第289話 極東戦役、前線へ



「今日集まってもらったのは、極東戦役の件だ」


 ブリーフィングルーム。そこに特殊選抜部隊アストラルのメンバーが全員集合していた。全員ともに神妙な面持ち。それは予め伝えられていたからだ。


 今回の件は極東戦役の件であると。


 すでに王国だけではなく世界的にも一大ニュースとなって報じられている。魔術が体系化され、そのおかげで世界は大きな発展を遂げた。その世界で初めて起きた魔術を使用した大規模な戦争。


 すでにその規模はかなりのものとなっており、死傷者は千人を超えている。しかしそれはあくまで報じられている人数であり、実際の数はそれを優に上回っていると言われている。


 王国もまた今回の件に対して同盟を結んでいる国から要請があった。今回の戦争は魔術大国であるアーノルド王国が出るしかないというのは、すでに周知の事実だった。


 また今回の戦争は小国同士の宗教問題と言われているが、実際のところその背後に帝国の影があるのは間違いなかった。


 実質的に言えばこれは、王国と帝国の戦争。世界で最も栄えている二国による大規模戦争。そう捉えても、過言ではない。それほどまでに極東戦役は混沌を極めていた。


「フロール。概要を」

「は」


 ボードの前に立つと、フロールは極東における戦場の状況を描いていく。そして彼女は現在の戦場について語る。


「敵兵の戦力は千から二千。これだけの兵力であればすぐに鎮火できると思いますが、厄介なのは手練れの魔術師が混ざっているということ。一人で大隊を圧倒できる魔術師も出ているとか。その真偽は不明ですが、暴走している兵士もおり戦場はまさに地獄とかしています」


 王国の諜報機関が集めた情報を、彼女は冷静に説明した。現在の戦場では死傷者の数がかなり多い、特に暴走している兵士がそれを荒らすことでさらに混沌とかしていた。


「フロールの説明の通り、兵士の中には魔術領域暴走オーバーヒートを引き起こしている者もいる。それが敵味方問わずに暴れ回り、戦場は地獄と化している」

「……魔術領域暴走オーバーヒートか」


 ボソリと呟くのはリディアだった。彼女は知っている、魔術領域暴走オーバーヒートの危険性を。誰よりも才能に溢れ、神に愛された少女と謳われているが何のリスクもなしにここまで来たわけではない。


 実際にリディアは魔術領域暴走オーバーヒートギリギリまで魔術領域を酷使したことがある。


 また魔術領域暴走オーバーヒートに関しては現代魔術によって引きこされた病とも言われており、原因としては魔術の過度の仕様だけではなく、精神的なものも原因になると言われている。


 魔術を使わざるを得ない戦場。さらには、人を殺すしかないという戦場では過度のストレスが魔術師を襲う。それらが相まって戦場では数多くの兵士が魔術領域暴走オーバーヒートを引き起こしている。


「質問よろしいでしょうか?」

「エインズワースか。構わない」

魔術領域暴走オーバーヒートしている兵士の数は把握できているのでしょうか?」

「いや、それはできていない。ただ魔術領域暴走オーバーヒートしているのは、若い兵士に多いそうだ」

「若い人間……なるほど」

「何か分かったのか?」

「いえ。まだ憶測の域を出ません。明確に判明すれば、共有しようと思います」


 そこで一旦、話は打ち切られた。


「それでレイについてなのだが……」


 ヘンリックはそこで話題をレイのものへと移す。もちろん、特殊選抜部隊アストラルが極東戦役へ出動するのは決定事項。それは全員ともに覚悟はできていいた。


 だが問題は、レイを参加させるべきなのか。それだった。


 ヘンリックとしてはレイの参加を熱望している。単純に戦力としてみれば彼の代わりは王国にはいないだろう。それにレイのいないメンバーとなれば、総合力は一段と落ちてしまう。


