第9話 境界
時間は少し前に遡る。
-日本海、第一艦隊旗艦『
「第三艦隊が韓国の主力艦隊と戦闘状態に入ったようです。島守総司令。」
日本海軍唯一の大将格にして、世界最大規模の艦隊『日本海軍第一艦隊』を率いる総司令官。島守 健二。
その矜持がある。
だからこそ、この男だけは、目の前に迫った多国籍艦隊に対しても微塵の油断もしていなかった。
嫌な予感がする。
「よし。我々も前進する。偵察機を出せ。対潜警戒も厳とせよ。」
「了!」
「高高度無人偵察機『八咫烏』。1番、2番、3番。射出します。」
「射出用意!」
「射出‼︎」
「コネクトシークエンス。正常に完了。」
「続いて水中無人偵察機『SS2』6機、発射用意!」
「発射!」
「流石の慎重さですな大将。"準備の島守"と言われるだけはある。」
「これくらいは当たり前のことですよ。艦隊を持つということは国家の生命線を任されるということ。こと、この第一艦隊ではそれが最も重い。準備しすぎて困るということはありませんよ。斑鳩中将。」
「、、、まあ。そうですな。して、此度のこの海戦。敵はどのくらいの戦力で来ますかな。偵察衛星での情報では昨日時点で中国の北洋艦隊とモンゴル所有の全艦隊、ロシア極東艦隊が確認されたようですが。」
「偵察衛星など最近は簡単にハッキングされてしまう。信用に値するする情報にはなりませんよ。私は、中国東洋艦隊、北洋艦隊、ロシア極東艦隊、北朝鮮第一艦隊、モンゴル艦隊、韓国第二艦隊。これらが全て出てくると考えています。」
「だいぶ思い切った陣容ですな。これでは総力戦ではありませんかな。」
「その通りです。敵はここで決めきりたいはず。そのために全戦力に近い頭数を揃えてくるでしょう。」
「考えすぎではありませんかな。我らが日本海軍第一艦隊は、世界最強の艦隊です。最新鋭のステルス艦11隻を含む駆逐艦6隻、潜水艦3隻、巡洋艦9隻、汎用艦14隻、空母3隻、そしてこの旗艦『滅紫』。140の無人機に280の機甲兵、53の戦闘機と46の戦闘ヘリ、積載ミサイルは2万6000。さらに主力の機甲兵部隊を率いるのはあの生駒凍原に枕木前夜、藤堂、榊原と、異名付き《ネームド》の精鋭揃いです。」
「それは分かっています。私もこの艦隊の力を疑ったことはありません。」
"ただ。悪い予感がする"と言いかけて、すんでのところで踏みとどまった。何故そんなことを言おうとしてしまったのだろうか。
歳なのか。それとも私の経験が警鐘を鳴らしているのだろうか。
報告ログに目を通す。
8時間前にウラジオストックで撮られた衛星写真で確認されたのはモンゴル海軍、中国北洋艦隊、ロシア極東艦隊。
たしかに大仰でこれだけでも
確実に日本の海防力を潰すには、中国東洋艦隊は最低でも必要だ。
第二艦隊はオホーツク海だがまだ敵を発見できていない。第三艦隊は韓国の主力艦隊と接敵。第四、第五艦隊は共に敵を未だ発見できず。遊撃艦隊からは連絡なし。
ん?東洋艦隊はともかく、南洋艦隊は何処だ?南シナ海に居ないのか??
