第326話 兄妹の絆


「ふんふんふ〜んっ!」

「……」


 俺たち二人は、森へと向かっていた。もともと、ここに越してくる前から情報として知っていたのだが、ここはドグマの森が近くになりかなり危険な森に指定されている。


 指定難易度はSランクであり、最高峰に危険な森とされている。といっても俺は師匠の弟子として色々と教えてもらう中でハンターとしての資格もすでに所有している。一番高ランクのプラチナのハンターにはまだ到達していないが、ゴールドのハンターの資格は取ってある。


 当時は、魔術師たるものハンターとしての素養も養わなければならない……と言われたので、地獄の訓練をこなしながらハンターの資格を取ったのだが、まさかここで役に立つとは思ってもなかった。


 また、サーシャさんからはもしかしたらステラが森に行きたいと言うかもしれないので、その時はよろしくお願いするわね、と言われている。俺としては、ステラはきっと俺なんかと一緒に外に出たいなど思っているわけもない……と考えていたのだが、どうやら違ったようだ。


 鼻歌を交えながらステラは跳ねるようにして歩みを進めていく。時折、後ろにいる俺の姿をチラッとみると、ニコリと笑みを浮かべる。


 今までは可愛い、愛らしいなどと言うキャロルの言葉が分からなかったのだが……もしかして、これがその感情なのだろうか?


 そして、森の前にたどり着くと検問所で手続きを始める。


「ん? ステラちゃん。今日はどうしたんだい? 入りたいっていつも言うけど、ダメだよ」

「トムおじさん! 今日は大丈夫なんだよっ!」


 どうやらステラは検問所の人と知り合いのようだった。彼女は大きな声をあげると、俺のことを紹介してくれる。



「お兄ちゃんがいるからっ!!」



 と、ぐいぐいと俺の背中を押してくるステラ。俺も自己紹介を兼ねて、トムおじさん? と呼ばれている人に挨拶をする。


「初めまして。レイ=ホワイトと申します」

「あぁ! ホワイト家に人がやってきた話は聞いていたが、君だったのか!」

「はい。それで、入れてもらえないでしょうか?」

「いやいや。ここはゴールド以上のハンターが同伴していないと入れないよ? 二人ともまだ子どもだし無理だよ」


 優しい声音だが、キッパリと断れてしまう。しかし、ゴールドのハンター免許ライセンスはこんなこともあろうかと、持ってきているのでそれを彼に見せることにした。


「これでどうでしょうか?」

「……へ?」


 驚いているのか、変な声を漏らしている。それも無理はないのかもしれない。十代、しかも俺のような子どもがまさかゴールドのハンターであるなど思う人間はいないだろうから。


「……ほ、本物?」

「はい。数年前にゴールドのハンターになりました」

「待ってほしい。今はこれをみるに、十二歳だろう?」

「はい」

「ということは、もっと子供の時に取ったのか?」

「そうですね」

「信じられん……」


 いくら証拠があったとしても、信じられないということで彼もまた俺たちに同伴すると言ってきた。


「よし。君の実力をこの目で見て、本当に信じられるのならこれ以上は何も言わない。二人で好きにこの森の中を回るといい」

「わーいっ! ふふふ……お兄ちゃんはとっても強いから、絶対に大丈夫だよ! ねっ!!」


 ステラにそう言われると何故だかいつも以上にやる気が湧いてくる気がした。そして俺は、その言葉にしっかりと答えるのだった。


「あぁ。もちろんだ」


 ということで俺たち三人は、ドグマの森の中へと入っていくのだった。



 薄暗い雰囲気が漂っている。生い茂っている森の中では、日の光がしっかりと入ってこない。夏ならば違ってくるのだろうが、今は春ということで光はまだ弱い。


 話を聞くと、トムおじさんはプラチナのハンターでこの森のことは熟知しているらしい。伊達にこの森を管理していないということだな。


「む……あれは」


 魔物を発見。


 そこには巨大蛇ヒュージスネークが三匹ほど蠢いていた。他の魔物でも捕食しているのか、お腹がぽっこりと大きく出ている。この森では巨大ヒュージ系の魔物はごく当たり前に出てくる上に、かなり獰猛らしく常に魔物同士で争っているとか。


 まさに弱肉強食の世界である。


「トムさん。俺一人でやってきます」

「……本当にいけるのか?」

「はい。あの程度でしたら、問題ありません」


 と、俺は自信満々に言葉にしているが今はもう魔術をまともに使うことはできない。厳密に言えば、使えることには使えるのだが魔術領域暴走オーバーヒートを抑え込むことに魔術領域のリソースはほぼ全て割いている。


 仮に使えるとしても、それは軽微な内部インサイドコードによる身体強化になるだろう。だが、それだけで十分だった。


 俺は腰に差していた小さなナイフを取り出すと、巨大蛇ヒュージスネークの方へとゆっくりと近づいていく。すると相手も俺の存在に気がついたのか、明確な殺意を向けてくる。


 きっと新しい餌がやってきたとでも思い込んでいるのだろう。


 巨大蛇ヒュージスネークは基本的に、牙から漏れている毒で相手を麻痺させて一気に丸呑みにしてしまう。または、巨大な体を活かして相手を絞め殺した後に丸呑みにしてしまうことで有名だ。


