第258話 訓練修了
「では、審判は私が務めますね」
フロールがそういうと、リディアとデルクは向かい合う。互いに二十キロ走ってきたというのに、まだまだ気力に満ちていた。
「ふふ。こんなでかいやつとやるのは初めてだな」
ニヤリと笑う。彼女は今までそれなりに巨躯を有する人間と戦ってきたという自負はあるのだが、デルクに限っては違う。彼の身長はおおよそ二メートル近く。
百九十センチ後半もあるその身長は、流石のリディアでも圧を感じてしまう。
それに加えてデルクは軍人として訓練を続けている。筋肉を蓄えているのはもちろん、ただの脳筋ではないことはすでに彼女も分かっていた。
「では……始めッ!!」
フロールの声がしたと同時に、デルクは姿勢を低くして突っ込んできた。今回の模擬戦において魔術で身体強化をすることは許可されている。
つまりはリディアに有利と思われるが……。
「うおッ……! めっちゃ疾えなッ!!」
グッと腰を落として身構える彼女は、思わずそのような声を上げてしまった。
その圧倒的な肉体にもかかわらず、その俊敏性。
この部隊に抜擢されたのはどうやら伊達ではない。
「おらああああああああああッ!!」
デルクは真正面から突っ込んでいく。彼は分かっていた。魔術があろうとも、自分とリディアの体重の差は明白。ならば、この筋肉を持って正面から向かっていくのが最善であると。
「ふんっ……!!」
「むっ……!!」
そして、互いの肉体がぶつかり合う。ドンッ、と鈍い音がしてそこから二人は膠着状態に陥る。
「ぐぬううううううう」
「う、うおおおおおおおおおおおおッ!!」
魔術の技量はリディアの方が上、体重と筋肉に関してはデルクの方が上。互いのそのパワーはもはや同等であった。
その二人の様子を見て、フロールはあり得ないものを見ているという表情を浮かべる。
「……えっと。あの軍曹とパワーが同じ?」
それに対してはアビーがすぐに答える。
「はい。リディアは昔から異常なまでの筋肉量と魔術センスを持っています。むしろ自分は、リディアとパワーが同じ軍曹に驚いています」
「あはは……もう、この部隊ってなんなのかしら」
そう話している間にも、二人の戦いは進行していく。
「唸るぜ、私の筋肉がああああああっ! 轟き、叫べえええええっ!! うおおおおおおおおおおおっ!!」
リディアはさらに
彼に比べれば小さな体である彼女がまさか一本背負いをするのは、あまりにも現実離れした光景だった。
しかし、ここでデルクが終わることはない。
戦いは寝技に持ち込まれたが、デルクはグッと腰を固定してその場から動かないようにする。リディアもまた、すぐに関節をキメにいきたいのだがそうもいかない。
「ふははは! いいぞ! その圧倒的な筋肉に私は感服したぞ!!」
「へへ……リディアもやるじゃねぇか! 俺は今まで一度だって、吹っ飛ばされたことはなかったんだぜ!!」
「「ふふ……あはははははは!!」」
互いに互いの筋肉を褒め称えたっているようで、その光景はもはや異質。アビーはまぁ、いつも通りだなと思い、フロールは頭に手を当てて首を横に振っていた。
ヘンリックはニコニコと笑みを浮かべ、キャロルは興奮しているのかその場でぴょんぴょんと飛び跳ねていた。
そして二人の戦いはしばらく続き……最終的にはリディアが勝利することになった。
「はぁ……はぁ……はぁ……おえっ……マジでヤベェ。デルク、マジで強かった……吐きそ……」
地面に手をついたまま、リディアは呼吸を整えようとしている。デルクは完全に意気消沈しており、彼も同じように肩で呼吸をしていた。
「くそー。後もうちょっとだったんだがなぁ……」
「ふふ。いや、誇ってもいいぞ。この私をここまで苦しめたんだからなっ!!」
リディアとしては魔術による身体強化があれば、もっと楽に勝つことができると思っていたが、実際はそうではなかった。
何よりもデルクは粘る。泥臭く、負けないように。それに体の使い方もうまく、リディアの攻撃をうまくいなしていた。
彼は士官学校上がりではなく訓練校出身なのだが、この部隊に抜擢される技量を見せつけた。
「リディア。お前の筋肉、最高だったぜ?」
ニカっと白い歯を見せて、快活な笑みをもって握手を求める。そしてリディアもまた、それに応じる。
「ふ。デルクも最高の筋肉だったな! 今度は一緒に筋トレしようぜ!」
「もちろんだ!」
こうしてこの部隊で二人の筋肉信者が生まれてしまうのだった。
◇
それから時が過ぎるのはあっという間だった。
