第250話 キャロルの実力
「おーい。私は焼きそばパンなー」
「は、はいっ!」
入校して二ヶ月が経過。
リディアに関する揉め事は、無事に収束することになったのだが……。
「おいリディア。今のはなんだ?」
食堂。そこでリディアが座っている所にやってくるアビー。彼女はそこで、信じられないものを目撃する。
「いや、焼きそばパン買ってこいって言ったんだよ」
「……どうしてお前が先輩をパシってるんだ?」
じっと半眼で睨みつける。
「なんか前の戦いで、私の実力に惚れたっ! とかいう輩が多くてな。稽古をつけてやっているついでに、なんかパシリまで勝手にあいつらが始めたんだ」
それは誇張でもなく、事実だった。
確かに血気盛んで新入りのくせに顔の大きいリディアに対して不満はあった。だが、真正面から打ち破られた上にアドバイスまでされたのだ。そこまでいくと、彼女のことを認めざるを得なかった。
そうして今は、ニックを中心にして彼女の周りには取り巻きのようなものが出来上がっていた。
「
「おう。これは金な。多めにやるよ」
「はい。ありがとうございますっ!」
その一連のやり取りを見て、アビーは呆然とする。
「……なぁ、リディア。お前はどこに向かっているんだ?」
「決まっているだろうそんなものは。私は、この世界の真理にたどり着くのさ」
それは彼女の口癖でもあり、目標でもあった。ずっと高みを目指してきた。彼女は自分が天才だということを理解している。そして、天才故にその才能には責任が付き纏うことも。
そんなリディアが目指すのは、真理探究。魔術師が過去からずっと掲げてきた目標。しかしそれは、すでに形骸化しており真面目に目指す者などいない。
その中で、リディア=エインズワースという天才が現れた。
皆は期待している。彼女ならばきっと、この魔術の真理を解き明かしてくれるのではないかと。
「真理探究が目的なら、研究者の道に進めばいいだろう」
「私に似合うと思うか?」
「それは……」
白衣を着て、部屋にこもって研究をするリディアを想像してみる。が、それは全く似合っていなかった。むしろ部屋の中で筋トレを始めてしまいそうだった。
「似合わないな」
「だろう? 軍で活動しつつ、魔術を高める。きっとその先に、たどり着ける場所があると思ってるのさ。それに、私は天才だからな。国防のために力を使うのは、当然だろう」
「……そう、だな」
時折、リディアはふっとどこか遠くを見るような表情をする。いつもは傍若無人なようにも見えるのだが、決してそうではない。彼女も彼女なりに、考えて今に至るということだ。
「それにしても、あのアホピンクはどうした?」
「先輩たちに絡まれるから、先にこっちに行ってくれと言われた」
「あぁ。あいつの場合は、男よりも女に嫌われそうだからな」
「そうだな。でも、キャロルならば大丈夫だろう」
「間違いない。私だって、あいつを本気で相手にしたくないからな。キャロルの相手は、億劫になる」
リディアは苦虫を噛み潰したような顔をする。それはキャロル自体を嫌っているというよりも、彼女が保有している魔術が厄介というか……。
そして二人が昼食を取る一方で、キャロルは──
「ちょっと、あんたさぁ……調子乗りすぎじゃない?」
キャロルはバンッと壁際に追い込まれていた。人通りの少ない廊下の曲がり角。その薄暗いところで、彼女は複数人の女性に囲まれていた。
「別にぃ〜? キャロキャロは普通に過ごしてるだけだよ☆」
その口調はいつも通り。しかしそれが逆に、相手を苛立たせる。
「は? ならそのツインテールはなんなんだよ。それに、爪もいつもマニキュアを塗っている。顔も化粧をしているだろ? 調子に乗っているとしか考えられないんだよ」
「それは個人の自由じゃないかな〜? 別に禁止されているわけでもなんだし」