 それにこの三匹はおそらくは、群れとして活動しているのだろう。じりじりと近づいてくると、三方向から一気に襲いかかってきた。


「……なるほど」


 相手の動きをすぐに把握して俺は上空に飛翔。そして、落下する重力を利用して一匹の巨大蛇ヒュージスネークの眼球にナイフを突き刺して、そこから一気に縦に切り裂いた。


 一瞬だけ悶絶していたが、すぐに絶命。残り二匹もまた、果敢に攻めてくるがやはり俺からすればスピードはかなり遅く感じる。軽くしゃがむだけで相手の噛み付きを交わすと、一気にナイフを喉元に突き立てる。


 その後は、同じ容量でもう一匹を屠って無事に終了。


 一分もかかっていないだろう。


 ヒュッとナイフを振るって血を地面に落とす。


「……」

「……」


 ポカンとした表情で俺のことを見つめている二人だったが、ステラは先に我に帰ったのか俺のもとにものすごい勢いで走ってくる。


「すごい、すごい、すごいっ!!」


 思い切り俺に抱きついてくるので、ステラの小さな体を受け止める。ステラは興奮しているのか、とても口調が荒くなっていた。


「お兄ちゃんってば、本当にすごいね!! シュシュ! ビューンって倒しちゃったよっ!!」

「まぁあの程度は余裕だな」

「よゆうっ!! やっぱりすごいやー!!!」


 ぎゅーっと思い切り抱きついてくるのを拒むわけにもいかないので、俺はステラに好きにさせておいた。そして、後ろからはトムさんが俺の方にやってくる。


 巨大蛇ヒュージスネークの死体をチラリと見て、俺の顔を改めてじっと見てくる。


「……凄いな。本当にゴールド、いや……実力的にはプラチナのハンターだろう。その若さで、凄いな」

「いえ。まだまだですよ」

「抜かせ」


 と、トムさんは笑顔を浮かべてから握手を求めてくる。


「お前になら……いや、レイになら任せることができるな」

「そう言ってもらえて嬉しいです」

「ステラのことよろしく頼むぞ」

「はい」


 無事に認めてもらえることになった俺は、ステラと一緒にさらに森の奥へと進んでいく。



「いいか。魔物の生態系は──」

「ふんふん」

「まず、魔物と出会ったときの対処法は──」

「ふんふん」

「森での立ち回りで重要なのは──」

「ふんふん」

「それに、食べることのできる草やキノコなども覚える必要が──」

「ふんふん」



 ステラはどうやらこの手の話題には興味津々なのか、俺の後ろをついてきながら真剣に話を聞いてくれていた。それに、ちょっと実力を見てみたいということであまり強くない魔物と戦ってもらったが……その潜在能力は、あまりにも大きなものが宿っていた。


 流石は、師匠の家の血筋ということだろうか……。


「ステラ」

「何、お兄ちゃん」

「ステラは才能がある。きっと、もっと努力すれば凄い魔術師になれる」

「本当っ!!?」

「あぁ。間違いない」

「わーいっ! それじゃあ、さ……」


 じっと上目遣いで俺のことを見つめてくると、ステラは少しだけ照れるような素振りを見せてこう言葉にした。



「お兄ちゃんが、いっぱい教えてくれる……? 私、お兄ちゃんともっと一緒に過ごしたい……」



 ステラはそれから、今まで秘めていた事を教えてくれた。


「私ね。ずっとお家で一人だったの。お父さんとお母さんはお仕事があるから、あんまりわがまま言っちゃダメなのは分かってたの。だからね、お兄ちゃんが家に来るって分かってとっても嬉しかったの」

「……ステラ」

「でも、もうお家に一人でいなくてもいい。お兄ちゃんと、もっと一緒に遊びたい……」


 俯いているのは、照れ隠しなどではなく心配しているのかもしれない。その言葉に指定して、俺がどうやって答えるのかを。


 膝をつく。


 ステラと目線を合わせる。


「ステラ。俺も、もっとステラのことを知りたい」

「本当……?」

「あぁ。だから、もっとわがままを言ってもいい。俺は側にいるから」

「うんっ……!」


 二人でお互いのことをギュッと抱きしめ合う。


 あぁ。


 そうか。そうだったのか。どうやら天使はここにいたらしい。今までずっと、この世界はあまりにも醜くて、汚らわしいものだと思っていた。人間の業はどこまで行っても変わらず、人は闘争を求める。


 あの戦争で嫌というほど人間の醜さを見てきた俺だが、世界はそれだけではない。


 そんなごく当たり前のことを、目の前の少女に教えてもらった気がする。


 師匠がどうしてホワイト家に行くように言ったのか、それが少しだけ分かったような気がした。



「よし。今日は帰るか」

「うんっ……!!」



 二人仲良くしっかりと手を繋いで、俺たちは帰路へとつくのだった。

 

 

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