第7話 体感
今思い返してみると、戦場というものを、少々軽く考えすぎて居たのかもしれない。いや、居たのだ。
劇場の幕開けは、苛烈だった。
「香山!ミサイルだ!抜けてくるぞ!」
「少尉!!こっちに寄るな!ぶつかるだろう!」
「操縦が効かない!!破片が刺さって!」
「隊長ダメだ!離脱する!」
「魚雷?!3番艦に直撃するぞ!」
「一旦引いて立て直せ!」
「内川ぁぁあ!!」
爆炎、爆風。目眩しに放った煙幕、閃光弾で戦場の全容は分からず、レーダーも効かない。先行した第二甲兵部隊からは壮絶な戦闘を思わせる音声だけが響いてくる。
もはや戦略が瓦解しているのは明らかだった。
直方隊長が叫ぶ。
「先行隊はどうなっている!」
「隊長こいつぁ、まずいですよ。作戦変更しますか?」
「いや、陣形はこのままでいく。ただし中尉、冴島中尉は私についてこい。」
「は、はぁ?」
「勝手はなしだ。」
「でも、」
「命令だ!!」
「はい、、」
「それと九条君。日下部副長から、絶対に離れるなよ。」
わかりました。そう言うと、隊長達の鋼色の背中はあっという間に遠ざかっていった。
副長はロングレンジライフルを構えて呟く。
「参ったな。これでは狙える物も狙えんな。おい小僧、周囲の警戒はお前の仕事だ。」
「了解しました!」
と、言ったけど、、。
煙とマズルフラッシュが入り乱れるこの場所で、一体どこを見ればいいのやら。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
乱戦の中、一直線に先行する5機の機甲兵。
直方少佐率いる第一甲兵隊だ。
向かう先は韓国連合艦隊旗艦。
「前方200m敵機8!いや、10です!」
「やはり待ち構えてたか。機種は?」
「恐らくデルフィンです。」
D-F-22、通称デルフィン。ロシア製の量産型海上機甲兵。構造の簡易性、それによる高い量産性により中立国にも愛用される非常にメジャーな機甲兵である。
「各機散開!私は中央の3体をやる。残りは任せた。」
「「了!」」
先行は直方機。
加速。
100m以上の距離を、鼻先が掠める位置まで詰める。
そして機甲兵用大型サブマシンガンをオートからマニュアルに変更すると、上昇レバーを思いっきり押し込んだ。
フワリと浮く直方機。
たちまち敵機の直上に踊り出る。
刹那。
敵機は鉛の雨を喰らう。
爆散。
すかさず横からめちゃくちゃに攻撃を加える敵機。直方は目の端でそれを確認すると、全ての操桿から手を離す。途端。
虚脱。自由落下する直方機。そうして戸惑う敵機の一瞬の隙を見逃さなかった。
瞬間。再起動した直方機のヒートナイフはすでに敵のコックピットを貫いていた。
この無慈悲な天使は逃げる3機目が逃げることを許さない。
マシンガンでバックパックからコックピットを正確に撃ち抜き、破壊した。
この間僅か10秒余り。
彼もまた天才の1人であり、僅か2年と半年でその階級に上り詰めた"異名付き《ネームド》"であった。
クレバーな戦闘センスで大空を無尽に舞うその姿、彼につけられた異名は【
「隊長、、敵が逃げていきます。追いますか?」
自分たちが相対している敵が何者かが分かったのか、それとも分からない故の恐怖からなのか、敵の防衛部隊が退却し始めた。
「進む、が、敵機は放っておこう。後は我が隊の優秀な"職人"が片付けてくれるだろう。」
直方達の中央突破部隊の遥か後方。
距離にして12km。
そこに居たのは他ならぬ副長日下部と九条だった。
「大分晴れてきましたね。」
「あぁ。仕事の時間だ。」
「仕事?」
日下部はロングレンジのスナイパーライフルを構えた。
「見える。」
「え?」
自分には見えない。そう言おうとした瞬間。
大砲のような音と、凄まじいマズルフラッシュと共に虚空を、いや、機体を撃ち抜いた。
九条には何も見えなかったが、その証左か、遥か彼方でほのかな光を確認した。
「信じられない。」
思わず言葉に出るほどに、それは普通ならありえないことだった。
その後も2発3発4発と、迷いも隙も無く、間髪入れずに撃ち続けるその姿は恐ろしいモノがあった。
日下部弘大。齢38歳のベテランパイロット。
戦争開始時から軍人であるこの古参兵士もまた、海を越えて恐れられる"異名付き《ネームド》"であった。機甲兵による正確無比なスナイパー技術で抵抗など許されずに破壊する。与えられた異名は、【
「おい九条。呆けてる暇があったら索敵しとけ。」
「あ、し、承知しました!!」
そりゃ見惚れもするだろうさ。と九条は畏怖と尊敬の念を持って日下部機を見ていた。
日下部の撃墜数が10を数えた頃。
最前線では異変が起こっていた。
「マジで全隊引き上げやがった、、」
「歓迎でもしてくれんのかねぇ」
韓国軍機はまるで撤退準備かのように一斉に引き上げている。
怪しい。
「直方隊長。これは罠かもしれないですよ。」
「そうだな。一旦様子を見、、」
ようとした瞬間だった。
けたたましくアラートがコックピットに響き渡る。
花山が叫ぶ。
「12時方向!未確認の熱源体、急速接近してきます!いや!機甲兵です!」
「デルフィンか!?」
「機体色が違いますが、デルフィンで間違いないかと。」
「単騎でか?」
「それか試作機か、、」
「議論している暇は無い。油断はするなよ!」
視線の先には猛スピードで加速する。真っ白なデルフィン。明らかに量産機とは様子が違う。
「距離を取れ!散開してアウトレンジ攻撃!」
直方の声と共に一斉に分散する5機。
「誘導ミサイル発射!弾幕張るぞ!」
発射される5本の誘導ミサイルに大型のサブマシンガンから発射される35mmの弾幕がたちまち敵の視界を覆う。
直後。その敵は有り得ない回避行動を取る。
真っ直ぐ突っ込んできたのだ。
「?!」
「スピードがさらに上がってます!」
「推定マッハ4以上!」
弾幕を、そして誘導ミサイルを擦り抜け、さらに置いていく程の速度。
「花山ァ‼︎」
眼前。
気付くと敵機は花山機の目の前にいた。間隔は2m。
「な?!距離を、、」
そう言いつつヒートナイフを抜いて近接戦闘に入ろうとする。が、直後敵機は急上昇。
「花山‼︎前‼︎」
さらに、引き連れてきた誘導ミサイルが花山に襲いかかる。
「うわぁっ!!」
レーザーシートを展開し防御するものの、爆破は咄嗟に掲げた右腕部側面を破壊していた。
「畜生!」
「私が行きます!」
声を上げたのは冴島。待て、という直方の指示を全く無視し、専用の鎌状装備ヒートサイズを掲げて突撃していく。
「全くあいつは、、!冴島!敵は遠距離兵器を持っていない!明らかに近接狙いだ!味方が戦っていたら援護にいけない!敵の思う壺だぞ!」
「はあぁ!」
全く指示を意に介していない。
ヒートサイズを振り上げ下ろす。敵もそれを避けつつヒートナイフ腰から出す。冴島機は立体に動き、上から下から側面から斬撃を繰り出すが、敵はひたすらいなすだけでほぼ動いていない。
弾ける金属音。それが数分繰り返された時だった。冴島機の隙、少し斬撃が緩んだ瞬間だった。敵の純白の機体が一瞬。すうっと、数mだけ後ろに下がった。冴島の大振りの攻撃が空を切る。空振りだ。
「まずいっ!冴島!」
一閃。
大きく攻撃を外し、バランスを崩した冴島機の腹部をヒートナイフが一文字に裂いた。
「うっがあああ!!」
火花を上げながら落下していく冴島機。
「冴島!まずいな。鞍馬は冴島機を回収。花山と園田は下がって増援に気をつけろ。」
「了解!!」「了解。」
「隊長あいつは、、」
上空でこちらを見下げる敵機。まるでこちらの攻撃を待っているかのようだった。
「俺が、やる。」
そう言うとヒートサーベルを肩部から取り出し、構えた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
-40分前、韓国連合艦隊、旗艦空母内-
「彼がヒョン・サガンか、、。」
女性のように白く、痩せている少年が、そこには立っていた。
少年は部屋の隅を見つめてじっと動かない。
そのあまりに兵士らしくない容姿と振る舞いに、司令官であるカン・ドウォン少将は深く溜息を吐き、モニターに映るアン・ソユン大統領秘書官を見る。
「おい、アン秘書官。説明書が付いてねぇぞ。これいったいどう運用すんだ。」
『如何様に使っていただいても構いませんが、できれば派手なデビューが良いですねぇ。』
「強化人間たぁ上も思い切ったなぁ。」
『我が国は人的資源が圧倒的に足りません。これを補う為には、個々人の能力の底上げを図るしか無い。おかしな結論ではないでしょう。』
「31人に犠牲にしてやっと1人できるくらいじゃ、コスパが良いとは言えんけどな。まあいい。で、こいつは他と何が違うんだ?」『常人を遥かに超える反射神経、動体視力。さらに筋力の増強、聴覚視力の向上。精神と感情の抑止。極め付けは人智を超えた勘です。』
「筋肉があるようには見えんが」
『筋繊維を限界まで収縮させているのです。お陰で文字通り鋼のような肉体ですよ。』
「聴覚視力の向上。こんなの情報が頭ん中で氾濫してぶっ壊れちまうんじゃねえのか?」
『心配には及びません。そのための精神安定と感情抑止ですし、この素体は唯一情報処理実験で脳みそが焼き切れなかった素体ですので。』
