最後のクリスマスケーキ

GON

第1話

由海子は甘い香りに包まれ、真っ白な明るい光の中にいた。

由海子は眼を閉じたまま心地よいまどろみの中にいた。

由海子は生まれたままの姿で奇麗に装飾され、飾られていたのだった・・・。

大勢の人の眼にさらされながら・・・


街にはクリスマスイルミネーションが溢れていた。

その特製クリスマスケーキはある大きな洋菓子店のショーウィンドゥに飾ってあった。

等身大の女性を象ったケーキだった。ケーキのPOPには最新の産業用機械で

生身の女性をスキャンして精密につくられたケーキで出来たフィギュアである旨の説明があった。

その説明を読まないと本物としか思えないほどの見事な出来映えだった

そのフィギュアケーキは45度位に傾斜した台座の上に寝かされていた。ケーキというよりは、まさにフィギュアに近いだろう。

クリスマスケーキにありがちなお決まりの装飾ではなく、ただ普通に女性がメイクをしたようなしあがりで、クリームでギリシャ彫刻が着ているような薄い着衣が形づくられているのである。その着衣と髪が風に吹かれているかのようにディスプレイされている。殆ど全裸に近いが、彫刻のように美しかった。胸に飾っている薔薇の花も食べられる造花らしい。宝石に見立てた苺がなかったら、誰もケーキだとは思わないだろう。


由海子はそのケーキのモデルのバイトを引き受けていた。全裸で機械にスキャンされているのは恥ずかしかったが、完成品をみるとそんな気持ちはどこかに吹き飛んでしまった。

「綺麗、これが本当に私?!」

茶髪でママさんバレーに汗を流している普段の由海子とはまるで別人のようだった。事実、バレーの試合に行く途中、一度そのショーウィンドウの前を通ったが、仲間は誰もモデルが隣にいる由海子だとは気がつかなかった。ただチームの初老の監督がショーウィンドウをいつまでも眺めていたのが気になった。


「なんか由海公に似てるな」とつぶやいて 振り返った瞬間、監督と由海子の眼が合った。


(ばれたかもしれない)由海子はそう思うと身体が熱くなるのを感じた。

ママさんバレーの仲間たちとあるイベントに参加することになったとき、珍しく監督も一緒に行くことになったのはモデルが由海子だと判ったからかもしれない。

そのイベントとは、由海子のフィギュアケーキを制作した洋菓子店が企画したケーキの試食イベントのことである。

アトラクションで このフィギュアケーキをその場で解体して参加者に配布するのである。

すこしでも大勢の人に配布するため、わざわざケーキを冷凍鮪のように凍らせて輪切りにして配布するのである。

たとえケーキであっても自分と同じ形のモノが監督に食べられると思うと由海子は興奮した。


丁度そんなときだった、その洋菓子店から緊急の連絡が入ったのは。

イベント試食用で保管してあったもう一体のフィギュアケーキが事故で転倒してしまったのである。

今からもう一体制作するのは時間的に無理なのことは明らかだった。

そこで、今 展示してあるケーキを急遽試食にまわし、新たに当日の展示用ケーキを制作することになったのである。


洋菓子店からの依頼は、由海子に展示用ケーキの下地になって欲しいというのである。

今は医療用に人間を一時的に冬眠状態に出来る薬があるので何も心配いらないということだった。

その時、由海子の脳裏に監督の顔が浮かんだ


由海子は展示用ケーキになることを承諾した。丁度 夫は長期出張中で子供も冬休みで実家に遊びに行っている。

由海子にはある決意があった。

当日は前の日から断食して、身体を時間を掛けてよく洗った。


厨房に入ると早速、冬眠薬の注射を受けた。薬が効いてくる迄の間、由海子はもう一人の自分を見ていた。

それは昼間まで展示されていたフィギュアケーキだった。このケーキの装飾を見ながら、パティシエが由海子をそっくりに飾りつけるのである。

パティシエが所用で厨房から出た隙に由海子はケーキの載ったワゴンの名札を自分のと差し替えてみた


ちょっとした悪戯心だった。

(まさか気がつかない訳 ないよね)そう由海子が思った瞬間だった。不意に強い眠気が由海子を襲った。

(やだ 私 もう冬眠しちゃうんだ・・・名札を戻さなきゃ・・・)

薄れゆく意識の中で由海子は必死に身体を動かそうとした。しかし身体は痺れたように動かない。

全裸のはずなのに身体がポカポカと暖かいような気がする。

(凍死するときってこんなかな?・・・まだ眠っちゃだめ・・・名札を戻さなきゃ・・・本当に食べられちゃう・・・)

