第221話 予想外の展開


「では、準備フェーズに移行だ」


 第二ラウンド。今回は俺たちが防衛であり、フラッグを設置する時間となった。もちろん、遅延魔術ディレイを構築する時間も十分にあるだろう。


 遅延魔術ディレイに至っては、俺は十分な準備ができないためにこの時間は特にすることはない。


 アメリアとアリアーヌには申し訳ないが、こればかりは俺にできることはない。


 今回、設置するフラッグの場所は奇抜なところなどにはしない。


 ここまできてしまえば、優勝を狙うまで。そのため、設置する場所は最上階の最奥の部屋だ。この攻城戦の中でも度々使用されていたが、やはりここは入り口から最も時間がかかる。


 それに加えて、フラッグを奪取をしたとしても同じように外に持っていくまでは時間がかかる。


 防衛であれば、定石セオリーであるここを選択するのは当然だろう。


 だがどうしてだろうか。この胸の中に渦巻く、不安は。


「レイ。準備が終わりましたわ」

「どうかしたの? なんか様子がおかしいけど」


 アリアーヌとアメリアが戻ってくると、二人は心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。あくまで予感なのでいう必要はないかもしれないが、意見の共有は重要だろう。


 ということで、俺は自分の不安を素直に伝えることにした。


「特に何かあるわけではない。だが、妙な不安があってな……」

「不安、ですの?」

「不安ねぇ。でも私も、さっきの試合が引っかかるのよねぇ……もしかして、この第二ラウンドへの布石とか?」

「かもしれない。だが、考えていても仕方がないな」


 すでに時間がない。考えていてばかりでも、仕方がないだろう。


 そうして、俺たちは所定の位置につく。


 今回の配置は、アメリアとアリアーヌは三階に、そして俺は一人で四階の踊り場で待機していた。


 まずはルーカス=フォルスト、またはエヴィとアルバートのどちらかを足止めする必要があるだろう。


 正直いって、ルーカス=フォルストとの戦いは避けておきたいところではあるが、こればかりはどうしようもない。


 それにここで勝利してしまえば優勝は確定。


 多少の無理はしてでも、足止めをするべきだろう。


 また今回は一階と二階に重点的に遅延魔術ディレイを展開してもらっている。すでに後のことをそれほど意識しなくてもいいので、今までの試合の中でも最も強力に遅延魔術ディレイを敷いている。


 中でも、アメリアには大規模連鎖魔術エクステンシブチェインも用意してもらっている。


 これでかなりの時間を稼ぐことができるだろう。


 流れとしては、できるだけ一階と二階で時間を稼ぐ。そして、三階でアメリアとアリアーヌの二人が対処して、それを潜り抜けてきた相手を俺が対処する……というオーソドックスな展開を用意している。


 今までの試合でも幾度となく使用してきた作戦ではあるが、シンプルゆえに刺さることが多かった。何も、奇抜な作戦を採用すればいいというものではない。


 もっとも確率の高い選択肢を、確実に選択することが重要なのだ。


「……始まったか」


 大きなサイレンが耳に入る。


 ついに始まった決勝戦第二ラウンド。ここを凌ぎ切れば、優勝は確定。


 そして、俺はこの場で待機しているだが……様子がおかしいと感じる。


 本来ならば、一階と二階で遅延魔術ディレイに対処するためにもっと魔術的な兆候が現れていてもおかしくはない。


 具体的にいえば、第一質料プリママテリアが溢れかえり、この階まで感じ取ることができるのは今までの試合でも当然のことだった。


 しかし、現在は静寂しかない。


 まるでこの城内には誰もいないかのような静けさ。


 一体何が起きているのか……ここは、絶対不可侵領域アンチマテリアルフィールドを展開して確認しておくべきか?


 だが、今の俺は……ルーカス=フォルストとの戦いによって、魔術領域をそれなりに酷使している。後の戦いを考えれば、温存しておきたいが……ここはやむを得ないだろう。


 そして、俺は絶対不可侵領域アンチマテリアルフィールドを展開。


 それと同時に、あり得ないものを感じ取るのだった。



「──やっぱり、君は優秀だね。だからこそ今回は、僕たちの勝ちだ」



 バッと後ろを振り返る。すると、そこにいたのはルーカス=フォルストその人だった。全く気配を感じ取ることができなかった。


 いや、絶対不可侵領域アンチマテリアルフィールドを展開してやっと気がつくことができたのだ。


 彼の手にはすでにフラッグが握られていた。しかし、あり得ない。通路は、俺の正面にある階段しかないはずだ。


 どうやって、この場にやってきた? 


 まさか……先ほどの試合は、そういうことだったのか?


 確認すると、彼の後ろには人が一人だけ通ることのできる穴が空いていた。


 つまりは、一階からここに通じるように穴を開けてそれを通過してきたということか?


