第316話 魔術は世界を模倣する
「さぁ、レイ! 私を楽しませてくれ!」
溢れ出る漆黒の領域。兄は体全てに暗黒の質料をまとっていた。それは、魔法を使用するのには不可欠と言われている
そもそも魔法とはイメージをそのまま具現化するというものである。そこにコード理論のようなプロセスはなく、圧倒的な速度と圧倒的な力を保有しているのが魔法と呼ばれる現象である。
俺はどうしてこの世界にコード理論が生まれ、魔法ではなく魔術が今の世界に定着しているのかなど知りはしない。
ただ、この悲劇を生み出している兄を止めなければならないということだけは、この胸に刻まれている。
「──
発動するのは俺の本質に眠っている還元という能力。
これは
そして俺は、迫りくる漆黒の奔流を全て還元していく。
「ハハハハハハ! 流石だ! 流石はレイだ! これほどの能力、そしてそれを実行できるだけの処理速度! やはりお前こそが世界最高傑作だッ!!」
兄は狂気的に笑い続けている。
俺には何が楽しいのか全く理解できない。どうしてあんな悲劇を生み出しておいて、そんなに笑うことができる? どうして、どうしてなんだ……と考えるが、それはきっと無駄なのだろう。
そもそも生き物として違っている。
兄のことをそのように思ってしまうのも無理はなかった。生まれか育ちか、という議論はすでに無駄である。俺たちはその結果としてここに立って、戦っているのだから。
「──
自身の血液と
右手に握るのは冰剣。
俺は師匠から減速と固定という二つの本質を教えてもらい、それを完璧にマスターしている。さらに、今は還元という能力もある上にコード理論を適用しなくとも発動することができる。
全ての攻撃がノータイムであり、俺はそこから怒涛の連続攻撃を仕掛けていく。兄に攻撃する暇など与えはしない。生み出し続ける緋色の氷が、再現なく襲い続ける。
彼は
「あぁ……レイ! どうしてこんなにもお前は最高なんだ! その能力が手に入り、私がこの世界の真理に辿り着くことがこの人生の意味なんだッ!!」
瞬間。
俺の攻撃は圧倒的な暗闇の中へと飲み込まれていってしまったが、兄もかなりの力を使い果たしているようで肩で息をしていた。相手としては、今まで戦ってきた敵の中でも一番強いといって過言ではないだろう。
そもそも、魔術とは発動スピードが段違いに異なる上に、威力も桁違い。おそらくは師匠であっても兄に届くことはないのかもしれない。
「……どうして、そんなにも固執するんだ」
そう言わざるを得なかった。
人生の意味とはなんだ?
兄をそこまで駆り立てるものが俺には全く理解できなかった。
「魔術は世界を模倣する」
凛とした声が耳に入る。
「レイ。お前は疑問に思ったことがないのか? この世界の成り立ちのおかしさについて」
「……」
「どうやら、思っているところはありそうだな」
世界の成り立ちについて。違和感はずっと付き纏っていた。そもそも、どうして魔術というものが世界に定着しているのか。コード理論とは、元々自然界に存在していたものを人間が暴くことで体系化したと言われている。
しかしその一方で、疑問に思っていることもあった。
本当に魔術とは自然界に存在しているものなのか……と。違和感を覚えたのはコード理論を使って魔術を使う中で、使えば使うほど魔術の質が変わっていくような感覚を覚えていた時だ。
おそらくそれは、俺だけではない。他の七大魔術師たちもまた感じていることなのだろう。
「
「たとえそれが本当だったとしても、これだけの悲劇を生み出す必要はあったとは思えない」
「おそらくレイは、私が魂を収集していると勘違いしているだろう。人々の魂、そしてお前の魂を集めることで
違う……のか。
確かにそれは、俺のただの憶測に過ぎない。兄の体の中に複数の人間の魂が入り込んでいるのは分かっていることだ。俺はそこまで
ただこの世界の何か空間のようなものが存在していることは、分かっているだけだ。
「冥土の土産に教えてやろう。必要なのは、揺らぎだ」
「……揺らぎ?」
会話をしているが、決して油断はしない。両手には緋色の冰剣を握り、後方には複数の冰剣を展開している。すぐに戦闘になってもいいように。本来ならば、ここで耳をかすような真似をすべきではないのかもしれない。
俺はそれでも気になってしまった。
この会話には何か本質的なものがあるような気がしたから。
「そう揺らぎ。この擬似仮想空間とも言える世界は、情報の揺らぎによって成り立っている。歪曲ともいっていいかもしれない。魔法、魔術、それらを使用する際には必ず
「……」
揺らぎ。
歪曲。
歪み。
それらはずっと俺が感じてきた違和感の一つだ。魔術を使用するたびに、ここではないどこかの存在を感じる。それが揺らぎによって生じていると言う話は、理解できないものではない。
「レイ。どうして理解できない? この世界は異常なのだ。私は幼い頃から思っていた。どうして魔術が存在する? どうして魔法が存在する? 超常的な現象が生じているこの世界を異常だとは思わなのか?」
「……思わないし、思えない。それが当たり前の世界で生きてきたから」
「そうだ。それが普通だ。それこそが、当たり前の感覚だ。だが、私はッ! たまらなく恐ろしいのだッ!!」
震えている。
表情からしても本当に恐怖しているのだろう。両手で自分の体を抱きしめながら、兄は心の内を曝け出す。
「私たちは、超常的な現象によって何に干渉している? 物質、現象、そして概念に干渉する魔術まで生まれ始めた。そして魔法はさらにその上をいく。それがたまらなく恐ろしいと同時に、知る必要があるのだ。この知的好奇心が止まることはない。私はただ、平和に安寧に生きたいだけなのだッ!! 全てを知り、全てを理解して、その上で生きていくッ! 自分自身の存在を証明できなければ、生きている意味などない! レイ、お前はどうして生きているッ!!」
問いかけられる。
兄の言い分は理解できる。でもきっと俺たちは、永遠に平行線なのだろう。彼のことを異常者と割り切ってしまえば楽だっただろうに。俺はそう思えなかった。ただ踠き苦しんでいる一人の人間に過ぎないと分かってしまったから。
しかし、それで今までしてきたことが正当化されると言えばそうではない。
自分が生きていくために、他人を犠牲にしてもいいと言う理屈など存在してはいけない。俺は、今まで死んでいった仲間のためにも兄を倒さなければならない。
俺たちにあるのは、別々の想いだ。
兄は自己の存在証明のために。
俺は仲間のために、大切な人のために戦う。
正しさなど自分で決めるしかない。そして、この戦いに勝利した方こそが正しくなるのだ。自己を肯定するために、俺たちは戦う。
「俺は仲間のために、生きる。これから先も……きっとそう在りたいと願っている」
「他者に自己を委ねるのかッ!!? それは弱者の思考だッ! レイ、お前はこちら側に来れる器だッ!! 私と共に来いッ!!」
手を差し伸べてくるが、手を取るわけにはいかない。
首を横に振る。
俺は淡々と告げる。この決別は確定事項であると。
「兄さん。俺たちはどうあっても、交わることはない」
「そうか……あぁ。そうだ。私はいつだって一人だった。そうだ……レイならば理解できると思ったが、それも弱者の思考……あぁ……そうだ……!! 私はレイを殺して、世界の全てを殺し尽くして自分を証明するのだッ!! 安寧の世界を、私が手に入れるのだッ!!!」
溢れ出る漆黒の粒子。
それが天へ、天へと昇っていく──。
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