第225話 恋する戦乙女
「──
発動するのは、わたくしが獲得した新しい
体にまとわりつくのは、
それは体内の生体電流を
今のわたくしは、変換させた電撃を操作することが可能になっています。神経系による電気信号の反応速度を上げる、またはこの纏っている紫黒の電撃を自由自在に操ることができるのです。
これが、レイとの訓練によって獲得した新しい
それこそ、
しかし、そのことを相談するとレイは言うのです。
「魔術師らしい、魔術か」
「はい……わたくしには難しいでしょうか?」
「難しいだろうな。アリアーヌは、
「そうですの……」
「だが、魔術らしいというのはおかしな表現だと思わないか?」
「……え?」
少しだけ落ち込んでいると、レイはその真っ直ぐな瞳で私の双眸を射抜いてきました。
そこには純粋な彼の瞳が写っていました。
「
「そ、そう思いますの?」
「あぁ。だから、自信を持ってもいいと俺は思う」
「そうですわねっ! レイの言う通りですわっ!」
彼はわたくしに本当に数多くのものを与えてくれました。
その集大成が、今なのです。
「さぁ、わたくしと踊ってくださいまし」
紫黒の電撃を纏って、相対するのはルーカス=フォルスト。その実力は、
真の姿は、七大魔術師が一人──【絶刀の魔術師】。
七大魔術師はわたくしとは格が違うというのは、レイを見てきてよく分かっています。彼曰く、【絶刀の魔術師】はレイにも匹敵するのだと。
現在は、アメリアの
しかし、アメリアの
「もし、ルーカス=フォルストと二人で対峙することになったら、私はアリアーヌを優先的に守るわね」
「でも、それだとアメリアに危険が……っ!」
試合前。アメリアとの会話を思い出しますが、この話はすでにレイも含めて何度もしていました。それでも、わたくしを守るために彼女を危険に晒すのは自分の心が許さないのです。
でも、アメリアは冷静にわたくしを落ち着かせるように淡々と話を続けるのです。
「
「それは……」
それは事実だとわかっています。アメリアは確かに、魔術師としてすでに完成されつつあります。しかし、
わたくしもそれを否定できないから、言い淀んでします。
「だからさ、アリアーヌ」
その表情と瞳は、まるで試合前のこの大空のように澄み渡っていました。もうアメリアは以前の彼女ではありません。悩み、葛藤し、彷徨い続けている彼女は、レイとの出会いで変わったようですから。
そして、アメリアは凛とした美しい声で、わたくしにこう告げるのです。
「──アリアーヌが、私を守ってよね」
ニコリと微笑むアメリアに、見惚れてしまいます。
その言葉は信頼の証。わたくしならきっと、アメリアを守り切った上で勝利できると……そう信じてくれた上での言葉。
その瞬間。この心は言葉にできないような感情でいっぱいになります。
あぁ。本当に、本当に心から思いますわ。
大切な友人たちと共に、ここまで進むことができてよかったと──。
「……いいよ。踊ってあげるよ」
彼がわたくしの言葉に応えると同時に、戦闘がついに幕を上げました。今回の戦闘において、圧倒的なアドバンテージがあるのはこちら。
相手は全ての攻撃を封じられているのです。
わたくしが為すべきことは、ルーカス=フォルストを戦闘不能にすること。加えて、絶対にアメリアに攻撃を与えさせないこと。
彼とわたくしの間には、膨大な数の紅蓮の蝶が舞っています。パラパラと舞う焼けるように赤い
この紅蓮の蝶が全て消えた時、タイムリミットはやってきます。
その間に、決着を付けないといけません。
この戦いは、時間との勝負。
アメリアの
または、
最後の最後は、フラッグを奪取しに行ったレイに任せるしかありませんが、ここは絶対にアメリアと二人で死守しますわっ!!
