第341話 レイの婚約……?


 俺の耳にステラの噂が入ってきた。


 曰く一年生に最強の戦士が現れたと。実際に目撃したのはステラと同じクラスの生徒たちだが、噂はさらに誇張されてしまいステラは素手で全てを粉砕する化物と言われていた。


 いや、厳密には間違っていない。だがステラが不満を漏らすのも無理はなかった。どんな業績を残そうともステラは世界で一番可愛いのは変わりようがないからな。


「お兄ちゃああああああああん!!」


 早朝。いつものように一緒にランニングをしようとしているとステラが思い切り泣き叫んでいた。


「おっと。どうかしたのか?」

「ぐすっ……みんな私が化物だって言うんだよー!」

「大丈夫だ。ステラは世界で一番可愛いよ」

「本当?」

「あぁ。でも、一応そう言った人間の名前は覚えているのか? 少し話し合いがしたいと思ってな」

「ダメだよ! お兄ちゃんってば酷い事するつもりでしょ!?」

「い、いや……そんなことは……」


 視線を逸らす。実際にはステラがどれだけ愛らしいのかということを半日ほど語ろうと思っていただけだ。去年の俺の時は別に気にしていなかったので、俺は放置していたがステラがどうしても鬼になるというのなら、何か対策をしようと思っていたが……止められてしまった。


「いいもん。お兄ちゃんが分かってくれれば、大丈夫だもん」


 と言いながら、俺の胸に顔を埋めている。全く、甘えんぼうなところは昔から全く変わらないなと感慨深く思う。そして俺たちは、今日も二人でランニングを始めるのだった。


「ねぇレイ」

「どうしたアメリア」


 教室にいつもより早く到着するとアメリアがすでに席についていた。彼女は紅蓮の髪をさらっと後ろに流しながら、俺に尋ねてきた。


「ステラちゃんのことだけど……」

「あぁ。そのことか。大丈夫だ。さっきちょうど、ステラ本人から話を聞いておいた」

「あ……そうなんだ。まぁ、いじめとかはないと思うけどちょっと大変なことになったかもね」

「どういうことだ?」


 詳細な話をアメリアから聞くことにした。俺はステラからはどうやって戦ったのかなどの戦闘記録しか聞いていないからだ。


「その……相手がネイト=ホスキンズだったのよ」

「ホスキンズか。首席である彼だが、ステラに敵わないのは仕方ないだろう。ステラの内部インサイドコードはすでに世界レベルだ。たとえどれほど魔術が優れていようとも、ステラの拳の前では全てが無意味だ。対抗するならば聖級魔術、または固有魔術オリジンレベルは欲しいところだ。ステラレベルの物理特化型の魔術師には真正面から戦わないほうがいいだろう。幸いなことに、ステラはまだ戦闘においての戦術の理解は浅い。ま、そのうち俺が鍛えるが……」


 雄弁にステラのことを語っていると、気がつけばアメリアが半眼でじっと俺のことを見ていた。彼女の視線に抗議が混ざっていることにはすぐに気がついた。


「レイ……話過ぎ。それとステラちゃんのこと好き過ぎ……」

「おっと。すまない。それで、相手がホスキンズだったんだな? もしかして貴族的な意味でまずいのか?」

「そう。彼は今一番勢いのある、ホスキンズ家の長男。それが決闘で敗れるなどあってはいけない。実は貴族の間でも話題になってるの。ステラちゃんは何者かって」

「別に調べても普通の家系しか出てこないがな。まぁ……師匠の姪とバレたら面倒だが、そこはカーラさんたちが情報統制してくれているだろう」

「実はレイの話も出てるのよ」

「そうなのか?」


 まさかステラ繋がりで俺の話も出ているとは。でもしかし、俺とステラは兄妹だ。そこから紐付けて調べるのは道理ということか。


「えぇ。去年のレイの活躍をみて疑問に思った人も少しはいるから。それで実はホワイト家はかなり有力な貴族の末裔とか〜、色々と新しい話が出てきて……」

「貴族の末裔?」

「昔から貴族が不祥事とかの理由で追放されることがあったの。その流れでホワイト家には貴族の血が流れているから、あの強さも同然なのかもって……」

「ほぉ……なかなか面白い考察だな」


 顎に手を当てて思案する。


 そもそも、俺の存在は魔法使い末裔であり魔術師とは関連性はない。それこそ、貴族などとは縁の遠い存在だ。おおもとのホワイト家もまた別に特別なものはないだろう。強いていえば、突然変異的に生まれた師匠の才能がステラにも流れているのは間違い無いだろうが……。