 すでに全員が認めている。今のレイは、すでにリディアに迫りつつあると。キャロルやアビーすらも超えて、彼は天才のさらなる先の領域にたどり着こうとしている。


「私はレイが望むのならば連れて行ってもいいと思っている。皆わかっているように、レイの戦力はかなりのものだ。エインズワースに匹敵する彼をここで投入しないわけにはいかない。上にも彼を連れていくように言われている。しかし、敢えて問いたい。レイ、君は参戦するつもりはあるか?」


 全員の視線がレイに降り注ぐ。彼のその瞳にはすでに確かな覚悟があった。まだレイは実戦で人を殺めたことはない。しかし、戦場に行くということはその可能性を考慮しなければならない。


 いくら強くとも、彼はまだ子どもなのだから。



「レイ。どうする──?」



 凛とした声が室内に響き渡る。リディアは視線を下げると、見上げるレイと視線を交わす。その交差する視線だけで十分だった。レイは戦場に行くつもりであると。


「自分は……戦いと思います。この部隊は自分にとって家族のような……いえ、家族そのものです。だからこそみんなと共に進んでいきたい。それに、呼ばれているような気がするんです」

「呼ばれている? どういう意味だ?」

「師匠……それは、具体的には言えません。ただの感覚的なものですが、行くべきだ思うのです」

「覚悟はいいのか?」

「はい。才能には責任が伴う。それを果たす時でしょう」

「そうか……そうだな」


 大きくなった。


 それは肉体的な面よりも精神的な面で。大人びたレイを見て、リディアは感慨深そうに彼を見つめる。


 あの時の面影はなくなっている。今目の前に立っているのは、覚悟を持っている軍人だ。しかし、疑問に思ってしまう。一体何が、レイをそこまで駆り立てるのか。


 レイのことならば何でも知っていると。何でも把握していると思っていた。だが実際のところ、その真意は理解できていない。結局のところ、完璧に他者を理解することなど不可能であるとリディアは悟った。


 いつも近くにいるというのに、どこか遠くに行ってしまったような……そんな感覚を覚える。


「レイの了承も取れたようだな。では具体的な話をしていこう──」


 ヘンリックによる話は、二時間ほど続いた。



 ブリーフィングが終了し、各々は解散となった。王国を出発するのは一週間後。それまでは準備期間となった。


「レイ。筋トレしていかねぇか?」

「あぁ。俺もちょうど誘おうと思っていたところだ」


 レイの前に立つのはデルクとハワードだった。彼はそのままリディアと一緒に帰宅しようと思っていたのだが……。


「行ってこい。私は先に帰ってる」

「分かりました」


 リディアの許可ももらったことで、レイはいつものようにデルクとハワードと共に筋トレをすることになった。筋肉に関してはこの二人の右に出るものはいないだろう。リディアも鍛えてはいるが、やはりそれは女性ということがあって男性には届かない。


 だからこそ、彼女も二人にレイを任せることを許しているのだ。


「レイ。最近、かなりいい筋肉なったんじゃねぇか?」


 三人で歩みを進める。基地内にあるトレーニングルームに向かっている最中、デルクがそうレイに言葉をかける。


「そう?」

「あぁ。それに身長もめっちゃ伸びたな! 昔からは考えられねぇぜ」

「俺もそう思う。レイは色々とでかくなったな」


 デルクの言葉には、ハワードもまた同調する。レイは成長した。大人びているのは当然だが、その肉体もすでに大人のものに近づきつつあった。内部インサイドコードの影響もあって、彼の肉体の成長は早い。



「よしっ! 今日はアレいってみるか?」

「アレか……しかし、一週間後には国を出ることになる。大丈夫なのか?」

「大丈夫だぜっ! 多分……?」

「はぁ。デルクは本当に大雑把すぎるよ。今日は軽めにしておきなよ」


 と、レイが嘆息を漏らす。これではどちらが大人なのかわかったものでは無いが、三人ともにこの空気感が好きだった。


 それこそ戦友と呼ぶのだろう。


 そうして三人は筋トレに励むのだった。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る