第325話 お兄ちゃんとの日々


 私の名前はステラ=ホワイト。


 アーノルド魔術学院初等部の五年生で、来年から六年生になります。ちょうど学校もそろそろ終わり、春休みがやってくる前にお父さんとお母さんに話があると言われました。


「ステラ」

「何、お母さん?」


 お父さんとお母さんが並んで、私の前に座っています。いつもよりも真剣な様子で何か悪いことでもしてしまったのか……と思ってしまいます。まさか、こっそりとお菓子を食べたのがバレてしまったのでしょうか?


「お兄ちゃんが出来るってお話なんだけど……」

「お兄ちゃん……?」


 私に兄妹はいない。ずっと一人っ子で、過ごしてきたのだからそんなことは分かりきっている。もしかして、実は本当のお兄ちゃんがいたとか……? と思いますがそのような話ではありませんでした。


 曰く、お母さんの妹であるリディアさんがお世話していた人が養子? になるらしい。養子というのはよく分からないけど、ともかく私に血は繋がっていないけれどお兄ちゃんが出来るという話だけは理解できました。


 お兄ちゃんか……。お父さんとお母さんは働いているので、家に一人でいることが今まで多かったです。二人のことは大好きだけど、一人でいるときはやっぱり寂しく思ってしまいます。お友達と遊んだりもしますが、家が遠いので春休みの間は頻繁に遊ぶこともできません。


 でも、お兄ちゃんができたら、もしかして一緒にいっぱい遊べるのかな?

 

 私はそんなことを思いつつ、お兄ちゃんになる人に出会うことになりました。



「ステラ。今日からあなたのお兄ちゃんになる人よ。お話ししたでしょ?」

「……う、うん」



 扉から少しだけ体を出して、様子を窺います。名前は、レイ=ホワイトというらしいです。詳しくは知らないけど、手続き? はもう終わっていて正式にホワイト家の一員になっているとか。


 お兄ちゃん。この人が私のお兄ちゃんになるんだ……。


 身長は高くて、顔も凛々しいです。年はお兄ちゃんの方が一つだけ歳上という話ですが、私にはそうは思えませんでした。無表情、というわけではないけど……どこか寂しそうな雰囲気を纏っているような。そんな印象でした。


「え……っと。ステラ=ホワイトです」

「レイだ。これからよろしく頼む」


 お母さんに軽く背中を押され、私は自己紹介をしました。まだ緊張しているので、私はなんとか握手をしようと手を差し出します。ギュッと握るお兄ちゃんの手は分厚くてとても硬かったです。


 その時、お母さんから聞いたお話を思い出しました。


 お兄ちゃんはずっと大変な思いをしてきたと。辛い思いをして、彷徨い続けてここにやってきたと。だから私にも歓迎して欲しいと言っていました。


 お母さんには分かった、と言いましたが内心で察していました。リディアさん(一度、リディアおばさんと呼んだら本気で睨まれたのでそう呼んでいます)は軍人です。そして、東の果てであった戦争で英雄になったすごい人だと。


 ということは、お兄ちゃんももしかしたら戦っていたのかもしれません。私には戦争なんて全く分からないけど、とても大変なものだという認識はありました。


 私にも何かできることがあるかな……そんなことを、お兄ちゃんと出会って思うようになりました。



 春休みがやってきました。お父さんとお母さんは平日はお仕事に行っているので、お兄ちゃんと二人きりです。


「じーっ……」


 様子を窺います。


 お兄ちゃんは家事をしてくれていました。驚くことに、家事のスキルは完璧でお母さんよりもテキパキとしていました。お兄ちゃんは何者なんだろう……と思うと同時に、どうやって話そうかとソワソワしています。


 実は、一緒に外で遊びたいのですがなかなか誘う勇気が出てきません。お兄ちゃんの後をトコトコとついていくと、くるっと翻りました。


「俺に何か用があるのだろうか?」

「……あ、え……と」


 一緒に遊びたい、と口にすればいいだけなのに出来ません。やっぱり、どうしてもまだ緊張してしまうのです。


「急に知らない人間が来て驚くのも無理はない。ただ、俺はこのホワイト家に害を及ぼす存在でないことは、分かって欲しい」

「が、がいをおよぼす……?」

 

 お兄ちゃんはとても頭がいい人なのだと思いました。言葉遣いも私なんかよりもずっとしっかりとしていて、まるで大人とお話ししているようでした。


 そして、私がよく理解していないのが分かったのか、言葉を言い換えてくれます。


「……悪いことをするつもりはない、ということだ」

「う、うん……」


 悪いことをするつもりがないのは分かっていました。まだよく知っているわけではないけれど、みんなのことを思いやってくれているのはみて取れたから。その後も私は、機会を窺うようにしてトコトコと後ろについていきます。


 大きな背中を見つめ、一緒に遊びたいと声をかける勇気が持てるように祈りながらお兄ちゃんの姿を追います。


「ステラ」

「……っ!」


 急に声をかけられるので、体がビクっと反応してしまいます。お兄ちゃんは私のほうにやってくると膝をついて目線を合わせる。そんな些細な心遣いからも、良い人だということはもう分かってました。


「せっかくの長期休暇だろう? 友達と遊びに行ってもいいんだぞ? 家には俺がいるから」

「……あ、えっと……その……」


 今しかない。春休みだって、ずっと続くわけじゃない。どこか勇気を出さないと、絶対にダメな気がする。


 私はギュッと服の裾を握りしめると、何とか言葉を発します。


「あ、遊びに行きたい……っ!」

「あぁ。行ってくるといい」

「お……お、おお、おお……」

「お?」


 言うんだっ……! 今ここで、ちゃんと言葉にするんだっ……!



「お兄ちゃんと一緒に遊びたい……っ!」



 心の中ではずっとお兄ちゃんと呼んでいたけれど、言葉にするのは初めてでした。嫌がってないかな? 困ってないかな? と思っていると、目を大きく見開いた後に優しい笑顔を浮かべてくれました。


 それが私の見た、お兄ちゃんの初めての笑顔でした。


「そうか。いいよ。何して遊ぶ?」


 私もまた、いっぱいの笑顔を浮かべて何をしたいのか伝えます。


「森! 森に行きたい!」

「森? そうか……」


 家の近くの森は近づいたらダメだとずっと小さい時から言われて来ました。でも、お兄ちゃんと一緒なら行ってもいいわよとお母さんに言われたので、早速お願いすることにしたのです。


「よし。じゃあ、行くか。俺はジャングルでの経験もある。森に関してはある程度詳しい。期待してくれていいぞ」

「ジャングル……!? すごい、すごい!」


 ぴょんぴょんとその場で飛び跳ねます。やっぱり、お兄ちゃんはとっても凄い人なんだ! と思いました。そして私たちは二人一緒に、森へと向かうのでした。



 

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