第295話 天才の覚悟


 二人で食事にやってきたが、そこでハワードは色々と後悔することになるのだった。


「エインズワース……」

「ん? どうかしたのか?」

「それ、全部食べれるのか?」

「あぁ! もちろん!」


 ニカっと快活な笑顔を浮かべるが、ハワードといえば冷や汗が滴っていた。


 テーブルにはこれでもかといっぱいの料理が所狭しと並んでいた。それはすべてリディアが注文したものだった。ハワードはまだ若い少女だから、食べる量はそれほどでもないだろうと思って、「いくらでも食べていいぞ。先輩だからな!」と言ってしまった。


 リディアがその言葉に対して、遠慮することなどあり得なかった。彼女はメニュー表からありったけの料理を注文すると、それをとても美味しそうに頬張っていく。

 

 ハワードもそれを摘むようにして食べるが、実際には食べている心地などしなかった。彼はまずは財布の中にある残金を確認すると、ギリギリ足りるか……とホッとするのだった。


「ハワード! お前、いいやつだな!」


 リディアはまさかここまで自由に奢ってくれるとは思っていなかったので──それはある種の勘違いなのだが──ハワードに対する好感度がかなり上がっていた。


 いわば、親戚のお兄さんのような感じだろうか。


 彼としてはここまで食べるとは予想していなかったので、冷や汗ものだが初めくらいはいいだろうと思って受け入れるのだった。


 といってもかなりの出費に変わりはないので、彼の今月の生活はそれになりに厳しいものになってしまうのだが。



「ふぅ〜。食べたなー!!」

「あぁ……そうだな。いつもこれだけ食べるのか?」

「ん? いや、いつもは普通くらいだぞ? ただ好きなだけと言われると、好きなだけ食べたくなるもんだろ?」

「……そうかもな」


 好きなだけ食べるとはいうが、流石に限度があるだろうとハワードは思う。それほどまでにリディアが平らげた料理の量は異常だった。途中では、料理をもってくる店員ですら訝しげな表情を浮かべていたのだから。



「で、話ってなんだ?」



 やっと本題に入れるようだが、リディアは満腹なのか少し眠そうだった。しかし彼もここまで来て遠慮することはなかった。


「まぁ大したことじゃないが……まずはそうだな。軍に入ってどうだ?」

「……うーん。まぁ、思った通りだな」

「思った通り?」

「あぁ。面白そうなやつがたくさんいた。お前も含めてな」

「俺も?」


 ハワードは首を傾げる。彼の自己評価としては、決して何かに突出しているわけではない。天才と言われていたが、軍の中では特別な存在ではなかった。


 別にリディアが気にする要素など持っていないと彼は思い込んでいたからだ。


「あぁ。天才魔術師だって、聞いてるぞ?」

「それは……どうだろうな」

「ん? 誇らしくはないのか?」

「ははは。それをお前がいうのか?」


 と、首を傾げながらハワードはそう言った。それはきっと、皮肉も含んでいたのだろう。確かに彼は天才と謳われている魔術師だ。しかし、それはリディア=エインズワースの前では霞んでしまうだろう。


 彼女は、魔術師の歴史が始まって以来の天才中の天才なのだから。


「あぁ。なるほど。お前は才能のことを聞きたかったのか」


 リディアはハワードがどうして自分のことを呼び出したのか。そのことを一連のやり取りですぐに理解した。現在はデザートを食べているのだが、スプーンをおくと口元をナプキンで拭う。


「おおよそどうしてこの若さで軍に進むことを希望したのか、とか聞きたいんだろ?」

「お見通しだな」


 参ったと言わんばかりに両手をあげる。そしてリディアは打って変わって、真剣な表情になる。


「私は昔から思っていた。いや、お前も思ったことがあるだろう?」

「何のことだ?」

「自分は天才で、誰もが羨む才能を持っていると。自覚はあるだろう? 才能がある側の人間であると」

「それは……まぁ、そうだが」


 ハワードまた才能のある人間の一人だ。おそらく魔術師の中でもすでに上位に位置しているのは間違いない。軍人としての能力も高く、伊達に若くして特殊選抜部隊アストラルに抜擢されているわけではない。


