第332話 旅立ち


「レイ。改めて、これからよろしく頼む」

「いえ。こちらこそ、師匠に会えることを楽しみにしています。それでは失礼します」


 一礼をする。


 師匠が学院にやってくることになった。今思えば、とても不思議な感覚だ。過去、俺たちは同じ部隊にいる仲間だった。極東戦役を経て、大切なものを手に入れたと同時に失うものも多かった。


 自分の行く末など分からなくなるほど、心も体も傷ついてしまった。


 一瞬のようで長い時間。俺は過去のことを思い出していた。人生は長いようで短い、という話を聞いたりするがそんな感覚だろうか。


 師匠たちと出会った十年が経過した。十年といえばそれなりの時間になるが、今の俺にとってはとても短く感じた。


 そして俺は師匠たちに別れを告げて一人で寮の自室へと戻っていく。


「……久しぶりに、行くか」


 ボソリと呟く。


 新しい日々がこれからまたやってこようとしている。この一年は本当に充実した一年だった。魔術学院に入学して不安に思っていることもあった。しかし、かけがえのない仲間と出会うことができた。


 人は一人では決して生きていくことはできない。


 当たり前のことを俺は友人たちから改めて教えてもらった。師匠たち大人にもとても感謝している。そして、この学院で知り合った全ての人にも感謝している。きっと俺一人では、何もできなかっただろうから。


 俺は学院で経験したことを伝えたい人がいた。今日はもう遅いが、明日からは三学期が始まってしまう。行くとしたら、今しかないだろう。


 俺は慌てて自室に戻ると、準備をしてから出ていく。


「エヴィ。少し出てくる」

「おい、レイ。もう門限は……いや、俺が誤魔化しとく。行ってこい」

「助かる」


 エヴィは詳しく聞いてこなかった。俺の雰囲気から察してくれたのだろうか。本当にいい友人を持ったものだ。


 学院から抜け出すようにして出ていく。時間はそれほど遅くはないので、街灯はまだ点灯している。まず向かうのは花屋だった。今ならばギリギリ間に合うかもしれない、と思って走っていくとギリギリ間に合った。


 そこで真っ白な花を複数購入。それを持って向かう先は……墓場だ。


 そう。俺がいま会いたい人は、ハワードだった。


 ハワードの墓には極東戦役が終わってから一度だけ行ったきり。そこから先は、自分の過去に向き合うことが怖いと思ってしまい、行くことができていなかった。


 でも今なら大丈夫だと思って俺はハワードの墓へと向かっていく。


 墓場についてハワードの墓へと歩みを進めていると、一人の男性とすれ違った。会釈をされるので、俺も丁寧に頭を下げる。長い栗色の髪を後ろでまとめ、真っ黒なロングコートを羽織っていた。


 夜ということもあって顔はよく見えなかったが、どこかで会ったような気もしたが……気のせいかもしれない。


 そして、ついにハワードの墓の前にやってきた。まずは持ってきた花を置こうとすると、すでに新しい花がそこにあった。まさか、さっきすれ違った人が置いた花だろうか?


 それに重ねるようにして白い花を飾る。


「ハワード。定期的に報告に来るって言ったけど、申し訳ない。ここに来るのに、また長い時間がかかった……」


 この場所にやってくるのは、約四年ぶりだった。ここ最近の夜は曇っていることが多かったのだが、今日はタイミングよく晴れていた。月明かりに照らされながら、俺はハワードに語りかける。


「俺、学生になったよ。アーノルド魔術学院の一年生になった。想像できるか? 俺が学生だなんて……戦争で数多くの命を奪った俺に学生になる資格なんてないと……そう思ってたよ」


 どうしてだろうか。


 ハワードの前だったらいつもよりも自然に自分の弱さを言葉にすることができた。


特殊選抜部隊アストラルでの時間もかけがえのないものだった。みんな大切な仲間だった。もちろん、今もその気持ちに変わりはない。あれから俺は彷徨い続けていたよ。血に塗れた俺が、どこにたどり着くのか。自分でも分からなかった。そんな時、師匠にアーノルド魔術学院に行くように言われた」


 ハワードはもしかして喜んでくれているのかもしれない。いやきっと、ハワードなら俺の新しい旅たちを祝福してくれるに違いない。あいつは本当に仲間思いの人間だったから。


「初めは周りの人に合わせることができなかった。普通の学生ってやつが分からなかった。改めて思うが、浮いていたと思う。俺にとって、普通のありふれた世界は浮世離れした場所だった。けど……そんな俺を受け入れてくる人たちがたくさんいた。同い年の友人に、とてもよくしてくれる先輩たち」


 一人一人、俺は出会ったきた人たちを紹介していく。どんな人間で、俺にとってどれだけ大切な人なのかを。


 触れ合ってきた心と心。


 俺は戦場では学ぶことのできなかった、大切なものを学ぶことができたとハワードに伝えていった。


「ハワード。多分俺はきっと、勝手に壁を作っていたんだと思う。どうせ自分なんて、こんな俺にまともに生きる価値なんてないと。自暴自棄になっていたのかもしれないが、学院で友人ができて改めて思ったよ。特殊選抜部隊アストラルのみんなと出会えたからこそ、友人たちの大切さが理解できたと。ハワードはいつも俺に色々と教えてくれたよな。あ、筋トレもちゃんと継続してるよ。それから──」


