第269話 超次元テニス


「レイちゃん。はい、あーん」

「……あーん」


 キャロルは自分で作ったサンドイッチをレイの口元へと運ぶ。そして彼はそれをパクリと食べるが、特に表情に変化はなかった。


「美味しい?」

「……うん」

「そっかー! うんうん。レイちゃんのために作ってきたからねっ! よかったよっ!」

「……ありがとう」


 レイはボソリと感謝を述べた。そのあまりにも愛らしい様子にキャロルは感極まってレイに抱きつくのだった。


「もう、本当に可愛いんだからっ! 食べちゃいたいくらいだよっ!!」


 と、キャロルがそういうとリディアはジロリと睨みつける。


「おい。あんまりにレイに触れるなよ。お前は色々と危険だからな」

「えーっ!? もしかして、リディアちゃんてば嫉妬かな? かなかな?」


 煽るようにして言葉を返すキャロル。それに対して、リディアは頬をピクリと動かして答える。


「お前が変なことをしないか心配なだけだ。レイはまだ幼いからな。変はことを考えるなよ?」


 じっと半眼で睨みつけるが、どうやらキャロルは全く気にしていないようだった。


「もちろん、わかってるよ〜っ!」


 ニコニコと笑っているが、キャロルがどのような動きをするのかしっかりと見極める必要があるな……とリディアは内心で考える。


 思えばきっと、この時からリディアの親バカは始まっていたのかもしれない。


 四人で仲良く昼食を取った後、リディアとレイは試合をすることになった。その二人の様子をベンチで見守るアビーとキャロル。


「ねね。アビーちゃん」

「どうした?」

「レイちゃんって、運動神経いいんだよね?」

「キャロルはリディアの報告書には目を通したか?」

「うん。でもあれってちょっと盛りすぎだよねぇ……」


 と、キャロルがその先の言葉を続けようとした瞬間。彼女はあり得ないものを目にした。


 そう。レイはその小さな体でリディアとまともに打ち合っているのだ。



「ふふ! ふはは! いいぞ、レイ! この私と真正面から打ち合えるとはな!!」

「……まけない」



 はっきり言ってそのボールの軌跡を追いかけるのがやっと。二人のボールの速度はすでに常人の域を超えている。互いにコーナを狙って打ち合うが、それを器用に返していく。

 

 驚べきなのはレイの敏捷性だろう。リディアは身長も高く、四肢も長い。だからこそテニスはかなり向いているのだが、レイはそんな彼女とほぼ互角に打ち合っているのだ。


 そしてあろうことか、レイは緩急をつけてドロップショットを放った。


「……ぐっ!! レイ、やるな……っ!」


 そのポイントはレイが取ったものだった。彼の放ったドロップショットはバウンドすることはなかった。まるで地面に張り付くかのように、ボールはツーっと

転がっていく。


 リディアが得意としている技であるが、それをレイは使用したのだ。それもリディアの隙をつくような形で。


「……まけない」

「ふふ。その瞳、お前も分かっているようだな。いいだろう、レイ。久しぶりに本気で相手をしてやろう。フハハ!」


 その二人の様子を見て、キャロルはポカーンと口を開けたままだった。


「えっと……レイちゃんって、もしかしてテニスのジュニア王者とか?」

「いや。スポーツは初めてらしい」

「ということは、あの報告書は?」

「全て事実だろう。リディアにしてはよくまとまっているな。レイの運動センスは疑いようがないだろう」


 その後。テニスコートで起きた出来事はまさに超次元テニスと形容すべきものだった。至る所で爆発のようなものが起きるが、二人はそんな戦場のようなコートを縦横無尽に駆け抜ける。


「ふははは! 私のカウンターは実は六つあるんだっ!」

「……ぐっ!」


 本気を出したリディアはもはや圧倒的……と思いきや、レイは徐々にくらいつけるようになっていた。そして気がつけば、リディアの死角をつくようにしてエースを決める。


「なぁ……!? まさか、私の死角が見えているのかっ!!?」

「……ししょうはすきが多い。すけすけ」

「ククク……アハハハハハハハ!! あぁ、レイ。お前は最高だよっ!」


 そうして終盤戦へと入ったのだが、そこはもはやテニスをしているとは言い難い世界だった。コートにはクレーターができて、土煙が舞い散る。その煙の中を縫うようにして互いに本気のショットを放つ。


