第324話 ステラとの日々
春がやって来た。
ホワイト家でお世話になるようになり、一ヶ月が経過した。
サーシャさんとルーサーさんは父と母と呼んでもいいと言ってくれるが、俺はまだその言葉をはっきりと言うことができない。お二人も、時間はたくさんあるからと言ってくれているが……やはり、俺の存在は邪魔ではないだろうか、とどうしても考えてしまうのだ。
といっても、生活自体は慣れて来たもので四人で食事を取ったりすることを苦に思ったりはしない。また、サーシャさんとルーサーさんは二人ともに王国の中央区にある魔術協会で働いている。
そして、この一ヶ月の間はステラは魔術学院が休みということで一緒にいる機会が多かったのだが……。
「じーっ」
「……」
昼頃。
今は家には、俺とステラしかいない。サーシャさんとルーサーさんはいつも通り、仕事に行っている。俺がこの一ヶ月の間に何をしていたのかというと、日中は主に家事をしていた。
サーシャさんには家政婦として迎え入れたわけではない、と苦言を呈されてしまったのだが、好きでやっているのでやらせて欲しいと俺は頼んだ。
師匠のお世話をしていたこともあり、家事のスキルはそれなりにある。そんなことを話すとサーシャさんは「リディアにきつく言っておくわね」とニコリと微笑んでいた。
その時、俺は背筋がぞくりとしたのをよく覚えている。流石は師匠のお姉さんである……と、心の中で彼女は怒らせないでおこうと誓った。
そして、家中を掃除していると、後ろからステラがトコトコとついてくるのだ。じっと半眼で俺のことを見つめてくる。
くるっと翻って彼女の様子を見ると、陰にささっと隠れてしまう。一房の茶色の髪がはみ出ているのだが、微笑ましい様子だった。
「……じーっ」
「ふむ」
どうして彼女が俺のことを見つめているのか。もしかして、俺のことを監視しているのだろうか? 確かに両親から急に兄になる人間がやってくると聞かされて、戸惑っているのかもしれない。
やはりここですべきは、対話だろう。
俺は無害な存在であり、ホワイト家に害をなす存在ではないと知ってもらえればステラも安心するのではないだろうか。
そう思って彼女の方へ近づいてみる。
「……!」
驚いたのか、体全体を隠しているが俺はそれでも彼女の方へと歩みを進める。そして、膝を曲げて彼女の視線に合わせると声をかけてみることにした。
「俺に何か用があるのだろうか?」
「……あ、え……と」
もじもじとして、目を合わせてはくれない。じっと床を見つめながら、忙しなく髪の毛を触っている。
「急に知らない人間が来て驚くのも無理はない。ただ、俺はこのホワイト家に害を及ぼす存在でないことは、分かって欲しい」
「が、がいをおよぼす……?」
ポカンとした表情を浮かべる。
む……自分よりも年下の人間と接したことがないので、距離感がうまく掴めない。言葉遣いももしかして、難しかったのかもしれない。
「……悪いことをするつもりはない、ということだ」
「う、うん……」
話はそこで途切れてしまう。一歳年下の女の子が好むような話題を俺は知らない。それに、ずっと大人たちがいる環境で育って来た俺は同世代の人間とコミュニケーションを取る機会などなかった。
ここでどのような選択肢を取るべきなのが最善なのか、俺には分からなかった。
その後は掃除を続けて、洗濯物を洗ってから一気に干す。家事を一通り進めている間もステラはトコトコと俺の後ろをつけてくる。
何かいうことはないのだが、彼女は目的でもあるのか? 俺の言葉を信じず、監視を続けている……とも考えることができるが、そんな感じでもないような。
俺のそんな疑問はすぐに晴れることになるのだった。
「まぁ……! 全部レイが作ったの!?」
「おぉ! これは美味しそうだな!」
「……ごくり」
