第5話「今日から初等科五号生(3)」
ホームルームが終わり、一時間目の授業が始まった。
目の前には校舎がある。
英国ルネサンス様式に似た、クラシカルなデザインのいかにも西洋のお屋敷、といった感じの美しい見た目で、白基調に淡い青紫のコントラストが実に綺麗だ。
ここはトーリェン・プリムの街が誇る富裕層学校。白露花女学院。
ちなみに、トーリェン・プリムっていうのが、私の住んでいる家のある街だ。
街の外観もこの学校を浮いたものにさせないだけの、いかにも富裕層の街、といった美しい西洋近世建築に近い外観をしている。
空気も美味しいし、太陽も眩しくて、空も綺麗だ。
ちなみに、前世の住んでいた地球と異なり、空は若干蒼みがかった色となっている。ちょっと翠っぽい青なのだ。
それはともかくとして、何でこんな外の描写をしているのかと言うと……。
「隣のヴィルソンはスケこまし~♪」
『隣のヴィルソンはスケこまし~♪』
先生の歌の後に、生徒達の合唱が木霊する。
「昨日はメイファのとこ行って~♪」
『昨日はメイファのとこ行って~♪』
「今日はレイアの横にいる~♪」
『今日はレイアの横にいる~♪』
いつものように、先生の後ろを列を成して走る生徒達。
「明日は私のベッドさ~♪」
『明日は私のベッドさ~♪』
そう、1時間目は運動の授業。
前世の世界における体育と違って、球技などのお遊びをするのは週に一回のお楽しみ。
レクリエーションタイムは御褒美なのだ。
なぜなら――。
「1・2・3・4! 愛国レムリアース!」
『1・2・3・4! 愛国レムリアース!』
「我が国!」
『我が国!』
「レムリアース!」
『レムリアース!』
「見敵?」
『必殺』
「妖魔は?」
『殲滅!!』
完全に軍隊のノリだからである。
異常だと思うだろ?
幼等部からこれなんだぜ?
あの日、3歳で覚醒した俺が、幼等部に入れられて最初に味わった地獄がこれだった。
遊びとか数学とか国語じゃなくてさ。
いきなり走るんだよ。
謎の歌を歌わされて、延々と園庭内を走り続けるんだ。
で、走り終わると、園内にある謎のアスレチックコースをひたすらクリアさせられるんだ。
まぁ、子供の内はな? 遊び感覚でやってられる訳よ。
先生も、
が、これ完全に軍隊訓練なんだよな。
厳しくは無いけど、続けていくうちにどんどん体が鍛えられていく。
で、この歌もその時から続いている謎歌の一つ。『ヴィルソン名誉軍曹を称える歌』だ。
「ヴィルソンは街の人気者~♪ 毎日筋トレ
先生の歌に続けて走る。
ちなみに、体育時のみんなの服装だが。
――ヤバイ。
スパッツ並みにぴっちりした薄手の黒ブルマー。ほとんど水着の下部のみって感じ。
で、上はというと、腹だしぴっちり白タンクトップ。
ぴっちりなんだよ。
確かにさ。正しい姿勢を教えるためには体のラインが見えやすいほうが教えやすいんだろうけどさ。
育ち始めたポッチがね……。
あと、白だから汗で透ける……。
隣で荒い息しながら走ってるララちゃんがものっそいヤバイ。
ちなみにシアは死にそうな顔してるから別の意味でヤバイ。ってか大丈夫だろうか。
「んぁ~……わらわは、走るの、嫌い……なのじゃぁ~……」
舌出して白目むきかけて息を荒くしていらっしゃる。
……まぁ、好む人から見れば更に別の意味でもヤバイのかもしれない。
「ある日妖魔が襲撃♪ 兵士全員返り討ち♪ 絶体絶命その時♪ ヴィルソン一人駆けつける♪」
「わらわが……絶対絶命なのじゃぁ……」
「あともう少しだから、がんばろ」
隣のララちゃんがシアを励ましているようだ。
「あと少しって、どれくらいなのじゃ?」
「ほら、あそこまで行けば後二週で終わるよ」
「んひぃぃ……死んでしまうのじゃぁぁ~……」
「残りの兵士が言うには♪ 勝ち目が無いぞ逃げなされ♪ されどヴィルソンこう言った♪ お前ら全員逃げろと♪」
「……たしゅけてヴィルソン~……」
泣きそうなシアがいるのだった。
ちなみに、あの変な歌の続きの歌詞なのだが。
「俺が奴らをのしたら♪ 女は全部いただくぜ♪ ヴィルソンは一晩戦って♪ 妖魔の大将討ち取る♪」
「隣のヴィルソンはスケこまし~♪ ヴィルソンは街の人気者♪ ヴィルソンは街を救った♪ 己の命と引き換えに♪」
――と、続いたりする。
四階級特進して名誉軍曹なのだそうです。
……うん。
ちょっと切ない。
「……ヴィルソンになら抱かれてもいいかもしれんのじゃ」
走り終え、死に掛けたシアが呟いた。
冷静になりたまえ。
水筒を持ってきて水を飲ませてあげた。
「う~……美味しいのじゃ」
ほっこりした。
ちなみに他にも『無敵のばあちゃんステラさん』や『ゴブリンたちは皆殺し』などがある。
それはさておき。
「お、なんやミリアはん、今日はやる気やな?」
特にやる気は無いのだが、クラスメイトのティエラが絡んできた。
本名ティエリア・ウィンドスレイヤー。
活発そうな明るい笑顔が可愛らしい、猫族の少女だ。
鍛えこまれた体は目に見えて筋肉質で、スポーティな美しさを感じさせる。