その訓練課程の中で、全員が脱落することなく順調に訓練を消費していく。雨の日も風の日も、嵐の日もあったがそれでも彼女たちは懸命に励み続けた。
そして、半年が経過。
ついに本日を持って無事に訓練課程が終了。彼女たちは無事に士官学校を卒業することになった。
現在は一年前にやってきたヘンリックの書斎へと足を運んでいた。そこで三人はあの時のように、彼がくるのを待っている。
「なんだか早かったなぁ……」
「リディアは毎日楽しそうだったな。私は割と、大変な時もあったんだがな」
「キャロキャロも大変だったよぉ〜。二人がいなかったら、危なかったかも〜☆」
リディアといえば余裕で訓練課程を終えた。頭脳明晰であり、基本的な身体能力も高く、魔術に関して言うまでもない。そしてリディアはこの一年でさらに、魔術師として成長していた。
もちろんアビーもキャロルも成長はしているのだが、彼女の成長速度はもはや異常である。
すでに七大魔術師に抜擢しようという話も出ているほどには、彼女の魔術は極まりつつあった。
「いつもすまないね。遅れてしまったようだ」
ヘンリックは申し訳なさそうに謝罪をすると、椅子に腰を下ろす。
「さて、すでに知っていると思うが君たち三人は無事に士官学校を卒業することになった。訓練課程も無事に修了。前代未聞の一年という期間でかなりハードだったと思うが、よくやってくれた」
それは世辞などではなく、純粋な事実であった。そもそも四年間の過程を一年に凝縮するなどあり得ない話。それを十五歳の少女たちが──今もう、十六歳だが──こなすことは本当に前代未聞であった。
百年に一人の逸材が、同時期に三人も現れた。その噂以上に彼女たちは優秀だった。
「さて、士官学校を卒業したということは君たちの階級は少尉になる。十六歳で少尉など前例はないが、君たちならばふさわしいだろう。きっと輝かしい経歴を進んでいくことは間違い無いだろう」
その言葉を聞いて、リディアは自慢気に胸を張る。褒められることは決して嫌いでは無いので、素直に反応しているようだった。
「また、君たちの配属は特殊部隊──
「
それはアビーによる問いかけだった。名称に関しては初めて聞くので、思わずそう声に出した。
「そうだね。星を意味するものだ。僕が考えたんだ、かっこいいだろう?」
「あ、あはは……そうですね」
苦笑いをするアビーだが、リディアとキャロルは違った。
「
「うんうん! 私たちにはぴったりの名前だねっ!」
どうやら根本的にこの二人とは価値観が合わないのだと、アビーは再認識する。
「ふふ。気に入ってもらえて何よりだ。正式な活動開始は一週間後。つまり君たちは、一週間の休暇に入る。この一年は相当ハードだったからね。これくらいは当然だろう。では、また一週間後に」
そして話はそこで打ち切られ、解散することに。
リディアたちがレイと出会うまで、残り一年を切っていた。
◇
冰剣1巻が発売して1日が経過しました。もう購入していただいた方、これから購入予定の方などいると思いますが、是非書籍版でもレイたちの物語を楽しんでいただければ幸いです。
少し話は変わりますが、本作の個人的な目標だったのが【100万字以上書く】こと、さらには【毎日更新を書籍の発売日まで続ける】ことでした。
ということで大変申し訳無いのですが、冰剣の毎日更新は明日で最後にしようと思います。今後は更新しないわけではなく、毎週土曜日の更新にする予定なのでそこはご安心を。
改めてここまで続けることができたのは、読者の皆様のおかげです。今までありがとうございました。皆様の応援がなければ、きっと私はここまで書くことはできなかったと断言できます。本当に皆様には感謝しかありません。
そして実は……話はここで終わりません!!
前々から書き溜めていた新作をこれを機に公開しようと思っております。ちょうど冰剣と入れ替わる形ですね。
さて、タイトルですがこちらになります。
【妖刀で断ち切る魔法学院〜時を超えし最強の剣士と呪われた聖王女は世界に叛逆する〜】
また魔法学園モノですが、冰剣とは世界観や設定、展開なども大きく異なっております(当たり前ですが 笑)。
しっかりと差別化をしているので、冰剣を楽しんでいただけた方はきっと新作も楽しめると思います(おそらく……!)
それではまた明日に新作を公開しますので、ご期待していただければと思います!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます