第215話 優生機関


 優生機関ユーゼニクス


 それは倫理の枷を外し、魔術の真髄に至ろうとする組織。だがその組織の全貌を知る者はほとんどいない。


 優生機関ユーゼニクスの所属とはいっても、ただ研究施設を与えられるだけ、または手術によって魔術領域を強引に拡張させられる──ダークトライアドシステム──など、組織の真の目的を知る者は限られている。


「レイ=ホワイトですが、無事に決勝への進出を決めたようです」

「みたいだね」


 とある施設の地下室。


 空気の通りが悪く、薄暗い空間。明かりは最低限で、それこそ日の光などは全く存在しない。


 そこには、一人の男性と女性がいた。男性の方は漆黒のスーツに身を包み、彼の前には大量の資料が積み上がっていた。


 肩まである真っ白な髪を後ろに軽く流すと、彼は女性から渡された資料を眺める。


「今までの戦いから分析すると、全盛期に戻りつつあるようです」

「……確かに、そのようだ。今日は偶然彼にあったけど、やはりいいものだね」

「そうなのですか?」

「あぁ。遠目から見ているつもりだったのだけれど、ちょうどばったり出会ってね。やはり彼とは運命を感じずにはいられないよ」

「そうですか。では、引き続き彼の現状をお話いたします」

「頼むよ」


 女性もまた、彼と同様にスーツを着用し、細いフレームの角張ったメガネをかけている。一見しただけでも、彼女が聡明であると分かる。


 もっとも、容姿だけで人の知性は図ることはできないのだが、彼女に至ってはその中身もまた優秀そのもの。研究者でもある彼女は、それだけの知性を兼ね備えていた。


「ヘレナ=グレイディ。死神グリムリーパー。そして、暴食パラトロゴ。それぞれを打ち破っていますが、間違いなくその能力は戻っているかと」

「どうやら、彼の魔術領域暴走オーバーヒートはただ暴走しているだけではないようだね」

「流石のご慧眼です。こちらでも、無理やり魔術領域暴走オーバーヒートさせることで被験者をかなり調査しましたが、彼のケースとは異なっているかと」

「そうなると、問題はやはり──真理世界アーカーシャか」



 真理世界アーカーシャ


 その存在が明確に確認されたのは、四年前。極東戦役の最終戦で、レイ=ホワイトが至ることのできた領域。


 その領域に至る魔術師は、この世全ての魔術を統べることができると言われている。もともと魔術とは、全ては真理世界アーカーシャに保存されていると提唱する学者もいる。


 魔術は生み出すものではない。


 それは全て真理世界アーカーシャに保存されており、引き出すものである。


 そのため、魔術師の技量とは真理世界アーカーシャにどれだけ干渉できるか次第である。


 それが優生機関ユーゼニクス上層部の結論。


 その事実には、上位の魔術師は気がついている。それは理屈ではない。


 感覚的な問題であり、魔術を使えば使うほど、どこかから自分が魔術を引き出しているような感覚があるのだ。


 曰く、コード理論とは真理世界アーカーシャから魔術を引き出すための暗号──コード──である。


 そもそも、コード理論を提唱した学者は、そのことを理解した上でコード理論という名称にしたのではないか、と言われているほどである。


「レイ=ホワイトの記憶痕跡エングラムを入手したいが、それはかなり困難だろうね」

「はい。レイ=ホワイトの周りには、高位の魔術師が多すぎます。中でも、リディア=エインズワースとリーゼロッテ=エーデンが厄介かと」

「元【冰剣】に【虚構】か」

「中でも【虚構】はかなり厄介でしょう。リディア=エインズワースは真理世界アーカーシャに至る存在ではありましたが、今はその能力は全盛期に比べるとかなり落ちています。一方で、リーゼロッテ=エーデンはまだ底が見えません」