 完全に有利なのはリディアだが、それでもレイは食らいつく。そして気がつけば、レイはその土埃の中で大の字に寝転がっていた。


「はぁ……はぁ……私の勝利だなっ!!」


 と、高らかに宣言しているが、流石にまずいと思ったのかキャロルとアビーはすぐにレイの元へと近寄っていく。


「レイちゃんっ!」

「レイ、大丈夫か!?」


 そう声をかけると、レイはその場にバッと飛び上がるようにして起き上がる。


 そして、パンパンと土埃を払うと小さな声で呟いた。


「……つぎはまけない」


 そんなレイの様子を見てアビーとキャロルは安心したのか、それともレイの様子がおかしいのか少しだけ笑ってしまう。


 そしてリディアが近寄ってくると、優しくレイの頭を撫でるのだった。


「あぁ。いつでも挑戦を受けよう。私はレイの師匠だからなっ!」



 四人で帰宅すると、レイをお風呂に入れると言ってキャロルは二人で浴室へと向かってしまった。残ったリディアとアビーは夕食を作ることにした。といってもリディアは味見をするだけで、何もすることはないのだが。


 トントントンと包丁の音が響く。そんな中、アビーはリディアに話しかける。



「リディア。レイは本当にすごいな」

「だろ? あいつはすごいやつになるぞ?」


 ニヤッと笑う。それはどうやら、心からそう思っているようだった。


「思うに無意識に内部インサイドコードを使っているようだな」

「お、アビーにも分かるか?」

「そうでないとあの動きに説明がつかない。子どもが無意識に魔術を使っている事例は多々ある。しかしレイの場合は異常だな。あれは子どもの領域ではない。それこそ、並の魔術師技量はすでに超えているだろう」

「あぁ。だからこそ、だ」


 リディアはコップの水をグイッと一気に呷ると自分の考えを述べる。


「まずはスポーツで感覚を慣らそうと思ってな。その後に本格的に魔術を教えるべきだろう」

「まさかそこまで考えていたのか?」

「当たり前だろう。私はレイの師匠だぞ? 弟子のことを考えるのは当たり前だろう」

「……」


 目を見開く。長い付き合いのアビーは知っている。リディアは他人のことをおもんぱかるような人間ではないことを。しかし、どうやらリディアは少しずつ変わってきているようだった。


「変わったな、リディア」


 ボソリと呟くその声は、リディアに届くことはなかった。


「? 今なんて言ったんだ?」

「なんでもないさ。で、レイに魔術を教えることはいいだろう。しかし、そのさきに繋がっているのは……」

「分かっている。あの才能は規格外だ。おそらくは現時点で私を超える魔術師になる可能性がある」

「お前がそこまでいうほどか?」

「あぁ。きっと私は今、限りなく全盛期に近いだろう。魔術師は十代後半から二十代前半にピークを迎える。例外もあるが、私もきっとそうだろう。それを踏まえても、レイの魔術師としての才能はすでに今の私に迫りつつある」



 それは忌憚のない感想だった。レイと過ごすようになったからこそわかる事実。彼がどのような軌跡を歩んできたのかは、まだよく分かっていない。しかしだからこそ、その才能に押しつぶされないように導くべきとリディアは考えていた。


「才能には責任が付きまとう。レイはすでに軍の上層部に存在を知られてしまった。でもだからこそ、自分の能力との付き合い方は覚えるべきだろう。この先、あいつがどんな人生を歩んでいもいいようにな」

「……そう、だな」


 アビーはどこか遠くを見つめるようにして、リディアを見つめる。


 ──天才は天才を知る、ということか。


 そんなことを思いながら、アビーは夕食の準備を進めるのだった。


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