番外編2 Winter Vacation
第229話 悲しきすれ違い
冬休みの予定といえば、夏休みほど予定は入っていない。というのも、それは冬休みの方が期間が短いからだ。そんな中、おそらくは一番のメインとなるのは聖歌祭だろう。
毎年、十二月二十五日に行われる祭り。
それは王国の聖堂で、聖歌を歌うことから始まったらしい。そこから徐々に発展していき、今ではこのアーノルド王国の中でも一番のイベントとなっている。
昔は家族と過ごすことが多かったようだが、今は恋人と過ごすのもこの聖歌祭の醍醐味でもあるとか。
今までは、聖歌祭に参加したことはない。療養期間中に家族で行こうかという話もあったが、その時期は両親も仕事で忙しく、俺とステラだけでは心許ない……ということで参加したことはなかった。
しかし、今年は違う。
それはなんと聖歌祭のパーティーに俺が招待されているからだ。それは魔術協会主催で、【冰剣の魔術師】として招待されているのだが、今年はいい機会だから行ってみようと思っている。
それに貴族も多く来るということで、知り合いがゼロというわけではないしな。
「レイさんっ! 優勝おめでとうございますっ!」
優勝した後、レベッカ先輩はとても嬉しそうに微笑みながら俺の元へとやってきた。その日はちょうど、アルバートとエヴィと別れてアメリアたちのもとに向かおうとしていたのだが、その途中でレベッカ先輩に偶然出会ったのだ。
「ありがとうございます。ギリギリの戦いでしたが、なんとか優勝することができました」
「ほんっとうに、すごい戦いでしたっ! レイさん、とってもカッコよかったですよっ!」
「それは恐縮です」
レベッカ先輩との距離感がグッと近づく。最近思うのだが、先輩は話すときに妙に近いというか、上目遣いを意識してるような……? 気がするのだ。
まぁ、俺の考えすぎかもしれないので、特に言及することはないのだが。
「あの……実は、ちょっとお話しがありまして……」
「何でしょうか」
俯くと、髪をくるくると指に巻きつけるような仕草を見せる。何かを言い澱んでいるようだった。
「今日はその……十二月、二十三日ですよね?」
「そうですね」
「レイは、その……聖歌祭を誰かと参加するのですか?」
「いえ特に予定はないです。魔術協会へのパーティーに出るくらいですかね」
レベッカ先輩は潤む瞳で俺のことを見上げてきた。
なるほど。聖歌祭についてか。聖歌祭に関して、俺は特に今年は予定は入っていない。確か夜には、師匠と一緒に食事でもしようかと話していたが、それまではフリーだ。
それに、聖歌祭の前日もまた近年ではかなり盛り上がるらしい。
十二月、二十四と二十五日はこの王国民にとって重要な祭事だとか。
「そ、それでしたらっ! 明日はだ、大丈夫ですかっ!!?」
顔を赤く染めて、グイッとさらに近寄ってくる。少しだけ息も荒くて、どうやら緊張している様子が窺える。もちろん、二十五日の夜以外は特に用事はないので、すぐに返答をする。
「はい。時間は大丈夫です」
「ほ、本当ですか……?」
手をギュッと胸の前で組むと、改めてそう尋ねてくる。
「はい。特に予定はありませんので」
すると、「やったっ……!」とレベッカ先輩は小さくガッツポーズをする。どうやら、余程誰かと遊びに行きたかったようだな。先輩も色々とあっただろうし、きっと羽を伸ばしたいのだろう。
「で、ではっ! 明日の十時に中央区の噴水の前に集まりましょうっ!」
「はい。わかりました」
彼女はその場で何度も頭を下げて大きく手を振ると、まるでスキップでもしそうな感じでそのまま去っていった。去り際には、少しだけ鼻歌も聞こえた。
そうして俺は、改めてアメリアとアリアーヌのいる病院に向かうのだった。
「それで何だが、明日はみんなで遊びに行かないか?」
現在はちょうど、アメリアとアリアーヌが入院している部屋にやってきていた。入院といってもすぐに退院できるらしい。今日の夜には、二人とも実家に戻ると聞いている。
