第261話 レイとの出会い


 極東戦役。


 当時はまだその名称ではなかったが、徐々に魔術による紛争が増えつつあり、世界では魔術による大規模な戦争が行われるのではないかという懸念が囁かれていた。


 そんな中で特殊急襲部隊アストラルの活動は活発になりつつあった。現在は東での紛争が多くなってきており、王国にも出撃要請が他国からあるほどに。


 現在の世界で台頭している国は、エイウェル帝国とアーノルド王国。その二つの国を中心に魔術は進化し続けている。


 そもそもコード理論の発祥自体は、アーノルド王国である。そのため、魔術に関しては王国こそが大元と言われてはいる。エイウェル帝国もまたそれを追いかけるようにして、発展しつつあった。


 だが勢いだけでいえば、エイウェル帝国の方が上。そのような声もあるほどだった。



「ふぅ……今回も無事に終わったな」


 汗を拭う。


 今回も無事に任務を終えることができた。すでにリディアとアビー達は、実戦を経験し始めていた。この部隊での編成も固まってきており、作戦の立案に関してはキャロル。そして、全体の指揮はヘンリック。


 残りのメンバーは部隊を率いて戦う、ということを幾度となく繰り返していた。


「そうだな……しかし、ここに派遣されて一ヶ月が経つが、いつになったら終わるものかと思うな」


 そんな彼女に寄り添ってくるのは、アビーだった。彼女もまた初めての実戦では呆然としているだけしかなかったが、今は十分に慣れてきつつあった。


 ヘンリックの懸念は二人のメンタル面だった。実戦では人を魔術で傷つけることも含めて、殺めてしまう可能性も出てくる。しかし、それは杞憂に過ぎなかった。


 天才はメンタルがもろい。そう言われることは昔からよくあることだ。エリート気質で育ってきているために、自分の予期しない事態が起こると対応できない。


 むしろ早熟の天才にはよくありがちな話ではあるが、それも含めてその二人に問題はなかった。


 アビーは初めての実戦で苦い思いをしたが、すぐに切り替えていた。




「ガーネット少尉。大丈夫なのかい?」

「はい。問題ありません」


 念のためのヒアリングということで、ヘンリックはアビーを呼び寄せてそう尋ねてみた。


 彼女はいつものように真面目な顔で、淡々と返答をする。



「もし厳しいようだったら、こちらでも作戦指揮に加わるように手配することはできるけが?」

「いえ。そちらはキャロルとファーレンハイト少佐がおりますので、私はそちらに行くわけにはいきません」

「そうか……もし何かあれば、遠慮なく言って欲しい」

「私の精神面のことをご心配しているようですが、私も覚悟を持ってこの場におります。それはご理解いただけますと、幸いです」


 それは虚勢ではなかった。あの時はただ初めてのことに面食らってしまったが、彼女はもう一度戦うのが怖い……ということはなかった。


 あれから帰還したアビーはリディアにも心配されていたが、メンタル面で大きな問題はなかった。むしろ、不甲斐ない自分を恥じてさらなる躍進に努めるべきだと考えている。


「そうか。余計なことを聞いて、申し訳ない」

「いえ。ご懸念に関してはもっともかと。自分の不甲斐なさが露呈してしまったようで。以後、注意したいと思います」

「分かった。下がって良い」

「は。失礼します」


 敬礼をして、下がっていくアビー。そんな彼女の様子を見て、「はぁ……」とため息を漏らすヘンリック。


「どうかしましたか?」


 隣に立っていたフロールはやっと口を開く。彼女としても今回の件で自分が口を挟むことではないと思い、今まで黙っていたのだ。


「あれが十六歳見えるかい?」

「……見えませんね。軍人にしては模範的な人間ではありますが、おおよそ少女の立ち振る舞いではありません。私も初めての実戦のあとは、もっと心身にダメージを負っていました」

