第7話「白露花女学院名物、地獄の戦闘訓練(前)」



 ガキの頃。俺は何もしなかった。




 平穏な楽しいだけの人生を求めて、ただただ遊び呆けていた。




 遊んで、遊んで、遊んで。結局、無駄な時間ばかりを過ごしてきちまったんだ。




 結果、大人になってから後悔した。




――夢を持ってしまったんだ。無謀にも。




 その手にあるものなんて、遊んでいた頃に見た無数のアニメや漫画、ゲームの記憶ぐらいしか無いというのに。




――だから“俺は”ダメだった。




 いや、違うな……。




 俺が、あの人生をダメにしちまったんだ。




――俺自身の手で。




 だけどそれを誰が攻められる?




 子供の頃の話なんだぜ?




 先のことなんてわからなかったんだ。




 あんな事になるなんてわかってたら――。




 そう、あんな事になるなんてわかってたら、誰だって“そう”しただろうさ。




 ……けど、わからないから、誰も“そう”はしないんだ。




 “努力”をしてこなかった時の後悔なんて、理解してからじゃ遅いというのに。




 ……だけどさ、後悔しなければ気付けないんだよ。




 その“努力”をしなかった果てにある、後悔する未来なんて。




 それでも、全ては自業自得。




 後悔してもしたりない。




 ……悔しくてたまらなかった。




 でも、何もかもが、もう遅くって――。




――だから、俺はあの日、死を選んだんだ。




 結果的には事故になっちまったけど、あの日、俺が死を望んでいた事は紛れも無い事実なんだから。




 努力をしなかった後悔って奴は、気付いた時には大体もう手遅れだ。




 だってさ、やってる奴はもうずっとずっと前から走り続けていて――もう到底、届かないんだから。




 気付いてからじゃ遅んだ……。




 気付いてからじゃもう遅いんだ。だったら、答えは一つしかないじゃないか。




 せっかくやり直す事ができたんだ。




 だから、今度こそ……俺は――!




――私は教室に駆け込んだ。


 始業時間ギリギリセーフ!


 チャイムの音と格闘しつつダッシュで教室へと滑り込む私。



 廊下は走っちゃダメだけど、バレなきゃセーフだよね?



 そんなこんなで、三時間目は算学。


 私は前世である俺君の記憶のおかげで、掛け算とか割り算とか普通にできてしまったりする。

 というか、凄い楽勝すぎてみんなからの尊敬の目が痛い。



 チートでごめんね。



 四時間目は国語の時間。


 みんなで『勇者ピタニャンモのホスカペタリカ・奇抜な冒険記ピタニャンモ』のおさらいをした。

 内容は、架空の勇者ピタニャンモの繰り広げるちょっぴりユニークな冒険を元にした児童文学だ。


 このお話には大量の慣用句やことわざが出てくる。

 なので、授業のメインは主にそこになってくるんだけど……。


 俺君いわく、形がちょっと違うだけで前世の奴と似たようなもんだ。との事で。

 あっという間にスラスラと覚えてしまった。


 さすが、前世では国語大得意さん。

 大学で国語科教員免許を取ったというその実力は伊達じゃない。


 もっとも、先生にはならなかったらしいんだけどね。


 で、慣用句なんだけど。面白いのを上げるとこんなものがある。




 例えば『過ぎたる餌はウサギを太らす』




 さぁ、どんな意味か考えてみよう。




 じゃじゃーん。答えは!




 弱者に優遇ばかりすると逆差別がうまれる。でしたー。

 他にも、与えてばかりいるといつか付け上がる。って意味でも使われるそうです。




 第二問。




 じゃらんっ。




『色街で娼婦が股を開く時、堅牢な要塞砦の門もまた開かれる』




 かっちかっち。




 ぶぶー、時間切れー。




 答えはわかったかなー?




 答えは、一見無関係なそうなものでも繋がっている事がある、蹴った石ころが原因で何が起こるかわからない、みたいな意味。

 なんか俺君いわく、前世の世界では『北京で蝶が羽ばたくと、ニューヨークで嵐が起きる』バタフライ効果とも言う。大体そんな意味だ。らしいよ。


 ちなみに、初等科で色街ってどうなの? って思うかもしれないけど。

 この国では性教育は大事な授業の一環としてしっかりやるのです。


 十歳で性教育は当たり前でしょ?


 だって、はやいともう発情期とか始まっちゃってる子もいるからね。

 不幸な事故が起きないように、恥ずかしがらないでしっかり教えること、大事なんだよ?


