「シエン、シエン」

声がきこえる。澄みきった冬の夜空のようなとても深く暗い碧色にキラキラと星がちりばめられてその表面だけが聞こえてくるみたいな声。綺麗な声だ。ずっと聴いていたくて、でも、その深くはずっと遠くに失なってしまった、そんな気がする‥。

　目を開けると声の少女がこちらを覗き込んでくる。ワタシはその優しい表情の柔らかな頬に手のひらを撫でる。少し戸惑って、でもすぐにすべてを察して、深い星の夜空の蒼い宝石のような大きな瞳で微笑みかけてくる。その瞳を見つめるとワタシは胸が苦しくなる。

　ねぇ‥レイエン‥。あなたの瞳の、声の、深遠にはきっとワタシの欠片がある。深く苦しく引き裂かれた魂にはそれ(心)が必要だから、だから‥。

「レイエン‥、貴女が欲しい‥。貴女の深きにあるものでワタシの隙間を埋めて‥。私を見つめて、ワタシを呼んで‥。貴女がくれたワタシの名前を‥」

宝石の瞳が覗き込んでくる。そして少女のからだがワタシに覆い被さり押し倒してくる。地面に倒れる間が、ワタシには永遠に感じられた。あるいは止まってしまったのか。フワッとした浮遊感のなかで貴女の魂の暖かさを感じる。耳元に温かい吐息がかかり、ワタシのからだがビクッとふるえて、あの声で呼ばれるとワタシはこの上ないシアワセを感じる。

「シエン、あぁ、可愛いシエンちゃん」

　地面に倒されるとレイエンの華奢な細いだけど肉厚で見た目より大きな感触の白い指がワタシのからだ真ん中に擦り当てられる。からだが震えて呼吸が熱く激しくなって、それを感じながらレイエンの顔を見てみる。大きな瞳の上には強い意志を感じる金色の眉、髪も金髪よりもふわふわと白くて、豊かな毛髪を頭の後ろと左右に優雅に纏めてある。頬はふっくらしてはいないけどコケてもなく耳から顎にかけて綺麗なラインになっていて、大きな口の口元を頬に寄せ目を細めながらニッコリ微笑む姿が私には堪らなく尊い。

「シエン‥」

　甘いワタシの秘密に触れようとする貴女は怖じ気づいて余裕がなく、それを無理に振り切ろうとする貴女の手つきはワタシを壊してしまいそうな危うさがある。怖いけど、壊されそうな恐怖を貴女だから許せる、そんな自分に気づいたときにワタシの欠けた心が嬉しさで満たされる。そんなときなら壊されても構わない。ワタシの心を守っている硝子の壁を破ってワタシの一番奥に触れて欲しい。ワタシのすべてに貴女が触れたとき貴女のすべてを知れる気がする。だからもっと‥もっと貴女を‥。

　そのときワタシを心底興醒めさせる音が聞こえた。何とも形容しがたいけど、この音は今ワタシがいる世界、月の裏側にあると言う夜の世界「デラヌイ」に外の世界から魂を召喚したときに世界に空いた穴が埋まってゆくときに響いてくる音だ。つまりシアワセな時間は終わりということ。心底がっかりさせられる。せっかくレイちゃんが‥、いや、もういいや‥。

　デラヌイは月の裏側にあるらしいからもちろん人の身で行けるわけもない。文明の進んだラドベルの魔術師たちでも空を飛ぶことさえできないのにお月様に行けるわけもないよね。でもラドベルの裏側(ってあの女の人が言っていた)は月の裏側と繋がっているから太陽に魂が焼かれない夜の間私たちは魂だけでデラヌイに行ける。デラヌイは空気が薄くて闇が深くてラドベル式魔術の根源である「アルスノ」もここには微弱にしか届かない。だから魂だけでデラヌイにいるのはすごく危険。魂が深みに染まったら暗闇の中で永遠に自分を責め続けることになるんだって。そんなの辛すぎるよ‥。だから、つまりデラヌイに行くには相応の準備が必要ということ。簡単にいうとアルスノを充填した魂の入れ物、人の体がそうなんだけどそれはもってこれないから換わりに限りなく人に似た「人形の体」とか。そう、だから今のワタシのからだはあの女人形師が造った人形体なの。レイエンもそう。そして他にも何体かいる。もうわかったよね、ワタシががっかりしたのは他の仲間が召喚されてきたということ(仲間‥‥‥‥‥邪魔だよね)、つまりシエンとレイエンからシソウとレイソウに戻らなきゃならないということ。ヤンなっちゃう‥‥‥動脈切って帰ろうかしら(血液流れてないけど)。

　魂が召喚され人形体に定着すると目を覚ます。今来たのはフソウだ。起き上がるなり、叫びながら駆け寄ってくる。案の定レイエンがワタシから離れていき、かわりにフソウが抱きついてくる。

「コラー！ケダモノレイソウ。美少女みんなの物だぞ！」

フソウににらまれて、苦笑いしながら一歩下がるレイソウ。ほんと、ケダモノなら良かったのに。レイエンのへたれ！