第260話 アストラル始動
そのため、訓練に当てている時間の方が長いこともある。あれから三人は、一応王国軍の寮を借りることになった。部屋は流石にここまでくると別々になったのだが……実際のところ、リディアの部屋にはアビーとキャロルがよく集まる。
アビーがいる理由としては、リディアは自分で家事ができない上に朝も彼女が起こさなければ寝坊してしまうからだ。キャロルがよくいるのは純粋に寂しいから、という理由らしい。
「おい、リディア。朝だぞ」
「うぅん……あと五時間……」
「ばか。そんな寝ていいわけがないだろう。遅刻は絶対に許さないからな。もう私たちは、正規の軍人なんだ」
士官学校を卒業したということで、それぞれの階級は少尉になっていた。その中でもアビーの優秀さは目立ち、すぐにでも階級が上がると噂されているほどだ。
性格も真面目で、しっかりとしている。それに加えて魔術師としての力量も高く、聡明だ。彼女のことを軍が高く評価するのは、ある種当然のことだった。
一方のリディアとキャロルの存在は完全に持て余しているのが実情。その手綱を握っているのはアビーということもあって、彼女の階級はすぐに上がりそうというのは軍の上層部の判断である。
「ほら、起きろッ!!」
「うわ……っ!」
布団を剥がされて、リディアは一気に目が覚める。
「うぅ……まだ少し肌寒いんだぞ! 布団を奪うなんて、横暴だっ!」
「はぁ……リディア。いい加減成長してくれ……」
と、いつものようなやりとりをして彼女達は今日も今日とて部隊での活動を続ける。
現在の世界情勢としては、エイウェル帝国が主導となって世界へ魔術の技術を広めてる。それはもちろん、魔術の発展という観点において重要なことだろう。
アーノルド王国でもまた、魔術学院が盛んになっているおかげで、魔術の進歩はコード理論が生まれてから目覚ましいものになっている。
しかし、王国はまだしも帝国には黒い噂があった。それは魔術を殺人の道具として利用しているのではないか……ということだった。
魔術の技術をある組織流しているという噂もある。また帝国に存在している暗殺組織が暗躍しているなど。おおよそ、エイウェル帝国にはいい噂も、悪い噂も存在した。
現在はまだ確証がないため、あくまで噂程度の話でしかないのだが。
そうしてリディア達が
そこでの部隊編成も固まってきており、キャロルとヘンリックは後方支援。全体の状況を見て、作戦を立てそれを伝達する。
他のメンバーは前線に出て戦う。
また相手は人間だけではなく、魔物が活性化したときには駆り出される時もあった。そのような生活を続けていく中でついに実戦を経験する時がやってきてしまった。
「今日の作戦になるが、
ヘンリックが告げる内容は、ある人物の暗殺を含めた内容だった。決して殺すことが目的ではないが、それも視野に入れている。
魔術を使用して世界を混乱に貶めようとしている。そんな組織の台頭を事前に潰すために、今回の作戦が立案された。
「ついに実戦か……」
ボソリと呟くリディアは、真剣な表情をして対象の自画像をじっと見つめる。
今まで魔術を使用して戦うことはあったが、実戦の経験はない。実戦になれば、相手を殺すことも視野に入れなければならない。
彼女は天才ではあるが、まだ若い人間であることに変わりはない。今回の作戦でも、リディアとアビーには任せられないという話だったが……。
「いざとなったら、私がやろう。デルクとハワードだけに任せるのは危ないだろう。いざというときの覚悟はすでに決まっている」
淡々とリディアはそう言葉にした。
いつかこんな日がやってくるのは分かっていることだった。
躊躇がないといえば嘘になる。しかし、リディアのその双眸を見つめれば確かな覚悟が宿っていることは間違いなかった。
相手もまた武装している。今回の襲撃で、完全に無力化するのは困難である可能性もある。
むしろ、殺してしまったほうが早い。軍からそのような状況になることもあり得ると言われているからだ。