 リディアだけではなく、それはハワードもまた共感できることだった。


「努力だけでは辿り着けない領域が存在する。そのことに気がついたのは、幼少期だった。思ったさ。どうして周りの人間は同じことが周りができないんだろうかと。そして、理解した。自分には誰もが持っていない才能とやらを持っていると」


 まるで遠い過去を想起するように彼女は語り始める。


「私の出身は大した家庭じゃない。両親は魔術師だが、それでも普通の範疇に収まる。姉も普通だ。しかし私は魔術師の歴史の中でも最高と言っていいほどの才能があった。学院では貴族どもがケンカをよく吹っかけてきた。その度に、私は返り討ちにしていたがな」


 ニヤッとした表情をして語るその姿は、リディアらしいとハワードは思った。彼女の武勇伝は有名であり、一人で二十人の貴族を相手にして無傷で返り討ちにしたという話もある。


 しかし、彼女は途端にその表情から感情が抜け落ちたように、無表情になる。


「初めは痛快だった。でもな、私はやはり孤独だった。周りにはアビーとキャロルという天才がいたが、やはり私に届き得る人間は一人としていなかった。ただただ私は怖くなった。この才能は私をどこに連れて行くんだろうと思ったさ」

「……」


 ハワードは純粋に驚いていた。リディア=エインズワースといえば天才の中の天才であり、将来を約束されている魔術師だ。だからこそ、そのような悩みを抱えているなどとは夢にも思っていなかった。


 だがリディアは自分の心情を吐露し続ける。


「私の才能を前に潰れていった人間は多い。それこそ、私に出会わなければ魔術師として大成していたかもしれない。その可能性を摘んで、私は前に進み続けた。そして分かったことが一つある」

「それは……?」


 恐る恐る尋ねる。返ってきた答えは、リディアは自分の人生の指針としているものだった。



「才能にはそれ相応の責任が伴う」



 ハッとする。自分の才能についての責任など考えたことはなかった。ハワードはただ、知りたいだけでしかなかった。自分よりもはるか上の天才が何を考えて特殊選抜部隊アストラルに辿り着いたのか。


「才能には責任が伴う、か」

「あぁ。私の才能には、この能力には多大な責任がある。だからこそこの力を大衆のために使うべきだと、そう思っただけさ。ま、きっとこれは自己満足にすぎないだろうがな。それでも私はそれを信条に生きて行くことを自ら選択し、ここに辿り着いた」

「……純粋に思う。お前は凄いやつなんだな」

「ははは! 当たり前だろう? 私は史上最高の天才なんだからなっ!」


 その顔に先程のような陰りなどありはしなかった。


 彼は知った。自分よりも遥か年下の天才魔術師は、自分の才能との向き合い方を理解しているのだと。いや理解しているというよりは、自分の生きる道を自分自身で決めているのだ。


 その姿に憧れた。


 尊敬をするのに年齢など関係はない。ハワードは心からリディアのことを尊敬していた。あまりにもその姿が眩しかったからだ。


 こうして彼はリディアとの出会いを機に、さらに成長していくことになるのだった。


「ふぅ。今日は奢ってくれてありがとな!!」

「いやいいさ。値段以上に大切なものを教えてもらったからな」

「お! なら、今後も私に奢るか?」


 それは冗談めいた声に聞こえるが、実際のところリディアは半分本気だった。


「いや遠慮しておく。このままだと俺が破産するからな」

「ははは! それが懸命だな! じゃ、ハワード。改めてよろしくな」

「あぁ」


 握手を交わす。


 こうしてハワードは本格的に特殊選抜部隊アストラルでの活動を始めていくのだった。


 

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