「七大魔術師か……周期はそろそろかい?」

「はい。あと少しで、次の周期がやってくるかと。現在は、アメリア=ローズが次の候補かと」


 そう言って女性は、一枚の資料を取り出すとそれを彼に渡した。


 その資料はアメリアの能力をまとめたものであった。


 因果律蝶々バタフライエフェクト


 リーゼロッテとは異なり、その因果に干渉する力はかなり強力。因果を接続することも可能であれば、切除することも可能。


 因果という概念そのものを操るそれは、研究対象にしては素晴らしいものだった。


因果律蝶々バタフライエフェクト。やはり、その能力は素晴らしいもののようだ。彼女もまた、調べてみたいね」

「まだ制御は難しいようですが、因果に干渉する能力だけでいえば【虚構】を凌ぐかと。おそらくは、二十代に入る頃には七大魔術師に至るかと思われます」

「アメリア=ローズだけでなく、最近は学生にして固有魔術オリジンを保有している魔術師が多い。やはりあの仮説は正しいようだな」

「レイ=ホワイトを起点にして、次の魔術革命が起きている。間違い無いでしょう」



 優生機関ユーゼニクスの上層部は、そのように結論付けていた。


 レイ=ホワイトという存在が起点になって、周囲の魔術師がさらなる能力に覚醒している。


 それはリディアたちが隠している事実でもあった。


 リディアがレイに幸せになってほしいという思いで学院に入れたのは間違いない。しかしそれと同時に、別の目的もあった。それはレイが知ることのない、裏の事情。


 それを知っているのは、リディア、アビー、キャロル、リーゼ、その他の魔術協会に所属している七大魔術師を含む上位の魔術師のみ。


 しかし、魔術協会の中には優生機関ユーゼニクスの手が既に伸びている。そのためレイ=ホワイトに関する情報は優生機関ユーゼニクスもまた保有している。


 そもそも、その情報がなくとも優生機関ユーゼニクスは彼が特別な魔術師であるということを理解している。


 おそらくは、長い魔術の歴史の中でももっとも完成された魔術師であると……。


「アメリア=ローズ。アリアーヌ=オルグレン。レベッカ=ブラッドリィ。その三人への影響は、なかなか大きいようだ」

「レベッカ=ブラッドリィに関しては、聖人クロイツとしての能力は封じられましたが、彼女も二十代になる頃にはその能力を制御できるでしょう。アリアーヌ=オルグレンも覚醒の兆候があります」

「向こうもどうやら、こちらに対応するために次世代の魔術師を育てているということか。血統主義に縋るだけしかない、能無しばかりと思っていたが……やはり、リディア=エインズワースの功績は偉大だな」


 トントンと人差し指で、机の上にある資料を叩く。


 血統主義に対して疑問を提唱し始めたのはリディアが初めてだった。厳密にいえば、今までも疑問の声はあったのだが、それは他の貴族によって全て封じられてきた。


 リディアは、当時の史上最年少の七大魔術師に至った天才。


 だからこそ、貴族では無いとしても、そんな彼女の言葉はかなりの影響力を持っていた。


 そこから、魔術師とは血統だけではなく、後天的な要素も重要であると理解され始めた。


 優生機関ユーゼニクスはもともと、そんな血統主義に辟易した研究者が始めた組織である。そのため、既存の研究者よりも進んでいる面が多い。


 その研究結果は、ダークトライアドシステムなどにも反映されている。


 だがそれに対抗するようにして現れたリディアの存在。そこから、レイ=ホワイトが現れ、彼を起点にしてさらに優秀な魔術師が登場している。


 優生機関ユーゼニクスとしては、レイの記憶痕跡エングラムを調査したくてたまらない……というのが本音だろう。


「大会への介入はどうしますか? 準備はできていますが」

「いや。今回はいいだろう。魔術剣士競技大会マギクス・シュバリエと同様に、相手は準備をしているだろう。それに、七大魔術師が六人もいるんだ。介入するのは流石にこちらとしても、難しいだろう」


 【冰剣】、【灼熱】、【幻惑】、【絶刀】、【虚構】、【比翼】の六人が今は同じ場所に集まっている。


 もともと七大魔術師は世界に散っていることが多かったが、こうして集まるようになったのは、魔術協会がそのように手配しているからである。


 リディアとリーゼが観戦に来ているのも、ただレイを見たいだけというわけではなかった。


 全ては大会を無事に運営するという目的のもと、七大魔術師は集結していたのだ。


「さて、彼はどのように戦うのか。楽しみにしていよう」


 ニヤリと笑う男性。


 その表情は、まるで何かを楽しみにしている子どものようだった。


 優生機関ユーゼニクスの台頭は、まだ本格的にはなっていない。


 だが、近い将来レイたちとぶつかることになるのは、間違いない──。

 

 

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