第六章 新しい世代
第333話 春の訪れ
春。
無事に春休みも終わり、ついに春がやってきた。俺はいつものように早朝に目が覚めると、すぐに準備をしてからランニングへと向かう。
ここ最近はずっと肌寒かったのだが、徐々に暖かくなってきている気がする。
「ふっ……ふっ……」
「はっ……はっ……」
いつものように朝からエヴィと二人で軽く筋トレに励む。もちろん、寝起きなのでそこまで激しい筋トレはしない。あくまで肉体の覚醒を促す程度だ。
「レイ。今日から二年生だな」
「そうだな。しかし、あっという間だった」
「そうか? 俺は意外と長く感じたぜ?」
「ま、人それぞれだな」
そう。
俺たちは本日をもって二年生になった。アーノルド魔術学院の二年生。卒業はまであと三年と考えると長いように思えるが、どうなのだろうか。
また春休みの前には卒業式があった。俺たちは、四年生の卒業を見送った。四年生の先輩と関わるのは、主に部活だけだった。といっても、環境調査部と園芸部の先輩たちにはとてもよくしてもらったので、俺は両方の卒業を喜んで祝福した。
「部長。今まで大変お世話になりました」
「レイ。こちらこそ楽しい一年間だった」
「また遊びに来てください」
「あぁ。もちろんだ。お前たちの筋肉、どれほど成長するのか楽しみにしている」
ガシッと握手を交わす。
部長には本当にお世話になった。環境調査部での活動は過酷な面もあったが、俺たちは筋肉によってつながっていた。俺にいつか部長のように大きな人間になりたいと思う。
それに冰剣の件も含めて部長にはサポートしてもらった面もある。本当に頭が上がらない。
最後には全員で上半身の服を脱ぎ去り、筋肉による対話を行っていた。もう部長とこれをできないと思うと寂しいが、先輩たちの門出を心から祝福すべきだろう。
次は園芸部での見送りに行ったのだが、そこではディーナ先輩が号泣していた。
「うっ……うぅ……本当に、本当にお世話になりましたぁ……ぐすっ……」
なんでもディーナ先輩は四年生の先輩たちには特にお世話になったとか。ここまで感情的になった先輩を見るのは初めてなので、少しだけ驚く。いつもは毅然として模範的な人だったから。
「ディーナ。園芸部、頼んだわよ」
「えぇ。あなたになら任せられるわ」
「そうね。レベッカ様も……それに、彼もいることだし」
と、なぜか全員の視線が俺に集まる。
園芸部の中では異質な存在だった。レベッカ先輩とディーナ先輩に認められなんとか入部することはできたが、それでは初めは男が一人ということで敬遠されていた。
変わったのは俺が女装してからだろうか。それ以降、部員のみんなは俺に話しかけてくれたり一緒に買い物に行ったりもした。先輩たちには、俺もとてもお世話になった。
「先輩たち。自分のような異質な存在を受け入れてくれて、本当にありがとうございました。また会える日を楽しみにしております」
俺がそう言葉にした瞬間。先輩たちの涙腺が崩壊。
しかし、溢れる涙は決して悲しみの涙ではない。これから先の未来、先輩たちには明るい世界が待っているのだから。
「レイさん。私からもお礼を」
「レベッカ先輩」
艶やかな黒髪を揺らしながらレベッカ先輩が近寄ってくる。
「園芸部はレイさんの入部で大きく変わることができました。やはりあなたは、周りに大きな影響を与える人ですね」
「そうでしょうか……?」
「えぇ。先輩たちも、そして他の部員たちもそう思っているはずですよ」
周囲を見渡す。
うんうんと頷いているみんなを見て、俺は改めて園芸部に入って良かったと心から思えた。
そうしてお世話になった先輩たちを無事に見送って、春休みに入った。それからは特に何か大きな変化がるわけでもなく、日々が過ぎていき……ついに新学期となった。
「エヴィ。俺は先に行ってる」
「確か、妹ちゃんに会いにいくんだよな?」
「あぁ。ステラと約束をしているからな」
「俺にも紹介してくれよ」
「もちろんだ」
手早く準備を整えると、俺は寮の自室から出ていく。
すっかり暖かくなった。咲き誇る花々を見て、春の訪れを実感する。また視線の先には新入生たちが登校してきているのが目に入る。緊張している人、楽しみにしている人、それぞれが表情から窺うことができた。
また、入学式は講堂で行われるので、みんなそこに向かっている最中だ。
「おにーちゃーーーーーーーーんっ!!!」
人の波を縫うようして駆けてくるのは愛しい我が妹。
ステラだった。
「ドーンっ!!」
ステラは十メートル手前から思い切り足を踏み込むと、そのまま飛翔。天を舞いながら俺に思い切り抱きついてくる。それはまさに、天使が如く。
ガシッとしっかりと掴むと、思い切りステラのことを抱きしめる。
「ステラ。入学おめでとう」
