第319話 終焉のその後
夢。
夢を見ている気がする。
真っ暗な世界の中で沈んでいくように、俺は意識を保っていた。暗闇。まるで深海の底に落ちていくような感覚。
あぁ。
俺は全てをやり切ることができたのだろうか。
仲間を守ることができたのだろうか。
幾多もの死を見てきた。血に塗れ、あらゆるものを犠牲にして戦い続けてきた。それがやっと終わりを迎えることができた。仲間の顔は今でもしっかりと覚えている。戦場で散っていく姿も数多く見てきた。
昨日まで隣で笑い合っていたというのに、次の日には居なくなってしまう。そんな日々を送ってきた。そして最後には、兄と戦うことになった。俺たちはどこまで行っても平行線で、殺し合うことしかできなかった。
あぁ。どうして俺は、殺すことしかできなかったのだろうか。もっとできることがあったのではないだろうか。
そんな後悔をどうしてもしてしまう。
光が見える。
上からの光をスッと見上げると、自分の体も上へ浮いていく。
俺はこれから、どうやって生きていけば──いいのだろう。
「……」
目が覚めた。
パチリと目を開くとまずは天井が目に入った。いつも見ている紅蓮の空ではなく、真っ白な天井だった。それに消毒液の匂いもする。そうか、俺は確かあの後……意識を失ったのだった。
自分の能力を全て解放し、兄が構築した世界を還元することで消失させた。
あまりにも大きな力を使ったので、そこで意識を手放したが……どうやら病院に運ばれたようだった。
「……レイちゃん?」
声が聞こえる方に、顔を動かす。するとそこにはキャロルがいた。目の下にはかなり濃い
「……キャロル。化粧してないのか?」
「……レイちゃんッ!!!」
ガバッと思い切り抱きついてくる。痛いほどに抱きしめながら、キャロルは涙を流す。溢れ出る涙が、止まることはない。嗚咽を漏らし、声を上げるキャロルの姿を見て俺は改めて戻ってきたのだと理解する。
「う……ぐすっ……良かったぁ……良かったよぉ……っ! レイちゃんもいなくなったら、本当にどうしようかと思ったよぉ……っ!」
「あれからどれくらい時間が経った?」
「う……ぐすっ……一ヶ月、経ったよ……」
「そんなにか……」
一ヶ月。
極東戦役が終了してから、もう一ヶ月も経っているのか。俺としては、それほど長い時間が経過したという感覚はない。眠って起きたら一ヶ月も経っていたという感じだ。
「レイちゃん。体は大丈夫?」
「ん? あぁ。痛みはないが……」
「? 別に何かあるの? お医者さんが言うには、命に別状はないって言ってたけど……」
キャロルは涙を拭ってから、そう尋ねてくる。
感覚的に理解できていた。俺は、あの最後の戦いで大切なものを失ってしまったのだと。手を何度か開いたり閉じたりして、感覚を確かめる。間違いないな。俺はもう……満足に魔術を使うことはできないだろう。
「魔術はもう、満足に使えないだろうな」
「そんな……」
キャロルは顔をハッとさせて、口元に手を持っていく。
「どうやら、
そう。
どうやら眠っている間の俺は自分の能力を無意識の内に押さえ込んでいたらしい。それはおそらく、生存本能がしたことだろう。また一つ気になる事がある。俺にずっと語りかけてきた少女は、どこにいったのだろうか。
今となっては、存在を感じることはでき無くなってしまったようだ。
「魔術が、使えない……か。でもその……もう、レイちゃんは無理しなくていいってことだよね?」
「無理はできないな。おそらくは、使えるようになるとしても年単位の時間が必要になるだろう」
「……そっか」
なぜか俺は冷静だった。
今まで魔術を使い、戦い続けてきた。きっと極東戦役中に力を失っていれば、ショックを受けていたかもしれないが。しかし、もう戦争は終わった。俺が魔術を使えるかどうかなど、些事に過ぎないだろう。それに、魔法は言うまでもなく使うことはできない。
おおよそ、なんとかかろうじて使うことのできる魔術のリソースは自分の
でも、俺はこれからどうやって生きていけばいいのだろう。
今までは戦場に向かって、敵を殺すことだけが生きる道だった。それはもう、する必要はない。魔術をまともに使えなくなった今、軍人として生きることもできない。
果たしてこれから、俺はどんな人生を歩んでいけばいいのだろうか。
「……師匠は、どうしていますか?」
最後の戦い。
師匠を助けたという記憶だけは残っているが、その先に何がったのかは知らない。俺は思い切ってキャロルに聞いてみることにした。
すると彼女は視線を少しだけ逸らして、その疑問に答えてくれた。
「……リディアちゃんは、意識がもう戻ってるよ。会話もできるし、元気だよ……」
「本当にそうなのか?」
生きているのは本当だし、会話もできるのは本当なのだろう。しかし、キャロルの声音は明らかに弱々しいものだった。
そして彼女は再び涙を流す。
「リディアちゃんは……その……下半身が……」
あぁ。
なるほど。
全てを理解してしまった。
最後の自爆をなんとか防ぎ、俺の力によって四肢は繋ぐことはできた。それでも、傷跡は確かに残っていたのだ。俺の還元の力も万能ではない。それを今、嫌というほど思い知ることになってしまった。
「師匠に会いに行く」
体を起こす。
痛みはないので、すぐにベッドから降りようとするがキャロルがそれを止めてくる。
「ダメだよレイちゃん! まだ安静にしていないとっ!」
「でも……」
師匠に会いたかった。
たとえ俺のせいで動けなくなったとしても、今はただただ謝りたかった。会って話がしたかった。でもキャロルが俺の体を懸命に止めてくる。そんな姿を見て、俺も無理をする事はできなかった。
「分かった。しばらく安静にしている」
「うん。ずっとお世話するからね」
儚げな笑みを浮かべる。
そうして俺は数日後、師匠のもとに向かうのだった。
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