第222話 最終決戦


 決勝戦、最終ラウンド。


 正直いって、完全にここまで相手の手の上だっただろう。しかしそれはきっと、こちらを最大限警戒した上での奇襲のようなもの。


 最後の最後に、互いに全力でぶつかるようにしたい為に、前々からしっかりと準備していたに違いない。


 おそらく、ここから先は大きな奇襲はない。真っ向からぶつかってくるのは、三人の雰囲気を見ればわかった。


 すでにチーム:フォルストは準備フェーズに入っている。設置する場所は、俺たちが先ほど設置した場所と同じと予想している。


 完全に守り切って、安全に勝ち切る為には最上階、最奥がベスト。そしてルーカス=フォルストが使用した奇襲は俺たちは使えない。俺としても、やろうと思えばできないことはないのだが、おそらくはその対策も講じているだろう。


 作戦らしい作戦など、もはやありはしなかった。


 ただ真正面からぶつかるしかないと、そうアメリアとアリアーヌにも話してある。


「それでは、最終ラウンド──開始ッ!!」


 アビーさんの声を知覚したと同時に、俺たちは城の中へと駆け抜けていく。予想通り、一階の踊り場には誰もいない。


「二人とも、このまま駆け上がるッ!」

「「了解ッ!!」」


 瞬間。絶対不可侵領域アンチマテリアルフィールドを展開。そして、目の前に展開されている遅延魔術ディレイを一気に、還元領域によって第一質料プリママテリアへと還元する。


 それによって、パラパラと舞う第一質料プリママテリアの残滓がこの場に溢れかえる。


 そのまま全ての遅延魔術ディレイを還元していくと、辿り着いたのは三階の踊り場。


 そこには、たった一人で立ち尽くしているルーカス=フォルストがいた。纏っている第一質料プリママテリアの圧は、ここからでも感じ取ることができる。


 悠然と、冷然と、その場でじっとたたずんでいる彼はそのまぶたつむっていた。


「──予想より早い。やはり、魔術を無効化できる手段を持っているようだね」


 瞼をゆっくりと開ける。


 圧倒的な第一質料プリママテリア。それをまるで幾重にも重ねるようにして、纏っている。


 質料領域マテリアフィールドの構築が桁違い。この圧倒的な雰囲気を前にして、やはり俺が対処するしかないか……という思考が過ぎる。


 だがきっと、ルーカス=フォルストはアメリアとアリアーヌが通り抜けるのを絶対に死守するだろう。


 最終戦では、俺との一対一は臨んでいない。そんなことはとうに分かりきっている……だが、二人に任せてもいいのだろうか。


 そう思案していると、両肩に柔らかい手の感触を覚える。


「レイ、行って。ここは私とアリアーヌでどうにかするわ」

「そうですわ。元々、そのような段取りだったでしょう?」

「しかし……」


 俺の懸念を理解しているのか、二人はじっと俺の双眸を射抜いてくる。


「私たちのこと、もっと信じて。大丈夫よ。レイが教えてくれたんだから」

「そうですわ。レイ、行ってくださいまし。ここは私たちに任せてください」

「……そうか。いや、すまなかった。健闘を祈る」


 そうして、ルーカス=フォルストに向き合うと彼はすっと道を開ける。


「終わったかい? レイ=ホワイト。君と真正面から戦うことは、今回の大会ではもう敵わないようだ。勝ちに拘りたいからね」

「……勝つのは、俺たちだ」

「ふふ。まぁ、最終決戦だ。色々と期待しているよ」


 どうやら相手もまた、俺と同じ思考をしていたらしく素直に道を通してくれる。相手の勝ち筋は、これしかないし、俺たちも同様だ。


 また、俺もここで無理やりルーカス=フォルストと戦おうとしても、アメリアとアリアーヌを通過させることはないだろう。


 そうなってしまえば、不利なのは向こう側。三人で消耗戦を強いるよりは、素直に予想していた盤面で戦う方が効率的とみていいだろう。


「──健闘を祈る」


 ボソリと呟くと、踊り場の先にある階段を駆け上がり、たった一人で最上階へと向かっていくのだった。



「……レイ。どうやら、予想通りの展開になったようだな」

「へへ。やっとこの時がきたか」


 最上階。その最奥の部屋へと通じる踊り場に、アルバートとエヴィは立っていた。二人ともに、すでに臨戦態勢に入っている。それは、纏っている雰囲気からすぐに理解できた。


「すまないが、二人にはここで倒れてもらう。そして勝つのは俺たちだ」


 そう言葉にすると、アルバートとエヴィはさらに表情を引き締めた。俺もまた、腰を低く下ろして臨戦態勢へと移行する。


 瞬間。前衛であるエヴィが一気に加速して、俺の懐へと入ってくる。


 ──はやいッ!!