「お兄ちゃん! ありがとう!!」
ぎゅーっと俺の体を抱きしめて、顔を胸に埋めてくる。周囲の視線がかなり集まっているようだが、俺たち兄妹は全く気にしていなかった。なぜならば、それが俺とステラだから。
感動の再会を喜ぶのは当然のことだった。
そして、パッと離れるステラのことをじっと見つめる。
「ステラ」
「何、お兄ちゃん?」
「制服、とてもよく似合っている。お前が一番可愛いな」
間違いない。我が妹こそが、一番可愛いだろう。こればかりは異論を認めることはできない。ステラこそが世界で最高に可愛いのは、すでに自明である。
「えへへ……そうかな? そうかな?」
「あぁ。間違いない。こんなに可愛いと、心配になってしまうほどだ」
「じゃあ、お兄ちゃんが守ってくれるよね?」
「任せておけ」
二人でそう話していると、後ろから「げ……」という声が聞こえてくる。そちらに視線を向けると、そこにはレベッカ先輩とマリアがやってきていた。
「もうっ! マリアってば、制服を着崩しちゃダメでしょっ!!」
「もう、お姉ちゃんは口うるさい。ホントに」
「む……!」
「それにほら、レイが見てるよ」
「え……?」
レベッカ先輩もこちらに気がついたようだ。先輩は慌てて髪の毛を整えると、俺に挨拶をしてくる。
「あ、えっと……レイさん。おはようございます」
「おはようございます。レベッカ先輩。今日は実家から登校したのですか?」
「えぇ。マリアが心配だったので」
マリアは先輩の言葉が気にくわないのか、悪態をつく。
「別に必要ないのに……」
マリア=ブラッドリィ。彼女の容姿は否応なく目立つものだ。両耳には大量のピアスに、真っ白な髪の毛。それに加えて、その双眸はまるでルビーの宝石のように緋色に染まっている。
レベッカ先輩と同様に美しいのは間違いないが、人目をより一層引きつけるのはマリアの方だろう。
また制服は着崩しており、シャツのボタンも大胆に開いているしスカートも折りたたんでいるのか短めだ。でも俺はマリアらしい装いでとてもいいと思っている。
「な、何? レイも文句あるの?」
「いや、制服姿よく似合っている。可愛いよ」
「かわ……っ! もう! 変なこと言わないでっ!!」
白い肌をしているので顔が赤く染まるのが目立つ。マリアもこうして照れることがあるのだと思うと、なんだか新鮮だった。
「レイさんはいつも通りですね」
ニコリと微笑んでいるレベッカ先輩だが……この圧倒的な
笑っている。笑っているのだが、大きな圧を感じるのだ。
「ねね。お兄ちゃん」
くいくいっと俺の袖を引っ張ってくる。
「お兄ちゃんのお友達?」
ステラはどうやら同じ学年らしいマリアのことが気になっているようだった。レベッカ先輩とはすでに面識があるからな。
「あぁ。紹介しよう。マリア=ブラッドリィ。レベッカ先輩の妹だ」
「はじめまして! ステラ=ホワイトです!!」
ペコリと元気よく頭を下げると、ステラはすぐに手をずいっとマリアの方に伸ばす。一方のマリアといえば、ステラの元気な態度にたじろいでいた。
「う……ま、マリア=ブラッドリィ……よ、よろしく……」
おずおずと出した手をステラが思い切り握ると、ぶんぶんと上下に振ってから思い切り近づいていく。
「マリアちゃん! とっても可愛いねっ!!」
「そ、そう……?」
「うん! 大人の女性って感じっ! スラーっとしてて、かっこいいよ!」
「ま、まぁ……そう言われて悪い気はしないけど……」
どうやら二人はいい友人になれそうだな、と温かい目線を二人に送っていると背後から耳元に誰かが囁いてきた。
「──レイ。久しぶりだね」
振り向く。そこにいたのは、オリヴィア王女だった。アーノルド魔術学院の制服に身を包んでいる彼女はとても新鮮だった。いつもは豪華な装いをしている彼女を見るのが普通だったから。
「オリヴィア……王女。ご無沙汰しております」
「うん! 久しぶりだね! あ、そうだ。レイのことは、新しくこう呼ばないとね」
身嗜みを整えて、こほんと咳払いをするとオリヴィア王女は満面の笑みで俺に対してこう言ってきた。
「よろしくね。先輩……?」
◇
明けましておめでとうございます! 今年もよろしくお願いいたします!
ということで、『六章 新しい世代』が開始となりました。二年生編ですね。二年生編ではレイが表舞台に登場する、というテーマでやっていこうかなと思っております。もちろん、彼の学生生活が平穏なまま進むわけもなく……二年生編もまた、お楽しみにしていただければ幸いです。おそらく、二年生編も長くなりそうですが(笑)。
それでは、今年も本作をよろしくお願いします!!
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