それは脳からの信号で筋肉を動かしているのではなく、
さらに、溢れ出るこの紫黒の雷撃は自由自在に操ることができるといことは……この拳の射程は、通常の倍はあるということ。
触れるだけで、相手に雷撃を当てることのできるこの
「はああああああああああああッ!!!」
もちろん、この拳はあっさりと躱されてしまいます。反応速度を極限まで高めているというのに、これを避ける技量にはただただ感嘆するしかありません。
しかし、この纏っている電撃がまるで意志を持っているように彼に絡みついていきます。
この変幻自在の
「くッ……!」
そう声を漏らすのを見て、攻めることを止めるわけにはいきません。
わたくしの攻撃は確実に効いているようでした。僅かに表情を曇らせて、痺れる腕を何とか落ち着かせようとわたくしから距離を取っていきます。
「逃しませんわっ!!」
絶好の好機。これを逃すわけにはいきません。しかし、やはり……この心には付き纏うのです。
正直いって、彼とこうして対峙するのは……怖いですわ。
体が震えて、
相手はそれだけの圧倒的な
レイにもすでに忠告されていましたが、この
レイと訓練の時に対峙した時ですら、彼の実力の前に為す術なく、恐怖していたというのに、それを上回る可能性のある【絶刀の魔術師】の技量を、恐怖心なしで立ち向かうなど不可能ですわ。
けれど、レイは言いました。「恐怖心を打ち消すのでなく、受け入れるのべきだ」と。
その言葉が今こうして蘇ってきます。
そう。大丈夫。わたくしは、ちゃんと戦えていますわ。アメリアが支えてくれ、レイが教えてくれたことが、この心には確かに刻まれているのですから。
周囲に飛んでいる、アメリアの
彼女曰く、干渉する相手の
因果律を操作するといっても、それは万能ではない。
魔術師としての力量が高ければ高いほど、その存在を含めて因果を操作するのは困難とアメリアは言っていました。
そのため、ルーカス=フォルスト相手には長くは保たないだろう……と。
それでもアメリアは、そんな無理を通してまで限界までわたくしを守ってくれているのです。
「はあああああああああああああああああああッ!!」
奮い立たせる。
わたくしは止まってはいけないんですの。この拳には、全てがかかっているのです。
レイには多くのものを与えてもらいました。そして、アメリアにもわたくしはたくさんのものをいただきました。
そんな二人に報いるためにも、そして何よりも自分自身のために……ここは、負けてはいけないんですわっ!!
「わたくしは、絶対に負けませんわああああああああッ!!」
迫るその鋭い刀が当たることはないと分かっていても、怖いものは怖い。その鋭い剣戟を目の前で見れば見るほど、その卓越した技量が分かってしまいます。
おそらくは、まともに相対すれば負けてしまうのはわたくしでしょう。
──だからこそ、ここは攻めるしかないんですわっ!
溢れ出る電撃の量を増やすと、そのまま一気に放出。残存する紫黒の電撃も操作して、彼に向かっていきます。地面を走るようにして、紫黒の線が一気に走っていき、それを追随するようにしてわたくしも姿勢を低くして、この場を駆け抜けていきます。
流石に、このスピードと自由自在に動き回る電撃には対応できないのか、なんとか攻撃が当たっていきます。
しかし、そこは流石の七大魔術師。体は間違いなく、電撃によって痺れているというのに、パフォーマンスが落ちる気配は全くありません。
その雷撃を刀に纏めると、綺麗に円を描くようにしてそれを振り払っていくのです。おそらくは、そろそろ相手も対応できるようになってきた……というところでしょう。
ならば、ここは──切り札を出すかないようですわ。
「──
体全体ではなく、四肢にこの電撃を集中させます。まさにそれは、一撃必殺の拳。この体に残っている
もう、出し惜しみは必要ないですわ。
後は、この一撃を持って彼を沈めるだけ。
それこそが、この
瞬間。体は悲鳴をあげているのか、鼻からは血がドクドクと溢れ出してきます。さらには皮膚にはヒビが入って、そこからも出血。視界も赤く染まり、おそらくは眼球内の毛細血管が切れ始めているのでしょう。
「うぅ……ぐ……うぅうう……っ!!」
後方からはアメリアの苦しむ声が聞こえてきます。おそらくは、かなり厳しい状況なのでしょう。わたくし以上に、アメリアはもう限界に近い。それは、周囲に飛んでいる蝶の数を見れば分かりました。
ルーカス=フォルストの放つ必中の攻撃を、全て因果律を操作することで守ってくれていたのです。
限界を迎えるのは、至極当然のことでしょう。
アメリアは、たとえそのような状況になっても自分のことは気にしなくてもいいと言いました。本当ならば、もう止めて欲しいところです。わたくしのために、無茶はして欲しくはない。
しかし、それでは意味がないのです。
ここまでアメリアにしてもらったのに、それを無駄してはいけない。
──駆ける。
──駆け出す。
──駆け抜ける。
全てがスローモーションに見えますわ。
わたくしのこの攻撃は、
限界を超えて、その先でこそ成り立つ
──あぁ。どうしてでしょう。
わたくしは、目の前の戦いに集中しないといけませんのに……思い出すのは、レイとの特訓の日々です。
冷静沈着で、いつもクールな表情をしてますが、とても心の熱い人。それに、世間知らずなところもあって、放って置けないというか。