「そうだ。それこそが普通だ。ただ、まだガーネットはギリギリ正常な方だ。問題は、エインズワースだろう」


 リディア=エインズワース。


 その存在は、特殊選抜部隊アストラルの中でも際立っている。あらゆる技能が全て高水準。そして、初めての実戦でも問題なく魔術を行使して無事に相手を鎮圧。


 その実績にはヘンリックを含めて、軍の上層部も驚きを示すほかない。


 たった十六歳の少女が実戦に物怖じせず、無事に任務を完了した。相手を殺してはいないが、その冰剣で四肢を刎ねとばすことに躊躇はしなかった。


 その実績に関して二人は驚くしかなかった。


「……そうですね。流石にあれは、私も驚きました」

「あぁ。それも含めて、彼女に関してはしっかりと面倒を見ていく必要がある。それに天才にはアレが付き纏う」

「……魔術領域暴走オーバーヒートですか」

「そうだ」


 魔術領域暴走オーバーヒート


 それは高位の魔術師によく確認されている現象。魔術領域が暴走し、焼き切れてしまう現象。その痛みは想像を絶するものだと言われている。


 今まで天才と謳われてきた魔術師の中でも、魔術領域暴走オーバーヒートにより引退せざるを得ない魔術師はいた。


 彼女達三人、特にリディアに関しては魔術領域暴走オーバーヒートは今の一番の懸念事項と言っても過言ではないだろう。


「そこは様子を見ていこう。彼女を失うわけにもいかないという理由はあるが、私は彼女の前向きさが好きなんだ。失うのは惜しい。部隊も明るい方がいいからね」

「……ロリコンですか?」


 フロールがジトーっと見つめるが、彼は慌ててそれを否定する。


「違うに決まっているだろうっ! あくまで部下としてだっ!」

「ま、そういうことにしておきましょう」



 そのようなやりとりがありつつも、特殊選抜部隊アストラルの活動は問題なく進んでいった。


 そして彼女達は最も紛争の激しい、極東へとやって来た。極東にある小さな国。現在はそこでなぜか魔術による紛争が激しく行われているという。彼女達は正式に依頼を受けて、入国。


 場合によっては武力行使によって鎮圧するという話にもなっていたが、そこにあったのは見渡す限りの焼け野原だった。


「酷いなこれは……」

「あぁ。炎系統の魔術か……完全に焼け野原だ」


 その焼け野原を見ていれば、魔術の兆候は理解できた。誰がしたのかわからないが、そこには焼け焦げた人間も転がっていた。すでに絶命しているのは間違いない。


 近くにあった村にも向かったが、そこも同様だった。この規模の被害はリディア達も見るのは初めてなので、ただ呆然とするしかなかった。


 だがそんな中、リディアは急に駆け出したのだ。



「おい、リディア!! どうしたんだっ!!?」


 アビーの声を無視して、彼女はそのままこの焼け野原を疾走していく。他の隊員の声も聞くこともなく、一心不乱に進んでいく。



 ──間違いないッ! 生きている人間がいるッ!!

 


 駆け抜ける。リディアが微かに感じた兆候。それは、確実に生きている人間から漏れ出した第一質料プリママテリアだった。


 それを追いかけるようにして進んでいくと、そこには呻き声を漏らしている小さな子どもを発見した。


 

「おいッ!? 大丈夫かッ!!?」



 その場に倒れ込んでいる子どもを発見する。体はボロボロで、今にも死にそうな状態であるのは一目見て理解できた。


 彼女はすぐに、治癒魔術を施す。外相は酷いが、ここで治癒魔術をかければ間に合う。


 そんな思いから、リディアは懸命に魔術を施す。すると少年は呼吸が安定してきたのか、一命は取り止めたようだった。


「リディア。その子どもは?」

「唯一の生き残りらしい。ここにいる気配がしてな。間に合ってよかった」


 その後、部隊の全員が集まりその少年を保護することになった。


 これこそがリディア達とレイの出会いだった──。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る