「第五艦隊と第四艦隊の現在位置は何処だ。」
「今算出します、、判明。第四艦隊は緯度26.627経度122.531。第五艦隊は緯度17.559経度113.137です。」
指し示された座標はそれぞれ、与那国島沖合、中国海南島沖の中国排他的経済水域内を指していた。
どちらも大陸に近い上に、中国海軍がすぐに飛び出してきてもおかしくない場所だ。
高高度偵察機の偵察範囲は最大限妨害されても半径50キロは見渡せる。
島守はその海戦に最適化された頭脳で考える。
そして弾き出される最悪の可能性。
「日本海に、中国の全艦隊が揃っていないか?」
空気が凍る。総司令の放った言葉はブリッヂ中に響いていた。
「島守大将。いくらなんでもそれは愚策でしょう。南シナ海、東シナ海を放棄するのはあり得ませんて。」
斑鳩中将の言葉でその場の雰囲気が緩んだ。
その瞬間だった。
『こちら先行偵察機隊。敵の艦隊をレーダーに捕らえました。敵艦隊、、な⁉︎レーダーにかかっただけでも、、その数、125、、』
「おい!嘘をつけ嘘を!!艦艇の数なのか?!それが!」
斑鳩中将が怒鳴る。
『いえ!間違いなく125です!敵の艦艇数125。』
すう。息を吸う。
「やはりこうなったか。」
「島守大将。これはどうしましょう。」
「私に任せておけ。」
この情報はすでに他の艦艇にも伝わっている筈だ。兵士達の意思をここで挫いてはならん。この艦隊において最年長者であり最高権力者である私が、導かねば。
「第一艦隊に属する全、兵士に告ぐ。我々がこれから対峙するのは世界最大の多国籍艦隊である。"連盟"は我々を駆逐するためだけに総艦艇数の半分に近い艦艇を持ち込んできよった。単純計算で我が艦隊の4倍の戦力だ。敵は余程、我が艦隊を恐れていると見える。かような腰抜けに!我が艦隊は打ち砕かれることなど無い!我々は不動にして不沈にして無双の日本海軍第一艦隊である!ここには36隻の艦艇に53機の戦闘機、46機の戦闘ヘリ、280機の機甲兵、140機の無人機、2万6000発のミサイル!そして1908人のクルーと320人の整備兵、430人のパイロットが居る!これらは世界無類の最高戦力であり日本軍の象徴である!八百万の神々と数多先人が護ってきたこの海を今度は我らが守る時だ!太りに太った腰抜け共をこの一戦にて粉砕する!叩け!穿て!駆逐せよ!そうしてこの海に旭日の旗を掲げよ‼︎」
「「おおおおおおおおお!!!!」」
艦内が、艦隊が、海が雄叫びで埋め尽くされる。
今この時全員が前を向いていた。
後ろを見る者は誰一人としていない。
例え己が朽ち果てることになろうとも第一艦隊は負けない。頭脳から末端に至るまでの全てが、今やそれを確信していた。
「総員!第二種戦闘配置!盾巡洋艦は前へ!高速艦、駆逐艦は二段目、三段目に各種巡洋艦を配置し、汎用艦は四段目で空母を囲むように配置につけ!空母は無人機を全機射出。先制攻撃命令を出せ!第一航空隊、第二航空隊は5分後に発艦。第三航空隊以下は12分後に全機発艦せよ!第一空戦隊、第二空戦隊は接敵後に発艦する。準備をしておけ!第一甲兵団から第三甲兵団は合図と同時に出撃できるよう準備をしておけ!以上!」
いつも通りだが、いつも通りでいい。
作戦は練らない。我が軍のマニュアル通りに、迎撃する。
「敵艦隊とあとどれくらいでぶつかる?」
「この速度ですと。15分余です!」
「よし。SIAミサイルを使え。着弾時間は20分後だ。」
「了解!SIAミサイル射出準備。」
「いよいよ試作品の出番ですか。大将。」
「ええ、向こうは総力戦なんです。こちらも使える物は使っていかねば礼節を欠くような物でしょう。そして作戦中は総司令官と呼んでください。副司令官。」
「ふふ。承知。」
「さて副司令官。あなたには保険の用意を頼みたい。」
「ふむ。オホーツクの青旗を下ろしてこいと。しかし、空白になりますよ?」
「稚内の守備隊は優秀ですし、日本海に八一軍旗が掛かるよりかはましでしょう。構いません。」
「了解。それでは仕事を済ませてきます。」
オホーツク海の青旗。つまりオホーツク海の守備にあたる第二艦隊に持ち場を放棄しこちらに合流せよと、そういうことだった。
「SIAミサイル発射まで。5.4.」
「3.」
「2.」
「1.」
「発射!!」
ドォン。という音と共に白煙を上げながら10本の大型ミサイルが、『滅紫』の背から飛び立った。
正に。「舞台は整った。」