「えっとその……レイ」
「どうしたアメリア」
「レベッカ先輩に、誘われたのよね?」
「あぁ。でも、遊ぶといったら数は多い方がいいだろう。この後も、みんなに声をかけようと思っている」
「「……」」
頭に手を当てて、その場でじっと静止するアメリア。そうしていると、アリアーヌもまた「はぁ……」と大きな嘆息をつく。
「レイってば……はぁ……。まぁ、分かっていましたけど。その……アメリアとレベッカ先輩の今までの苦労がわかるようですわ」
「でしょ? いや、いいんだけどね。こうして先んじて、話をしてもらったのはね。きっと、そうすると思ってたし。でもちょっと先輩には同情するかも」
「ですわねぇ……」
虚空を見つめるようにして、二人は呆然とした様子で再びため息をついた。
む。もしかして俺は、何か間違ってしまったのだろうか。
しかし、せっかくの聖歌祭なのだ。みんなで楽しもうという気持ちは、間違っていないと思うのだが……。
「ま、レベッカ先輩には悪いけど……」
「そうですわね」
二人でどうやら何かを合意したらしく、そのまま了承してくれた。最後まで俺のことを可哀想な人を見つめるような視線を送っていたが、あれは何だったのだろうか……。
そうして病院から去ろうとしていると、久しぶりに金色のツインテールが靡いているのが目に入った。
「あっ! レイじゃないっ!」
「本当だ! レイくんだね……っ!」
そう。そこにいたのは、クラリスとエリサだった。どうやら二人とも、アメリアたちの見舞いに来てくれたのだろか。
「あんた、試合凄かったわよっ!」
「うんうんっ! 手に汗にぎる試合だったねっ! 優勝おめでとう!」
「ふん! 特別に祝ってあげるわっ! おめでとっ!」
と、その場で飛び跳ねそうな勢いで喜んでいる二人。俺はそんな二人に対して、改めて感謝を述べるのだった。
「二人とも、ありがとう。今回の優勝は、みんなの応援があったからこそだ。本当に感謝する」
その後、俺は元々エリサとクラリスも誘う気だったので、明日の予定を尋ねてみることにした。すると、アメリたちと同じように顔を曇らせるのだった。
「うーん。いや、私は別にいいけどねぇ」
「わ、私も大丈夫だよっ……! でも……」
同じような反応。一体何が問題なのか。気になったので、詳しく聞いてみることにした。
「何か問題があるのだろうか。アメリアとアリアーヌも同じ反応でな。詳しく教えてもらえると助かる」
「えっと。じゃあ言うけどさ」
クラリスがじっと半眼で睨むようにして、俺のことを見上げてくる。
「あんた、その誘いって……二人きりって言われなかったの?」
「……」
あの時、レベッカ先輩とした話を思い出す。しかし、二人きりで行こうという話は聞いていないはずだ。
「いや、特に言われていないな」
「はぁ……言われてないとしても、そこは察してあげなさいよ。まぁ、レイはいつも通りなのかもしれないけど」
「う、うん……そうだねぇ……」
その後は、クラリスとエリサも渋々了承してくれた。元々、優勝祝いでみんなでどこかに行きたいという話は出ていたようだったが……妙に歯切れが悪いのは、謎のままだった。
そして、一人で帰路へと着く。
もう完全に冬だ。時間もまた夜ではないが、完全に日は暮れようとしている。街灯も点灯し始めて、そんな薄暗闇の中を一人で進んでいく。
「雪、か?」
顔に冷たい感触を覚える。
空を見上げると、雪が降り始めていた。
そうか。もう……そんな季節なんだな。
冬。雪。そして、この冷たい感触。
否応なく、過去を想起させる。極東戦役に巻き込まれた、あの日のことを。
だが俺はもう、一人ではない。
数多くの大切な人たちが、俺にはたくさんいるのだから。
明日、みんなで遊びに行くのが本当に楽しみだ。
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