今日はサーシャさんの帰りが遅くなるということで、俺が夕食を作ることになった。無理はしなくてもいい、と言われているが別に家事全般は好きなので何の問題もない。
家には色々と材料があったのでビーフシチューを作ってみた。それにパンも自分で作ってみた。時間があったのでちょうど良かったしな。その他、野菜の付け合わせなども用意した。
自分でもすでに味見をしているが、かなり美味しくできたと思う。
「お、美味しいわ……!」
「……こ、これはっ! 母さんの作ったものより美味いんじゃないかっ!!?」
その瞬間、ルーサーさんの顔が歪む。俺から死角になっているが、きっと太腿をつねられたに違いない。俺はそんな様子を見て、苦笑いを浮かべながらも感謝の言葉を述べていた。
「ありがとうございます」
一方のステラといえば、一心不乱に食事を進めていた。特に言葉を発することなく、黙々と食べていたのだ。
「おかわりっ!!」
元気な声が室内に響き渡る。
彼女は大人しめの女の子と思っていたが、今はとても快活な笑顔を浮かべている。もしかして、俺がいることで萎縮していたのかもしれない。
「あぁ。すぐに持ってこよう」
量は多めに作ってあるので、俺はすぐに彼女の皿を取ると追加のビーフシチューを入れていく。ステラも我に帰ったのか、恥ずかしいのか小さな声で「……ありがとうございます」と言ってくれた。
俺だけではなく、サーシャさんもルーサーさんも彼女のことを微笑ましく見つめるのだった。
ホワイト家での日常は概ね、平和に進んでいる。しかし、この心の奥に宿る寂寥感のようなものは決して晴れることはない。
そして、次の日もその次の日もステラは俺の後ろをトコトコとついてくる。もはやそれは日課になりつつあった。後ろをチラッとみると、慌てて陰に隠れてしまう。
友達もいるだろうに、遊びに行かないのかと思ってそのことを尋ねてみる。
「ステラ」
「……っ!」
ビクッと体を震わせ、俺のことをチラッと見てくる。前までは視線をこちらにも向けてはくれなかったので、少しは進歩しているのかもしれない。
「せっかくの長期休暇だろう? 友達と遊びに行ってもいいんだぞ? 家には俺がいるから」
「……あ、えっと……その……」
彼女が俺に対して何か言いたいのだとわかったのは、ここ数日の話だ。監視をしているわけではなく、話しかける機会を窺っていると言ったところだ。
ただ、このままで埒が明かないということで俺から促してみることにした。
するとステラはギュッと服の裾を握ると、バッと顔をあげた。
「あ、遊びに行きたい……っ!」
「あぁ。行ってくるといい」
「お……お、おお、おお……」
「お?」
お、とはどういうことだ?
そう思っているとステラは大きな声を張り上げるのだった。
「お兄ちゃんと一緒に遊びたい……っ!」
胸を打たれるような感覚を覚える。何と形容すればいいのだろうか。ステラのそんな様子を見て、俺は感動を覚えていた。お兄ちゃんと言ってくれたのもそうだが、ずっと俺と遊びたくて様子を窺っていたのか……そうか……。
こんな俺を兄と呼んでくれ、遊びたいと言ってくれる。本当に嬉しかった。
「そうか。いいよ。何して遊ぶ?」
ステラは俺の言葉を聞くと、まるで向日葵のような明るい笑顔を浮かべるのだった。
「森! 森に行きたい!」
「森? そうか……」
あれから色々と調べたのだが、女の子は内向的な遊びなどが好きという情報を得た。人形遊びやおままごとが好まれる傾向にあると。
が、ステラはどうやら外で遊ぶことの方が好きらしい。
「よし。じゃあ、行くか。俺はジャングルでの経験もある。森に関してはある程度詳しい。期待してくれていいぞ」
「ジャングル……!? すごい、すごい!」
ということで俺たちは、近くにあるという森に向かうのだった。
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