小麦色の肌に、オレンジの瞳。燃えるように赤い髪色。背は私と同じくらい。
……胸の平坦さも私と同じくらい。
運動の力量も同じくらいなので、何かといい意味で絡んで来たがる活発系ガールである。
「ほんなら、お相手させてもろうてもよろしゅうおまっか?」
独特な訛りが特徴的で、ちょっと西の方にある商人街の出身らしい。漫画でよく見る偽関西弁ってイメージかな。
ちなみに、西方ドワーフ訛りがティエラちゃんのような活発系。
東方ドワーフ訛りがシアのような古風系であるらしい。
それはともかく、ティエラはやる気満々のようで、可愛らしい猫耳をピョコピョコさせて、尻尾をピーンと立てている。
――とてもご機嫌さんのようだ。
「いいよ、やろうか」
「ほな、いくで~」
「元気じゃのぅ」
「ミリアちゃんがんばってー」
ララちゃんの応援を受けて、位置に付く。
「位置について。用意。行け!」
牛族の先生。大柄で巨乳な黒髪美人。ナフベル先生の振り下ろす手を目印に。
私達は全力で走り始めた。
高初等部。つまりは初等科の高学年。
それ専用に強化されたアスレチックコース。
全力ダッシュして数秒後、第一関門が待ち受ける。
自分と同じ大きさの障害物。
これを登攀して乗り越える。
――のが普通のクリア法。
スピードを落とさずにクリアするには別の戦法を使う必要がある。
全力で跳躍し、手と頭を障害物の頂上に当て、回転。
そのまま着地する事で次のステージへと向かう荒業だ。
ちょっと危険なんだけどね。
私レベルになると、よほど体調が悪くない限りは余裕でできるので……。
当然、ティエラちゃんも同じ戦法で横に並ぶ。
こちらを見て「やるやん」って感じでニヤっと笑う。
私もそれを見て笑い返す。
体に眠る動物の本能が目覚め始める。
――楽しくてたまらない。
今度は背丈の3倍はある高さの障害物。
これはさすがに飛んではいけない。
じっくりと登攀して登り、向こう側から降りる。
ちなみに、もし落下しても怪我をしないよう、地面付近にはエアクッションのような風の魔法がかけられている。
が、落下してはペナルティになるので、じっくりと足を踏み外さないよう降りる。
やっぱり、ほぼ同じタイミングで着地する。
「がんばれ~ミリアちゃ~ん」
「現在ミリア3にティエラ6か。若干偏っておるぞ? 我が友に賭ける者はおらんか?」
シア……賭博はダメだよ。
さて、次のコースは。
前世の記憶から換算すると、多分50mくらいはあるであろう。
超距離
両腕でぶら下がってただひたすらに進んでいく。
地味でキツイ。
が、実はここにおける、タイマンレース用のみの追加ルールがある。
この長距離
「いくで~、そりゃっ」
体を揺らして勢いをつけたキックを仕掛けてくる。
体を軽く揺らして直撃を避ける私。
そして――。
「ふにゅぁっ!?」
ティエラから悲鳴とも取れる謎の声が漏れだす。
そう、体軸をずらす事で私の体を通り過ぎた足を無視し、私は片手でその場に留まりながら――。
指をわしゃわしゃさせてティエラのふともも付近をこしょこしょ撫でる。
一瞬のカウンター技である。
「な、何すん――」
さらに!
ローザさん直伝。
にゅるん。
いつもビクんとさせられるあの場所を撫でると同時に。
「あふんっ、そこはアカンッ――」
ティエラの体が振り子の原理で元の体勢に戻るまでの一瞬の間に。
尻尾も優しく握ってフニフニする。
「んきゅぅ~~……っ!」
変な声を出してその場でフルフル震えるティエラ。
その隙にさっさと雲梯コースをクリア。
そのまま細い平均台の長距離コースをダッシュ。
掌サイズの小さな足場を飛び渡って――ゴール。
「ほぉ、なかなかに良いタイムじゃないか。休んでよし」
雲梯で付けた差をキープしてクリアするのだった。
で、真っ赤な顔で息を荒げて近づいてくるティエラちゃん。
やばい。怒らせちゃったかな?
と、思ったけど。
「あ、あれ、なんなん?」
軽く涙目で訴えてくる。
「あ、あのな。うち。あんなん初めてで……」
私の手を取ってなんか必死に。
「も、もっかい、その……」
「ふぇ?」
……。
頬を染めながらダッシュで去っていくティエラちゃん。
「ダメじゃぞ。ミリアはわらわのものじゃ」
「ダメですよ。ミリアちゃんファンクラブは2000番代まで埋まっています。そして、独占禁止法により、独り占めはマナー違反で厳しく罰せられますよっ?」
その後、ララちゃんとシアの助けで何とかなったものの。
「ミリア……あのな? 今度二人きりで寝技の特訓しよな」
「格闘訓練の……だよね?」
「せやで? けどな……なんでもありありで頼むで」
「……ふぇ?」
「あ、せやけどあんま痛いのは無しでな?」
ナニへの期待なのか、やんわりと頬を赤らめるティエラちゃん。
どうやら私は、いたいけな少女を一名ほど、何かに目覚めさせてしまったようだ。
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