に――!!




 背後で私を護ってくれていたメイドさんが駆けつける。



確実性不確定未来フォーテ・ネア・フォーテ!!」




 飾ることの無い、汎用レムリアース語によるシンプルな魔法名。




 宣言と共にメイドさんの持っていたタロットが宙を舞い、虚空でシャッフルされると同時に一枚が示される。




 この世界におけるタロットの11番『鎖で縛られた十字架』。




――それは、身動きの出来ない不自由な未来を意味する。




 魔獣の体に赤紫の鎖が絡みつき、対象の体の中へと溶け込む。




 すると、まるで風の如き俊敏さで駆け回っていたその動きが――鈍りだす。




舞い踊る家具達の鎮魂歌フェミリエ・ロ・エンデ!!」




 その手から放たれた七本のナイフが――蒼白いマナに包まれながら結合するように縦一列に並んで。




 メイドさんの振り下ろす手と共に、その巨大な蒼白いマナの剣と化したナイフの列が怪物を切り裂く!!




 そして、切り裂いた傷口を抉るように刺し穿つ!!




 悲鳴を上げる猛獣に――とどめの一撃が放たれる。




 もう一人のメイドさんの周囲で舞いながらシャッフルされていたタロットの二枚目が示される。




――炎に包まれた柱。それは、始まりの試練を意味している。




 刹那――業火に包まれる魔獣。




 体の急所を抉られ、炎に包まれた魔獣は、やがて動きを鈍らせると、よろよろと倒れ込み、動かなくなった。




「倒した……の?」

「うん、ちょっと時間はかかったけど、まぁ及第点って所だね」



 ……あの戦いで、及第点。




 風圧力場エア・ブースト推力風圧エア・スラスターもまるで自然な動きの中で手足の延長線上のように使いこなしながら、異なる攻撃魔法も極自然に使いこなす……。



 一瞬の油断と隙が致命的な世界。



 それが、実戦……。



 レベルが……違いすぎる。




 私達があの程度で浮かれていたのなんて、彼らにとっては、可愛らしい子供がちょっとした背伸びをしてみた程度の事だったのだろう。




 オトナって、凄い……。




――念のためと、メイドさんがマナの剣を再度振り下ろして首を切断し、白熱した大戦闘バトルは終了するのだった。


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