島守健二は呟いた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ー中国海軍、北洋艦隊旗艦『
本当に、勝てるのかな。これはー。
南洋艦隊、東洋艦隊、ロシア極東艦隊の総司令官がそれぞれ仏頂面で黙るのを見て、北洋艦隊総司令官であるスン・ジュンジェは頭を抱える。
こんなことなら副司令官のリュウに来て貰えば良かった。
先ほどから会議が微塵も進んでいない。敵は目の前だというのに。
そもそも、ロシアと中国はなし崩し的に協力関係にあるだけで、別に仲良くない。その上、中国の北洋艦隊、東洋艦隊、南洋艦隊もそれぞれ仲が大分悪い。
協調性なんてあるわけがない。
今はどの艦隊が主導権を取るかで揉めているところだ。
「我々、ロシア極東艦隊がこの作戦を収めるに相応しい。」
極東艦隊司令官ノヴィコフが口を開く。
「我が艦隊は2056年に新編成を行ってから人員の変更もほとんど無く、この辺りの地理に慣れている。さらに、、」
「なんだってー?露介の中国語はわからんのお!」これは南洋艦隊の総司令官。
「ロシアは北海でにらめっこをしていただけでしょう。地理に詳しいなどと戯言を。」こっちは東洋艦隊の総司令官。
と、ずっとこういう雰囲気だ。
「貴殿らの態度はしかと理解した。もう良い。我々は勝手に行動させていただく。」
あーあ。まずいなぁ。これ。
「邪魔者は居なくなりましたな。さすればこの作戦。我が東洋艦隊が軸となるべきでありましょう。何せこの私は北京軍事研究所を首席で出ている上に、現共産党大幹部、ワン氏の実の甥で、」
始まった…。
「おい学歴バカ。そして血筋バカ。テメェは最近しくじったばっかりだろう?お前にこの大事な戦いを任せられるかよ!」
「私が何をどうしくじったと???」
「はぁ?その首席とやらの脳みそは海馬を捨ててきちまったのか?お前、釣魚島取られてんじゃん。」
「な!な、それは海兵隊が無能で!」
「テメェみたいに人のせいにする人間は指揮なんか取れませーん!」
「なんだと?!いや、なんですと?!もう我々はあなた方と作戦行動は取れない。金輪際だ!単独行動させていただく!」
、、、私何もやってないのになぁ。
「さあ、あんなのは放っておいて北洋艦隊司令官。我々南洋艦隊が、軸に相応しいですよなぁ!」
「そうですね、、。」
そんなわけねぇだろ。地理の話どこいった。と、性格上、言えるわけがないのが辛いところである。もし私がもう少し若ければここまで卑屈にならなかったかもしれない。
中国共産党の政治はある意味で限界を迎えていると思う。勿論、中国をここまで発展させたのは共産党の力だが、今の共産党はかつての革新勢力ではなく、完全なる保守だ。
30年代までの主義主張に固執している。
当然腐敗はするわけで、能力ではなく家柄が何故か重視されつつあるのもその片鱗。
そしてそれは軍隊も同様。
父親が解放陸軍の大校であった私は、ずっと昔から解放軍を見てきている。(私が今この立場にいるのは父親のコネのせい)
かつては皆若く、士気もあり、闘志があったが、今はそんなものはない。
長引く戦争のせいなのか、なんなのか。
その点リュウ・チャンヨウは良い掘り出し物だった。若くて少し口うるさいが優秀だ。それにあらゆる兵科に精通している。少し口うるさいが、、。
「総司令。」
「なんだね、リュウ大校。」
「私は怒っていますよ。」
「そうだろうな。だがそれ以上聞きたくない。」
「私は」
「聞きたくない。」
「私は言ったはずです。北洋艦隊が軸として主導をしなければならない。他の艦隊に任せてはならないと。そのための理由も、お話ししたはずだ。」
「私の立場を考えてくれ。あの面子に強く言い出せる訳がないだろう。私はお飾りだ!それに南洋艦隊の指揮官は大ベテランだ。」
「あなたも南洋艦隊の総司令官も使えない人だ。旧時代の思想に取り憑かれている。」
「そうかもしれないな。」
「かもしれないではなく間違いないです。」
「しかしそれがこの国と軍隊の現実だ。」
「、、、私がこの艦隊の指揮をとります。良いですね?」
「勿論だ。」
「では、、北洋艦隊総員。私は副司令官リュウ・チャンヨウ。これより本艦隊は戦闘態勢に入る。艦隊フォーメーションは
連盟軍多国籍艦隊125隻に相対する日本国海軍第一艦隊36隻。
勝利を手にするのは最大の艦隊か、最強の艦隊か。二つに一つだ。
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