 それは俺も一度は考えたが下りるのはまだしも、登ることは魔術を使っても厳しいだろう。それこそ、空中を浮遊する、または瞬間移動の類の魔術を使用できなければならない。だが現代魔術では、その領域に到達している魔術師は俺が知る限りいない。


 内部インサイドコードを使用して跳躍しても、届きはしないと思っていたが……抜かっていた。


 ルールにも特に触れることはないのだが、それは誰もそんなことを実行できないという側面の方が強い。


 相手は七大魔術師が一人──【絶刀の魔術師】なのだ。


 おそらく、先ほどの試合は全てこれを実行するための準備だったのだろう。わざわざ一ラウンド捨てたのは、ここで勝利できると確信していたため。


 しかしこれは、俺たちがここにフラッグを設置するという条件が成立しなければ、実行できないはずだ。


 いやおそらくは、余裕で第一ラウンドを取らせて、定石セオリー通りにこの最奥に設置すると見越していたんだろう。


 俺の予想を超えてくることも、予想しておくべきだった。


 こうなってしまえば、あとはそのフラッグを持っていかれないようにするか、相手を戦闘不能にするしか手段はない。


「では、失礼するよ」


 そういって彼は、そのままその穴から降りていく。下りる際は、着地だけを制御すればいいのでおそらくは上ってくるよりも時間はかからない。


 そして、俺は後を追うようにして彼と同じ穴を通過していく。


 ──間に合うか? いや、間に合わせるッ!!


 降りていく際、俺は自分の声を魔術で拡張するとアメリアとアリアーヌ現状を端的に伝える。



「フラッグが奪取されたッ!! 二人とも、降りて来てくれッ!!」



 そう言葉を残すと、一階の踊り場へと到着。着地する際に、勢いをそのまま流し切ると見据える。


 ルーカス=フォルストは全力疾走で、そのまま城の外へと走り抜けていた。まだこの距離ならば、本気を出せば間に合うだろう。だがもちろん、俺が疾走するのを邪魔するように、アルバートとエヴィが目の前に現れる。


「レイ。ここは通さないぜ?」

「しかし、もう……手遅れだろうな」


 二人の間を一気に駆け抜けて、そのままフラッグを持っている彼を追いかけるべきだろうが……もうすでに、時は遅かった。


 一瞬だけ、二人に気を取られて足を止めてしまった瞬間には、ルーカス=フォルストは城の外へと出ていくのが見えた。


 おそらく、その全力の速度は俺に匹敵するか、それ以上。


 フラッグを奪取されてしまった時点で、このラウンドの勝敗は決していたのだ。


 そして無情にも、サイレンの音が響き渡るのだった。


「勝者は、チーム:フォルスト」


 やられた。おそらく、完全にこれを狙っていたのだろう。


 そうして俺は、その場で呆然と立ち尽くすと同時に思考を巡らせる。わざわざ奇襲を使ってまで、最終ラウンドまで持ってきた意味はなんだ?


 もしかすると、相手は……。


「レイっ!? 一体何が起こりましたのっ!?」

「え……もう、終わり? 何かの間違いじゃないの……?」


 二人ともに呆然とした様子で、俺の方に近寄ってくるが……すでに第二ラウンドは終了してしまった。


「おそらく、第一ラウンドは今回のための準備をしていたんだろう。しかし、思えば俺たちがあの位置にフラッグを設置すると予想しないと成り立たない戦術だ……第一ラウンドをあっさり捨てて、こちらに余裕を持たせる。そうすれば、きっと一番安全な場所にフラッグを置いて、このラウンドを確実に取りに来ると考えていたのだろう……」

「そんな……全部相手の思惑通りだった、てこと?」

「そのようだな」


 こちらの心理状態まで把握した上での、行動。この奇襲は、一度使ってしまえばあとは通用することはない。だが、一度であれば通用する。


 こうして第三ラウンドまで持ち込まれることになったが……おそらくは、一番の目的は互いの条件を同じにすることか?


 チーム:オルグレン。チーム:フォルスト。


 互いにほとんど消耗しないままに、最終ラウンドまで進むことになった。第一ランド、第二ラウンドを真正面から戦えば、どちらも消耗したままになる。


 つまりは、イーブンの条件ならば負けることはないだろうと……そう思っているのかもしれない。または、消耗戦になれば不利だと初めから考えていたのか。


 また、アメリアの因果律蝶々バタフライエフェクトを嫌ったのもあるだろう。限定的とはいえ、彼女のそれは断続的に発動できる。


 ラウンドを跨ぐことも考えていたが、因果律蝶々バタフライエフェクトに対応するのも最低限にしておきたいということか……つまりは、こちらの切り札を最終ラウンドまで封じておきたい、ということか……。


 と、脳内で反省をするが、もはや全てが後の祭り。


 残りのラウンドは、真正面からぶつかり合うしかない。


「……二人とも。どうやら、最終ラウンドは真正面からぶつかり合うしかないようだ」

「みたいですわね」

「そうね。ここで引きずっていても、仕方がないわ」


 そして、城の外にいるチーム:フォルストの三人と視線が交差する。


 作戦を成功させて喜んでいる様子は全くなかった。むしろ、戦いはこれからと言わんばかりの雰囲気。油断など、微塵も感じ取ることはできない。


 気を引き締めて、最終ラウンドに臨むのは間違い無いだろう。


 ならば、受けて立つしか無いだろう。


 こうして決勝戦はまさかの展開で、最終ラウンドまで進むことになるのだった。

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