 だからこれも、初等科五号生で習うのはおかしくないって事だね。


 あ、それと。バタフライエフェクトじゃなくて、こっちではダブルゲートエフェクトって言うらしいよ。


 他にも面白いのは……。


 う○こと口にするだけでも笑える年頃、とかかな。


 これは簡単だね。俺君の世界では箸が転がっただけでも笑う年頃とか、そんな感じの意味だそうだよ。



 そんなこんなで、国語の授業も終わって。

 午前の授業は終了。



 お昼~。



 給食の時間だよー。



 今日の献立は、ハンバーグっぽい奴ポルテケーレ


 とっても美味かった。


 給食費も結構お高いらしいから、多分いいとこのお肉使って、良いシェフ使ってるんだろうね。


 ちなみに材料はちょっと変わった牛っぽいのメッサー・グリュゴラス


 農場見学で見た事があるんだけど、角猪ログーの牙をはやした牛っぽいのマブレフみたいな茶色い動物さんだった。


 ぐぎゅるるるー、って鳴き声が可愛いんだよ。


 まぁ、お肉にされちゃうんだけどね。


 自然の掟だし、しょうがないよね。


 ちなみに他のメニューは……。


 一角トゲトゲ魚ココペリコトマトスープ系ルッチャンネ

 黄色クリーム芋とレ・クリムルプティ・緑色甘味星型コーンにエン・グリムステッラ・紅色香味高滋養人型絶叫人参マンドルクリムネンテ・ラ・を添えたサラダっぽい奴モルクリェ

 季節の果物盛り合わせネア・プリムン・モルクリェ

 黒くて硬いパンにしか見えない奴バーナデン・ブレッフェ


 お家で出されるのと比べちゃ可愛そうだけど。うん、そこらの売店で売られてる物とは比べられないくらい美味しかったよ。



 で、五時間目は芸術のお時間。


 歌った。


 以上。



 そしていよいよ6時間目。




――戦闘訓練の授業がやってきた。




「さぁ、今日の授業は久方ぶりにコイツの出番だ」


 そう言って、ローブを被った黒い長髪の美しい女性。人族の魔術師。モルガナ先生がその豊満な胸をこれ見よがしに張りつつ、自信満々に立ちはだかる。


 目の前には、巨大なゴーレムがいた。

 大きさにして約16、5踏足レノリ程。

 私が大体4踏足レノリ程の背丈だから、約4倍は高いという事になる。


 ちなみにこの踏足レノリという計測法だけど、俺君の世界で言うフィートと同じ原理の単位らしい。

 1踏足レノリが大体人族の平均的な足の大きさって事になっている。



 つまり、ここの世界が全体的に大きかったり小さかったりしない限り、多分約30センチ程度と推測できる。

 だからゴーレムは大体5m。大きめな一階建て建造物の高さに近い糞ヤバイでかさだな。



「去年の雪辱に燃える奴もいるだろ? リベンジさせてやるよ」



 ちなみにこのゴーレム。

 ほとんど砂だけでできてたりする。

 しかもスッカスカ。正直ただのデコイ人形。

 実は幻影でそれっぽい姿をしているだけなのだ。


 そう、存在だけはな。



――だが、ダメージは実際に受ける。




「さぁ、見事受けてみせるかい!? 白露花女学院名物、幻屠獄悶闘岩人げんとごくもんとうがんじん!!」




 砂で出来ている幻影だからこそ、その反応速度と動きは中級魔獣クラス。

 ゴーレムとは思えないほどに俊敏な速さで動く。


 しかも、その素早さで、あの大きさの岩の塊という仮定で生み出された衝撃を、攻撃を受けた存在の脳裏に叩き込むのだ。


 ぶっちゃけ、本来なら一撃で死ぬ。


 そして、実際に死ぬほど痛いし、むちゃくちゃ苦しい。


 一度喰らってみればわかると思うけど、トラウマになるくらいキッツイんだ。




 だから訓練になるとも言えるけどね。




 で、硬さもタフさもまるで、ああいった質量の化け物が存在しているかのようにふるまう。

 幻影により、脳裏にそう思い込むように働きかけ、受けた衝撃を計算して、リアルな反応を実現させているのだ。



――そう、これらは全て、うっかりミスで実際に生徒が死亡してしまわないようにするための配慮。



 正直、こんな化け物じみた代物、よほど実力のある魔術師が己の全魔紋に対してびっしり命令式を書き込んで、それ専用の魔術師として成立させて初めてなせるというレベルの、実に芸術的な代物なのだ。



「一番手は誰だい? 見事撃破できたら単位は満点あげちゃうよ~。倒せるもんならねぇ!」




 わざわざ悪役めいた演技で戦意を向上させてくれたりする。

 実にノリの良い先生なのだ。


 だが、誰も手を上げない。


 去年の、初等科四号生の冬。

 あの時の雪辱が、恐怖となっているのかもしれない。



 けど――。



「私が行きます」



 私は名乗りを上げる。

 恐れていては何も出来ないし、何より。


 私達はそれだけの努力をしてきたのだから!




 脳裏に、初めてアレと戦った記憶が蘇る。




 あれはそう、去年の春。

 初等科四年の最初の授業で初めて行われた対大型魔獣用実戦訓練の時。

 いつもの小型魔獣対策用の小型ゴーレムの群れとは異なり、異様な圧迫感を持つ巨大で重厚な姿。


 そして――。


 あっという間に瓦解していく仲間達。


 まずシアが己の魔術による一撃で片腕さえも撃破できずに驚愕していた所を、その豪腕による一撃を腹部に受け瞬殺。

 その痛みと苦痛によるショックか、シアはだらしなく舌をたらし、涎を垂らして白目を剥きながら、失禁してその場に倒れてしまった。


 あの瞬間を目撃した時の恐怖たるや……!