爪をやすりで綺麗に研ぎながら、キャロルは相手の話をテキトーにあしらう。実は元々の原因は、キャロルが男性に人気があるということだった。
士官学校では、普通は男性も女性も髪を短く切り揃えるのが普通だ。その中で、リディアとキャロルだけは自由にしている。しかし、別に絶対にそうしなければらないルールがあるわけでもない。
伝統的にそうなっているだけなのだ。
それを無視して、さらには男にも人気がある。端的に言ってしまえば、彼女たちはキャロルに嫉妬していたのだ。もちろんそのことは、キャロルも分かっていた。
「おい。あんまり調子に乗ってると、ボコるぞ?」
低い声で、一番の肉体を誇る女性が前に出てくる。その筋肉は男性にも引けを取らないほど。格闘の訓練ではいつも上位に食い込んでいる猛者である。
キャロルはチラッと視線を向けるが、まるで興味がなさそうに呟く。
「ふ〜ん。思うけど、目立ってるなら私よりもリディアちゃんじゃない? なんで私なの?」
「ぐ……そ、それは……」
なぜリディアに同じように問い詰めないのか。それは決まっている。
彼女たちも、リディアの実力は自分たちよりも遥か上だと分かっているからだ。だからこそ、弱そうなキャロルをこうして追い詰めている。
当の本人は、全く意に介していないのだが。
「はぁ……なんだかなぁ。いつかこんな日も来るかなぁ、って思ってたけど。本当に女の嫉妬って醜いよねぇ……」
いつものように戯けている様子はなく、ただ呆れたと言わんばかりに彼女はそう言った。
「な……っ! て、テメェっ……!」
流石にキレたのか、相手はキャロルの胸ぐらを掴みかかろうとするが……。
「い、いててててっ!!」
その腕を掴み上げて捻ると、「はぁ……」とため息を漏らす。
「やっぱりこうなっちゃうかぁ。でも、みんな勘違いしてるよ」
その雰囲気はなんと形容すればいいのか。圧倒的な圧に、揺らめく禍々しいオーラとでもいうべきか。
その異様な雰囲気に全員が飲まれる。
「私はね、強いんだよ? これ以上来るなら、潰しちゃうよ?」
ぺろっと舌を出して、じっと鋭い眼光で睨み付ける。そしてパッとその手を離すと、相手はビビってしまったのかすぐに去っていく。
それから午後の訓練も終了し、寮の自室へと戻ってきた三人。そこでリディアは、キャロルに話を振る。
「おいキャロル。昼はどうだったんだ?」
「大丈夫だよ〜☆ ちゃーんと、【お話】したらぁ〜みんな分かってくれたよぉ〜?」
ニコッと笑みを浮かべる。もちろんその意味を、文字通りに受け取るわけではない。
「ははは! キャロルを狙うとは、馬鹿な奴らだなぁ。こいつはキレるとまじで怖えぇからな。それにやたら強いしな」
「もうっ! キャロキャロはいたいけな乙女なんだよ? そんな風に言わないだよねっ! ぷんぷんだよっ!」
と、怒っている素振りを見せるが、リディアもアビーもキャロルのことをいたいけな乙女だとは思っていない。むしろ、一番厄介なのはキャロルだと思っている。
いつものギャップもあるのだろうか、彼女の冷め切ったその表情はこの二人であってもゾッとするほどなのだから。
「それにしても、二ヶ月でどうやらこの士官学校も征服できたようだな。ククク……」
人の悪い笑みを浮かべる。リディアはそんなことを言うが、もちろんアビーはそれに苦言を呈する。
「征服って……お前はここに何をしにきているんだ?」
「もちろん訓練課程を終えるためだが、上下関係ははっきりとさせておくべきだろ?」
「はぁ。そう思うのは、お前だけだ」
「ふふふ。来年、特殊部隊に入隊した時も同じようになるからな。期待しとけよっ!」
「はぁ……」
と、いつものように笑うリディアを見てアビーはため息をつき、キャロルはニコニコと笑っているのだった。
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