「とんでもねえな。しかもなんだこれ。勘って。」
『勘です。第六感とでもいいましょうか。未来予知のような事も出来るのです。』
「馬鹿な。あまりからかうなよ。」
『たしかに科学的な根拠は出ていませんが、狙撃訓練中、敵が出る前に位置を予知して銃口を向けていたり、耐衝撃訓練では落下物の着地地点を予知し全て事前動作で避け切りました。他の素体との戦闘実験でも1発も被弾していません。』
「わかったわかった。もういい。だったら最高に派手で目立つ舞台を用意してやる。」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「驚いたな、、あの銀鴉と互角とは。」
カン少将は感嘆の息を漏らす。
「これはやれるかもしれんぞ!おい!急いで増援を出せ!敵艦隊への道を切り開け!」
指示と共にたちまち30機が出撃する。
「ヒョン・サガン!聴こえるか!」
『何、、今、忙しい。』
「そいつはもう放っておいていい。それより敵の艦隊を狙え!」
『、、嫌だ。』
「なんだと?!これは命令だ!」
『嫌ったら嫌、、』
「おいどうなってやがる!」
そう言ってヒョンを連れてきた研究員を睨め付けた。
「31号。」
研究員が口を開く。
「司令官の命令を受け入れなさい。"博士"もそれを望んでおられる」
『本当?』
「本当です。」
『、、わかった。』
ヒョン・サガンの機体は白い翼を広げ、飛び立っていった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「日下部副長!敵の色違いがこっちに向かってきます!」
「分かってる!下がってろ小僧!」
「あれって直方隊長が戦ってた機体では?」
「そうだな。」
(直方が討ち漏らした相手、、かなりの手練だぞ。少なくともネームド以上であることは間違いないな。)
日下部は平静を保つと、持っていたスナイパーライフルを落とした。
敵機は真っ直ぐ旗艦を目指している。
瞬間。
頭上を過ぎようとした敵機の足を、掴んだ。
「行かせねえよ。」
掴んだ足を前に引っ張ると同時に、ヒートナイフを引き出す。
さらに右腕で敵の襟元を掴み、引き寄せメインカメラを貫く、を、敵はすんでのところで避けると、掴まれている部分の装甲を吹き飛ばし、すぐさま距離を取る。
しかし敵に息を吐く暇など与えない。
日下部は距離を詰めると、さらにナイフを前に突き出す。を、敵は海老反りになって避ける。そして顔を上げ、次の攻撃体制に。
『カンッッ』
「かかったな。」
日下部は顔を上げてくる場所に向けて、予備のヒートナイフを射出していた。
ブーメランのように打ち出された得物は今、敵機の顔面に突き刺さっている。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「あ。」
『どうしたヒョン・サガン』
「前が見えない。」
『何?!メインカメラをやられたか!』
「ナイフを避けきれなかった。」
『サブカメラに切り替えて一旦離脱しろ!』
「してるけど、、無理。サブカメラもやられてるし、、逃してくれる気は無いみたい。」
『なんだと』
『カン艦長!試験体が戦っている敵ですが、どうやら先程我が軍の増援を撤退に追い込んだスナイパーかと思われます。』
『あの化け物狙撃手、近接もいけるクチだったのか、、ん?狙撃手?』
「司令官。機体の損壊率が10パー超えそう」
『まさか、、』
「音だけじゃきつい。有視界戦闘に切り替えるね。」
『カン艦長!識別でました!連盟軍データベースSS級ネームド。【
「腹立つなぁ。もう好きにさせない。」
『ヒョン!』
「今忙しい。」
『今すぐ逃げろ!』
「無理。」
『敵は化け物の中の化け物だ!お前じゃ勝てない!』
「大丈夫。」
『どこにそんな自信が』
「もう見切った。CodeFragment」
瞬間だった。
ヒョンの機体の左腕は、前方に向かって破裂した。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「何?」
一瞬何が起こったか不明だったが、結果はモニターの損壊率15%の数字が物語っていた。
「まずいな。」
どうやら片腕を自壊させて攻撃手段としたらしい。ナイフを持つ方の駆動部が完全に沈黙してる。メインカメラも半分お釈迦。こいつは、、、っ!
ガツンッ
「ぐ、、」
コックピットに振り下ろされんとする敵のナイフをなんとか左手で押さえる。
さてどうしたものか、、。
これは万事休すかもしれんぞ。
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