加えて、レイの笑顔は少しぎこちないのですが、とても魅力的なのです。本当に心から嬉しそうに笑う彼の表情が、大好きなのです。とても愛おしいと、そう思うのです。
そうしてこの時が止まったかのような世界の中で、わたくしは気がつきます。
──あぁ。そうでしたか。
ずっと否定してきました。この大会に集中するために、ずっと忘れようと否定してきた感情。
きっと認めてしまえば、自分が揺らいでしまうような気がしたから。その感情はきっと、わたくしを弱くしてしまうと思っていたから。
けれど、認めてみるとさらに力が湧いてくるのです。
そう。ずっと前からわたくしは、レイに恋していたのです。彼を、愛していたのです。
わたくしはもうずっと前から、恋する乙女だったのです。それと同時に、戦う乙女でもあるので、差し詰め【恋する戦乙女】といったところでしょうか。
ふふ。自分でそう思うと、何だか腑に落ちる気がしますわ。
あぁ、今ならきっと自由にこの世界を飛び回ることができるような……そんな、感覚に陥ります。
ドクン、ドクン、ドクン。
心臓が鼓動を打って、目の前の景色が過ぎ去っていきます。
そうでしたのね。
きっと、わたくしのこの成長の原点は、レイに対する恋心だったのかもしれません。
刹那。世界が色鮮やかに、美しいものに見えてきました。今まで灰色だったものが、カラフルに彩られるていく。それは、わたくしの世界を反映したものでしょうか。
もうとっくに、音は聞こえません。ただただ、自分の体を懸命に動かして、最強の存在である【絶刀の魔術師】に立ち向かいます。
彼の視線は確実にわたくしを捉えています。
怖い。怖いですけれど、わたくしの心にはレイがいるんですの。彼への恋心が、わたくしをさらに加速させていきます。
そして、彼は咄嗟に刀でガードを試みようとしますが……。
転瞬。それを一瞬で躱すと、わたくしはこの一撃必殺の──紫黒の電撃を纏った拳を彼の胸元へと叩き込みました。
刀の上から叩きつけるようにして、思い切りこの拳を思い切り振り抜いたのです。
それと同時に、壁へと転がっていた彼は受け身を取ることもなく、その場に伏せています。
「はぁ……はあ……あぁ……あ……はぁ……」
まるで糸が切れたかのように、その場に倒れ込みます。出血も酷いようで、自分の血でズルッとその場に滑って転んでしまいます。
まともに受け身を取ることも叶わずに、叩きつけられるようにしてわたくしも地面に伏せます。
それと同時に、わたくしの周囲に舞っていた紅蓮の蝶は姿を消します。
アメリアも限界を迎えたのでしょう。本当にギリギリ、ギリギリの戦闘でした。
しかし、わたくしはやったのです。あの【絶刀の魔術師】の魔術師を戦闘不能に追い込んだのです。
あとはレイに、レイがなんとかしてくれればっ……!
と、地面に横たわりながらそう思っていましたが、後方に吹っ飛んで行った彼が……刀を杖のようにして突き立てると、その場にふらふらと立ち上がるのです。
「はぁ……はぁ……はぁ……危なかったけど、僕の……勝ちだね。秘剣は何も、攻撃するだけが秘剣じゃないから……ね……」
額から血を滴らせながらそう言いますが、まだまだ戦う意志がある姿。
まだ、まだ終わっていない。ならば、わたくしも立ち上がらないと……まだ、戦わないと……っ!
「うわあああああああああああッ!!」
痛む体を無理やり引き起こすと、わたくしは彼と対峙します。
すると後ろからふらふらとアメリアがやってきます。
「あ、アリアーヌ……まだ、やれるの……?」
「はぁ……はぁ……もちろんですわっ!」
アメリアも、出血が酷いようで両目からも
おそらくは、わたくしのためにかなりの無理をしてくれたのでしょう。
しかし、いま言ったのは虚勢。
もう、彼をどうにかする手段などわたくしたちには残されていません。
そうしていると、階段から誰かが駆け下りてくる音が聞こえてきました。
「──二人とも、フラッグは奪取したッ! あとは駆け下りるだけだッ!!」
信じていました。レイならきっと、フラッグを奪取してここにたどり着いてくれると。
レイの声を聞いた瞬間、アメリアはその場に倒れ込みます。緊張の糸が切れたのか、レイの姿見て安心したのか。きっと、もう本当に限界だったのでしょう。
ここまで本当に、本当によくやってくれましたわ。
「あ……アリアーヌ……後はレイと、二人で頑張って……私はもう、ダメみたい……」
その言葉を受け止めると、流れている血を乱暴に拭うとアメリアの頬に優しく触れます。
「アメリア。本当に、ありがとうですわ……ここから先は、わたくしたちに任せてくださいまし」
「うん……頑張って……ね……絶対に優勝するって、信じてるから……っ!」
その言葉を最後に、アメリアは気を失ってしまいました。
彼女の意志も継いで、わたくしはまだ戦います。実は、もうわたくしも限界を迎えています。体は悲鳴をあげ、確実に蝕まれているような感覚に陥っています。すでに、痛覚もなくなりつつあるのです。
しかし、ここで止めることは許されません。
アメリアはここまで、わたくしを守るために……頑張ってくれたのですから。
こうしてついに、最後の戦いが幕を上げました──。
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