また監督の顔が脳裏に浮かんだ。由海子の眼から一筋の涙が零れた。



パティシエが厨房に戻ったときには 由海子は完全に眠ってしまっていた。

冬眠中の動物によっては体温が10度位まで下がるという。パティシエは由海子の体温が充分に下がるまで 下拵えを由海子に施した。

パティシエは女性で元美容

師だった。だからこそ、由海子が安心して身体を任せたのである。彼女は由海子の全身にメイクを施すように入念に下拵えした。

陰毛はもとより、体毛は綺麗に剃られ肌にクリームを塗り込んでいったのである。甘い香りが厨房にたちこめた。


下拵えの終った由海子はまるで真っ白な彫像のようになった。由海子は元々目鼻立ちが整っていた。

しかも、バレーボールをやっているので体形も均整がとれている。だからメイクを施して加工するには、うってつけの素材といえた。

真っ白な肌の由海子はまさに生きているような彫像になった。

美術館に展示しても、違和感はないだろう。



やっていることは化粧だが厨房の中はケーキのクリームの甘い匂いで充満していた。上塗りを施された由海子はクリームでギリシャ彫刻の女神のような薄布を纏わされた。

次第にケーキになっていく由海子・・・お菓子の薔薇の花や苺で飾りつけられ、展示品と瓜二つのケーキに仕上がっていくのであった。


パティシエの必死の作業が終ったのはもう午前0時を廻った頃だった。


全身全霊の力を注いだパティシエは疲労のあまりそのままスタッフに後を任せて帰宅してしまった。


依頼されたスタッフは名札が入れ替わっていることに全く気がつかないまま、由海子と試食用フィギュアを別々の保管場所にワゴンに載せたまま移動した。

展示用ケーキ(由海子)はクリームが融けないようにウォークインタイプの冷蔵庫でチルド保存された。

展示されていたフィギュアケーキはお土産用試食に加工するために氷点下40度以下の冷凍庫に入れて凍らせる・・・はずだった。

しかしスタッフはワゴンの名札しか見ていなかった。

名札なしではケーキと由海子の区別が出来ないほど、由海子ケーキの出来は良すぎたのである。


由海子は誰にも気がつかれないまま、食肉を保存する冷凍庫の中に運びこまれた。


由海子は全裸でマイナス40度の冷凍庫の中で、一晩過すことになってしまったのであった。



翌日の夕方、由海子のバレーボールの仲間たちは監督と共に あのケーキイベントの会場に来ていた。

「由海公はどうしたんだ?」と監督がチームメイトに尋ねた。

「由海ちゃん、昨日から携帯かけても繋がらないんですよね」

「無断で休むような子じゃないんだけど、なんどうしちゃったんだろうねぇ?」

皆は口々に不思議がった。

「でもこんなに美味しいケーキを食べ損なうなんて、きっと由海ちゃん 後で悔しがる

よ」

皆は笑いながら展示品のフィギュアケーキを見た。


監督はなんだかこの会場に由海子がいるような気がしてならなかった。

あのショーウィンドウでみたフィギュアケーキのモデルは由海子ではなかったかと思っていた。

誰にも言っていないが、あの時の由海子の表情から判断するとそうとしか思えない。バレーボールを

教えているうちに監督は由海子の性格をよく把握するようになっていたからである。教え子の中でも特に目を掛けている可愛い存在でもあった。部下の妻に妙な感情を抱いてはいけないと思って自分を抑えてはいるものの、指導を通して由海子の身体を至近距離から見慣れている。顔も勿論だが、由海子の腕の太さからふくらはぎや太ももの曲線までも熟知しているつもりだった。

監督は至近距離で展示用ケーキを眺めながら、このモデルはやっぱり由海子だと確信していた。


イベント会場の中央に人が集まり始めた。いよいよフィギュアケーキの解体が始まるのである。

白い冷気が立ち上る中、冷凍マグロのようになったケーキを脚先からCTスキャンの輪切り画像のように

輪切りにするのである。


巨大な鋸が由海子ケーキの足先にあてられた。

鈍い音を立てながら、鋸は由海子の足先を切断した。

すね、ひざ、太ももと5cm位ずつ輪切りにされた由海子は、手際よく保冷材の入った箱に詰められ、引換券を持った参加者に渡されていく。

監督はチームの教え子から強引に引換券をもぎ取ると、列に並んだ。

監督の順番に廻ってきた頃はもう胸のあたりまで輪切りにされていた。


「いいところが当たりましたね」

イベントの係員から乳房の付近の輪切りを渡された監督はそれを見て驚愕した。

それはケーキであって、ケーキではなかった。


イベントは即刻中止され、輪切りになった由海子の身体の回収作業が始まった。しかし、由海子の半分以上のパーツは戻ってはこなかったのであった。

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