 みんな一様に“ああはなるまい”と必死に立ち向かう。が、動きが早い!


 こちらの攻撃は避けられる。見た目にそぐわぬ俊敏な動き。両腕、片足からなる素早い連続攻撃で次はララちゃんが敵の餌食に。

 フルスイングの豪腕を頭部へとまともに受けた次の瞬間。聞くもおぞましい悲鳴をあげながら失禁しながら倒れ、泡を吹きながら痙攣を繰り返していた。


 ……その日から数日間、ララちゃんはトラウマで毎晩悪夢でうなされ、突然夜に叫んで起きる程になってしまった。


 次は近距離で時間を稼いでくれたティエラちゃんが、両腕でしっかりブロックしたにも限らず、嘔吐しながらその場に倒れ込んでのたうちまわった挙句、もがき苦しんだ末に痙攣を繰り返し、やがて気を失った。


 今度はティエラちゃんが時間を稼いでいる内に必死に攻撃を繰り返していたアリスちゃんが――。


 あ、アリスちゃんについては今度また紹介するね。


 それはそれとして。彼女はその巨体を駆使した攻撃で片腕を何とか破壊するに成功するも、返す刀とばかりに繰り出された蹴りによりくの字になって崩れ落ちる。嘔吐はしたものの、膝立ちのまま意識を保っていられたのは、彼女が巨人族特有の頑強さと体格を持っていたからだろう。


 最後に、一人孤高に戦い続ける私ではあったが、避けるのに精一杯で攻撃が通じない。何とか片腕をもう一本破壊しかけるも――。



 即頭部に嫌な風と轟音、そして影が降りて――。




「いいか、覚えておけ。それが死の痛みだ」




 頭部がもぎ取れ破壊されるイメージと、その時の衝撃を彷彿とさせる激しいショックと痛みと苦痛に吐き気が混合したようなこの世の物とも思えない激痛が全身を一瞬の内に暴れ狂って――。


 私の意識は遠ざかっていった。


――後で、失禁嘔吐白目痙攣のフルコースだったと聞かされた。



 ちなみにトラウマで夜叫んで起きるようになったのはララちゃんだけじゃない。

 実は私もなのだ。


 しかも、大きな岩を見る度にあの恐怖がフラッシュバックしちゃって、叫びながら失禁&失神する事数週間。

 精神魔法による施術ケアを受けなかったら廃人になっていてもおかしくないほどの精神ダメージを受けてしまった。



 でも多分、死ぬってそういう事なんだろう。

 死ななくても、そうなったという事なんだろう。


 生きていても、大怪我をしてしまえば、人は二度と戦えない。


 精神的にもそうだし、何より肉体が。

 五体満足でいられたのは、アレが幻影だったからなんだ。


 私はあの時、本当だったら終わっていたんだ。


 そう思えば、思い返すたびに震えが来る。

 けど、そうならなかったからこそ、まだチャンスがある。


 次こそは、今度こそはと修行を――授業での鍛錬もそうだけど、授業外での訓練もずっと毎日のようにしてきたんだ。



 だから、今度こそは――!!



 そう思っての冬のリベンジだった。




 結論から言おう。

 その冬のリベンジでも、私達はまた、負けたのだ。


 確実に勝つために作戦を立てて挑んだ。

 まずは脚部を破壊する。そして動きを止めてから、両腕を破壊する。

 最後に何もできなくなった頭部と胴体を破壊してエンド。


 そのはずだった。


 まず、両脚の破壊。

 これは絶妙なコンビネーションで撃破に成功した。

 ただし、前衛三人の犠牲をもって。


 三人が地面をのたうちまわる中、私とシアは魔法を駆使して戦った。

 シアの魔法が両腕に大ダメージを与え、私の一撃で片腕が破壊された時……。

 シアが腹部を殴打され倒されていた。無様にも舌をたらし、白目を剥きながら痙攣し、失禁するその姿を笑う者はもういない。

 次は我が身。誰もがそれを理解していたからだ。


 そして――。


 シアの作ったわずかな隙で最後の腕を破壊したその瞬間だった。



「――惜しかったねぇ」



 先生の言葉が聞こえた気がする。

 そして、私の全身をまた、あの時の地獄をも超える苦痛が駆け巡った。



――頭突き。



 両腕も、両足も無い体で、ゴーレムは最後の一手を放ってきたのだ。



 それに気付いた瞬間。



 私は医務室で目を覚ました。




――また、負けたのだと理解した。




 隣には他のクラスメイトもいた。

 恐怖で震え泣く者、悔しさにむせび泣く者、様々だった。


 私も、悔しさに泣いた。


 油断した事もだけど、みんなが作ってくれたチャンスを不意にした自分に腹が立った。


 それが悲しくて、悔しくて。これがもし実戦だったなら。死ぬほど後悔しただろうと想像しただけで、血涙を流さんばかりにむせび泣いた。


――だからこそ。



 今度は絶対に勝つ。



――次こそ、必ず勝ってみせる!!



 願わくば、無傷で。


 誰の犠牲もなしに、私達は勝利してみせるんだ!!


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