「そ、それでその……」


 アメリアは顔を赤く染めながらくるくると指先に自分の髪の毛を巻きつけている。チラッと俺の顔を見てくる。挙動不審な様子に対して、俺はどうしたのだろうと疑問に思う。


「どうした?」

「えっと……その。別に、これは他意はないのよ!」

「ふむ」

「そ……その。優秀な魔術師ならば、貴族にしてはいいじゃない? って話があって。言い方は悪くなるけど、貴族に取り込みたいって層も出てきているのよ」

「……血統主義的な考え方だな。しかし、理解できないわけではない」

「そ、それで。貴族の娘の誰かと婚約させれば〜なんて話も。あはは……。まぁ三大貴族は難しいかもだけど、レイの本当の姿が分かればもしかして……? な、なんてねー!」


 アメリアが言いたいのは俺が貴族の誰かと婚約すれば、自動的に俺の存在が貴族になるということだろう。流石に三大貴族レベルは厳しいが、冰剣の魔術師と公表すればそれも不可能ではない。


 婚約か……俺には全く縁のない話だが、まさかこうなってくるとは。


「……」

「れ、レイ? どうしたの?」

「俺がアメリアと婚約する可能性があるということか」

「へ!!? ま、まぁそうなのかな!!? あくまで可能性! 可能性の話だから! うん!」

「そうなるとレベッカ先輩とアリアーヌともあり得るのか。そうか……」

「……」


 婚約。


 俺は誰かと結婚して家族を作るということか。改めて自分の過去を思い出す。今までの俺ならば、自分にはそんな資格はないと考えているだろう。しかし今は、少しだけ違う。自分の未来も少しずつ考えている最中だった。


 ハワードのことをふと思い出す。


 なぁ、ハワード。俺は誰かと家族になってもいいのか? そんな未来があっていいのだろうか。と、一人で考えていると目の前のアメリアは明らかに不機嫌になっていた。


 ぶすっとした顔に頬は少しだけ膨らんでいる。視線もわざと合わせないようにしている。


「ど、どうしたアメリア……?」

「ふんっ! 別になんでもないわよっ!!」


 椅子から乱暴に立ち上がり、アメリアは教室内から去っていってしまった。乙女心というものは、相変わらず完全には理解できないものだ。


「レイ。おはよ」

「クラリス。おはよう」

「なんかアメリアが凄い不機嫌な顔で出て行ったんだけど。なんかした?」

「実は──」


 クラリスに先程の話をしてみた。するとクラリスは「はぁ……」とため息を漏らした。


「その話。私のところにもきてるわよ。でもまさか……はぁ。まぁこればかりは、仕方ないというか。アメリアには同情するけど」

「どういうことだ? 教えて欲しいのだが」

「これはあんたの問題よ。いつか向き合うことになるから、ちゃんと考えなさい。自分で考えるのが大切なのよ!」


 ツインテールがビシッと高い位置に上がる。冗談で言っているのではなく、真剣なのはツインテールの動きから理解できた。いまいちよく分からないが、そうだな。頑張って考えてみよう。


「ありがとうクラリス。考えることにする。しかし、そうなると上流貴族のクラリスとも婚約の可能性があるのか?」

「……ばっ!!! 変なことに気がつかなくっていいのよ、ばか!!」


 バシン、と顔にクラリスのツインテールがぶつかる。別に避けてもよかったのだが、怒っているようなので甘んじて受け止めることにした。


 そして彼女もアメリアのように出て行ってしまった。


 乙女心は……難しいものだな……。



 この裏で進んでいる思惑を、俺はまだ知らなかった。

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