そしてついに作戦が開始することになった。
この王国の東を根城にしているらしく、そこには武装している集団が地下空間に集まっていた。そこを襲撃。全員で強襲を開始すると、あっという間に占拠していく。
ここにいる全員はその全てが熟達した技量を持っている。一方の相手は武装しており、数も多いが完全に
あっという間に制圧してしまうと、奥に逃げているボスらしい人間を発見。
「見つけたな」
「あぁ。こいつを確保すればいいんだな?」
リディアとアビーはすぐに移動すると、小太りの男を捉えた。共有していた男で間違いはないので、とりあえずは魔術によって動きを封じておく。
「ふふ……フハハ!」
嗤う。
すでに詰まっているというのは、相手の男は急に高笑いを始める。
「お前達がくることは分かっていたんだよぉ!!! お前ら、やれッ!!」
その言葉を合図にして、上から新しい人間達が降りてくる。
奇襲。今回のそれは、リディア達が誘い込まれてしまっただけ。あくまで先ほどまでの戦闘は、自分たちが不利だということを知らしめるためのものだった。
降ってきた人間は魔術に長け、殺しとしての魔術を極めている魔術師ばかりだった。
咄嗟のことで反応が遅れてしまったのは、アビーだった。それを相手も分かっているのか、彼女へと凶刃が迫る。
「アビーッ!!!」
リディアが声を上げる。今は他のメンバーはちょうど外の相手と戦っている。つまりは、ここにいる二人だけで戦うしかなかった。
リディアは一気にコードを走らせると、魔術を展開する。
《
《
《
《エンボディメント=
「──
その手に出現するのは一本の冰剣。それを躊躇なく振り抜くと、相手の右腕が弾け飛んだ。血が舞い、返り血がリディアの頬と髪に飛び散る。
躊躇など、ありはしなかった。
このタイミングで腕を跳ねることができなければ、死んでいたのはアビーだったからだ。
そこから先は蹂躙とも呼ぶべき戦闘だった。冰剣を両手にしてリディアは、相手を容赦なく戦闘不能に追い込む。
これはすでに殺し合い。それが分かっている彼女はまるで機械のように舞い続ける。その中でアビーは、ただ見ていることしかできなかった。
「……」
血溜まりができていた。立ち尽くすリディアの姿は、今までとは違って明らかな殺意に満たされていた。
誰一人として死んでいる様子はないが、それでもこの血の匂いに満ちた空間はアビーにとってはあまりにも強烈すぎた。
リディアは返り血を拭うと、冰剣をボスへと向ける。
「ひ、ヒィいいいいいいいいいいい!! な、なんだお前は!? 私の部下は魔術戦を極めた人間ばかりだぞッ! お前みたいなガキがどうしてっ!!?」
「ガキ、か。あぁ、確かに私はまだガキだ。でもな、おっさん。私は天才なんだ。だからこそ、責任が付き纏う。この才能は私が私利私欲で使っていいものじゃない」
才能には責任が付きまとう。
それはリディアの口癖でもあった。彼女は分かっていた。自分の才能の使い道を。どうすればその才能を有効に活用できるのか。
それは人を守ることだった。誰かを守るために、誰かの笑顔を守るために、その覚悟を持って彼女はここに立っているのだ。
冷然と言葉を告げ、その冰剣で相手の腕を軽く切り裂く。
「う、うぎゃああああああっ!!!」
まるでなんの意志も宿っていないかのような瞳で、逃げ惑う相手を追いかける。血に塗れた冰剣を振るうと、地面に血が残る。
そうして殺してしまうか、と思っていると後ろからハワードとデルクが彼女の腕をおさえた。
「リディア。もういい。あとはこちらでやる。よくやった」
「あぁ。あとは俺たちに任せておけ」
「……分かった」
後の処理は、二人に任せることにした。
この日、アビーは知った。
リディア=エインズワースの残酷さを兼ね備えた、その天才性を──。
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