 俺とハワードの空白の四年間を埋めるようにして、たくさんのことを語った。目の前に彼がいるなら笑ってくれるに違いない。


 なぁ、ハワード。


 俺はやっと前に進むことができたよ。


 たくさん傷ついて、たくさん泣いて、たくさん後悔した。


 生きる理由なんてない。それはきっと絶望だと思っていた。


 理由なき人生で、人の命を奪うだけの俺の存在は罪だと思っていたよ。でも、それでも、周りの人のおかげで自分の罪とも向き合える気がしている。命を奪い続けた俺が何をすべきなのか。


 その答えも見つかった気がする。


「フロールさんと大佐は結婚したよ。結婚式は凄かった。俺もいつか、あんな風に結婚できたらいいなと思うほどには、素晴らしい式だった。でも、笑えるのは大佐はフロールさんの尻にしかれているらしいとか。またその話も、仕入れとくよ」


 今度は特殊選抜部隊アストラルの話に入る。ハワードはみんなの動向も気にしているだろうから。


「デルクは……エヴィと少しは向き合えることができたらしい。実は今、俺はデルクの息子と同じ寮で暮らしてる。人生どうなるか、分かったもんじゃないよな?」


 微かに笑いを浮かべる。


 そして、最後に師匠たちの話をすることにした。


「師匠、アビーさん、キャロルは軍を辞めたよ。アビーさんは学院長、キャロルは俺の担任。まぁ……キャロルはいつも通りうるさいけど、いいやつだよ。たまに俺のことを襲ってくるけどな。師匠も来年度から学院に来るらしい。アビーさんは……ハワードのことをまだ想っていると、俺は考えてる。なぁ、ハワードはアビーさんのことをどう思ってたんだ? 俺は恋愛のことがまだよく分からない。そのことをハワードにも教えてもらいたかったな」


 語ることは、全て言葉にしたと思う。


 俺はふと空を見上げた。


 眩い星々が煌めいていた。昔は星空を楽しむ余裕なんてなかった。世界の美しさを理解する暇などなかった。


 しかし今は、少しだけ分かる気がする。


「また来るよ。今度はそうだな……近いうちに。じゃあ、また」


 踵を返す。


 と、その瞬間。肩に微かな重みを感じた。トン、と誰かが俺の肩を優しく叩いた気がしたのだ。


 振り返る。


 そこには誰もない。誰もいないが、人の気配を感じたような気がした。


 もしかして、ハワードが祝福してくれているのかもしれないな。


「……よし」


 進んでいく。


 明日から三学期だ。それが終われば短い春休みがやってきて、ついに俺は二年生になる。二年生になればステラやマリア、それにオリヴィア王女も入学するという話を聞いている。


 新しい日常に想いを馳せながら、俺はハワードのもとを後にするのだった。


 もう迷いなどありはしなかった──。




 ◇



 第五章 追憶の空 終

 第六章 新しい世代 続



・あとがき

以下長文になります。ご容赦ください。

ということで、ついに過去編が終了しました。いかがでしたでしょうか?

過去編は半年に及ぶ長期間の連載になりました。冗長なところは相変わらずで、今回は設定が矛盾しているところ(年齢やその他諸々)もあり、大変申し訳ありませんでした(時間あるときに修正します……)。

過去編ではレイがどのような人生を歩んできたのかという話をメインにしてきましたが、まだ明かされていない設定もありつつ……今後はその点も含めて大きく展開していけたらなと思っております。


また、実は10月の頭からストックが尽きておりまして更新する日に更新する話を書くという暴挙を続けておりました。本業の仕事に加え、複数の書籍化作業、漫画が発売するに伴い特典を書いたりなど多忙を極めておりましたが、読者の皆様が待っていることを思ってなんとか頑張らせていただきました。本当につらくて大変でしたが、皆様のおかげで最後まで過去編を書くことができました。拙い点もありますが、少しでも楽しんでいただけたのなら幸いです。


冰剣の今後についてですが年内の更新はこれでストップし、年が明けてから二年生編を開始したいと思います。少しだけお休みをください。



次は書籍の宣伝になります。

【冰剣の魔術師が世界を統べる】ですが、原作小説は【講談社ラノベ文庫様】より1巻と2巻が発売中です。是非、このWeb版を末長く続けていくためにもよろしくお願いいたします。売り上げが本作を継続するのに(書籍版、Web版含めて)切実に関わってきますので、まだ未購入の方は是非ともよろしくお願いします……!

既読の方でも楽しめるように仕上げておりますので、この年末にでもお読みいただければ幸いです。

コミックスは現在、第1巻が発売中です。迫力のある素晴らしい作画で描かれる漫画の方も、是非ともよろしくお願いします。

また実は……コミックス2巻は年明けの1月8日(金)発売予定です! Amazonさんなどでは予約も始まっておりますので、よろしくお願いしますー!


その他の情報は適宜、Twitterなどで共有できればと! 是非、フォローお願いします!

→Twitterアカウント名【御子柴奈々】【@mikoshiba_nana】



それと、非常に恐縮ですが……下にスクロールすると【★で称える】という箇所があり、そこから★で評価することができます(一人最大三つまで、レビューなしでも大丈夫です)。


『過去編面白かった!』『二年生編も期待してる!』……などなど思われて、まだ評価していない方は、是非★での評価にて応援して頂ければ幸いです。


皆様の応援が、執筆への大きなモチベーションになりますので、もし良ければお願いいたします!


それではまた二年生の六章でお会いしましょう。

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