 エヴィとこうして真正面から相対するのは初めてだったが、予想以上に敏捷性が高い。そして、彼はその圧倒的な筋肉量を持って徒手格闘戦へと持ち込んでくる。


 互いに内部インサイドコードを一気に流して、トップスピードでの戦闘を開始する。


「……おっ、らああああああああああッ!!」

「ぐううううッ!!」


 すでに後のことを考えていていないのか、エヴィのその攻撃は初めから全力であった。


 駆け引きなど、存在しない。


 ただ真正面からねじ伏せてやるという気概を持って、その拳を降り続ける。


 だが、それは決して自棄になっているわけではない。


 しっかりとした基礎という土台があってこその、全力。おそらくは、この大会へ向けてかなり訓練を積んだのだろう。それは、エヴィとずっと同室で暮らしてきたからこそ、よく分かった。


 しかし、まだ俺からすれば甘い点はある。


 大振りになった瞬間を見計らって、俺は鳩尾に手刀を叩き込もうとする。


「……やらせはしないさ」


 そういって後ろから割り込んできたのは、アルバートだった。


 今までは後衛で魔術によるサポートをメインとしていたが、今回の戦いに限っては初めからエヴィと同様に超近接距離クロスレンジでの戦闘を繰り広げるつもりのようだ。


 後ろを振り向くことなく、感覚のみで彼の上段への蹴りを躱すと、そのまま体をぐっとその場に屈める。


 そして、一気に二人の間を抜けるようにして離脱を試みる。


 しかし、エヴィとアルバート共に、俺を逃す気は全くないのか、そのまま果敢に攻めてくる。


 すぐにでも冰剣を使用したいのだが、あまりのスピードにその暇を与えてくれることはない。


 ──なるほど。俺の対策は、すでに考えてあるのか。


 と、この攻防で二人の狙いを理解するが、冰剣の発動速度はそれこそ本気を出せば一秒も必要ない。


 二人の攻撃を捌きながら、俺は自身の両手に一気に冰剣を生み出す。



第一質料プリママテリア=エンコーディング=物資マテリアルコード》


物資マテリアルコード=ディコーディング》


物質マテリアルコード=プロセシング=減速ディセラレーション固定ロック


《エンボディメント=物質マテリアル



 そこから先、二人も流石に俺に冰剣を使わせることは仕方ないと悟ったのか、距離を取ると一気に魔術戦へと切り替えてきた。


 エヴィは依然として前衛だ。彼は両腕に分厚い質料領域マテリアフィールドを纏うようにして展開。


 すると、俺の冰剣に対してその腕のみで対応してくる。


 少しでも油断すれば、皮膚は切り裂かれてしまう。そのような恐怖心に打ち勝って、エヴィは先ほど同じようにこの超近接距離クロスレンジで俺と対面する。


 その一方で、アルバートは魔術支援に切り替えたようで、俺の死角から次々と魔術を発動してくる。


 その全ては、高速魔術クイックによるものだが威力は十分。


 さらにはエヴィも巻き添えになりかねないというのに、俺と同様にアルバートの魔術を避けながら戦闘を続けている。


 その連携の練度は、やはり今大会でも屈指。


 伊達に、この決勝まで上がってきたわけではないということか。


 だが、そろそろ二人の攻撃も見切った。どうやら全力を出さずとも、無事に突破できることができそうだ。


 そう思っていると、アルバートの周囲に濃密な第一質料プリママテリアが収束している。遅延魔術ディレイも含めて、巧妙に隠していたのだろう。


 あっという間にこの空間は、大量の第一質料プリママテリアで満たされていく。


 間違いない。


 あの兆候は──固有魔術オリジン。それも、広域干渉系のものだろう。


「おっと。ここから先は行かせねぇぜッ!!」


 エヴィがその巨躯を大きく広げて、俺の前に立ち塞がる。


 しかし、一気に自分の体をトップスピードまで持っていくと、ギリギリのところでエヴィを掻い潜り、アルバートの元へと疾走していく。


 考えていないわけではなかった。


 しかし、流石にアルバートの遅延魔術ディレイを含めた発動速度とエヴィが立ち塞がったことによって、反応は僅かに遅れる。


 アルバートの元にたどり着く前に、彼はその固有魔術オリジンを発動した。


 おそらくは、俺が固有魔術オリジンを発動させないように行動することも含めて、立ち回りを考えていたのだろう。


 この戦術は、防衛側でしっかりと準備する時間があるからこそ成り立つ。


 対物質アンチマテリアルコードの発動も考えたが、魔術領域への負担と、あれだけの第一質料プリママテリアを還元するには、今の俺には厳しいだろう。


 この決勝戦に向けて、全て考えた上での行動。彼らが防衛になった時点で、この固有魔術オリジンの発動は避けることはできなかっただろう。


 瞬間。アルバートを中心にして、白銀の世界が目の前に顕現した。


「──白夜反転ホワイトリバース



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