第214話 すれ違う意志


「アメリアそのまま駆け抜けろッ! カバーは俺たちがするッ!!」

「分かったわッ!!」


 準決勝、第三ラウンド。


 攻城戦も大詰め。この試合は流石に準決勝ということで、第二ラウンドで試合を決めることはできなかった。


 第一ラウンドは俺たちの攻撃で、無事に勝利。だが、第二ラウンドの防衛では惜しくも敗北。そのため、最終戦の第三ラウンドまで突入している。


 現在はフラッグを獲得して、古城の外にある所定の位置にフラッグを運んでいる最中だ。


 もちろん相手は、それを阻止するべく全力で魔法を行使してくる。


 俺たちとしては、まだ固有魔術オリジンを使用していないので、このまま勝ち切りたいところだ。


 決勝戦は、一日だけ休みを挟んで明後日から開始となる。


 それを踏まえても、固有魔術オリジン使用後のインターバルが一日というのはかなり厳しいだろう。


 はっきりいって、この場でアメリアとアリアーヌが固有魔術オリジンを発動すれば勝利は確定するだろう。


 しかしそれは疲労を蓄積してしまう上に、こちらの切り札を晒してしまうことになる。


 また、もう一つの山の準決勝はすでに終了している。


 決勝に上がってくるのは、順当にチーム;フォルストだった。


 その試合は観戦していたが、やはり優勝候補と評されるだけあって、完成度はこの大会の中でも屈指。


 総合力だけでいえば、俺たちのチームを上回っているのは間違い無いだろう。


 そんな相手と戦うのだ。この試合はできるだけ温存しておきたい。


 ということで、俺が最前線に出てアメリアがフラッグを運ぶ時間を稼ぐ。


「アリアーヌ、カバーを頼むッ!!」

「分かりましたわっ!!」


 相対するのは三人の魔術師。この準決勝まで上がってきたということもあって、その実力は学生の中でもトップレベル。


 加えて、メルクロス魔術学院の女子生徒が一人、ディオム魔術学院の男子生徒が二人と攻撃的なチームになっている。


 何よりも、相手のチームは前線の二人がかなりタフだ。それは今までの試合を通じて感じたが、俺たちと同じかそれ以上に試合に慣れている。


 前線で二人が戦い、後ろからもう一人が魔術でカバーをする。


 俺たちのチームと同じ構成。


 その中を、俺とアリアーヌだけで戦う。つまりはアメリアのカバーはない。だが、集団戦はすでに心得ている。ここは少し無理をしても、全力で止めるしかない。


「挟み込むぞッ! 時間がないッ!」

「あぁ! 分かってるッ!!」


 焦っている。それは相手のその声色から理解できるが、このような状況下でも魔術の精度が落ちることはない。


 冷静にただ、俺とアリアーヌを強引に突破しようと大地を駆け抜ける。


 しかし、それを許しはしない。


 内部インサイドコードをさらに走らせると、一気に加速。相手の後ろに回り込むと、その勢いのまま一本背負をする。


「う……わッ!!」


 まずは一人をその場に叩きつけて、身動きを封じる。


「この……ッ!!」


 そしてその間に、隙ができた俺に対してもう一人がその場から駆け抜けようとする。流石にそれは追いつくことができないが……そこは、アリアーヌが立ち塞がる。


「絶対に通しませんわッ!!」


 だが、俺たちはこれでも二対二の状況。こうして状況が動く前に、後方からの魔術支援が行われようとしていた。


 その魔術兆候は、元々理解していた。俺は相手の魔術が発動すると同時に、対物質アンチマテリアルコードを一気に走らせるのだった。



対物質アンチマテリアルコード:還元レストレーション


物質マテリアル対物質アンチマテリアルコード》


物質マテリアル還元レストレーション第一質料プリママテリア



 そこからさらに重ねるようにして、魔術を発動。



第一質料プリママテリア=エンコーディング=物資マテリアルコード》


物資マテリアルコード=ディコーディング》


物質マテリアルコード=プロセシング=減速ディセラレーション固定ロック


《エンボディメント=物質マテリアル



 一見すれば、相手の発動した魔術が全く別のものに変化したように見えるだろう。できるだけ、俺が魔術を還元することができるという事実は伏せておきたい。


 そのため、一連の流れを一瞬で行うことで相手の魔術を別の魔術に変換したように錯覚させる。


 俺が展開したのは、氷壁アイスウォール。それは周囲に大きく展開して、ここから先の通路を通ることができないようにする。そして、それと同時にアリアーヌもまた相手をその場で戦闘不能にすることに成功。


 瞬間。


 大きなサイレンが、耳に入ってくる。


「勝者は、チーム:オルグレン」


 勝利した。俺たちが時間を稼いでいる間にも、なんとかアメリアがフラッグを所定の位置に持って行ってくれたのだろう。


 そして、後ろにいるアリアーヌと勝利を喜ぼうとすると、彼女はいつものように思い切り抱きついてくるのだった。


「やった! やりましたわっ! ついに決勝ですわっ!」


 歓喜の声を上げて抱きついてくるアリアーヌを真正面から受け止める。


 その豊満な胸と、柔らかい体が思いきり触れるが……ここでそれを指摘するのは野暮というものだろう。


 俺は彼女を受け止めながら、その言葉に応じる。


「あぁ。ついに決勝だな」

「えぇ! わたくしたちはやりましたわっ!」


 その満面の笑顔を見て、俺もまた同じように微笑む。アリアーヌの喜びも非常によくわかる。この試合は今までの中でも一番ギリギリの試合だった。


 だからこそ、勝利したときの喜びも一際大きいというものだろう。


「ふぅ。無事に勝ったわね」


 と、しばらくしてアメリアと合流。彼女はアリアーヌとは異なり、冷静なようだった。


 コツンとアメリアと拳を合わせる。


「最後はアメリアが逃げ切ってくれたからな。助かった」

「レイとアリアーヌがなんとか耐えてくれたからよ。無事に勝つことができて良かったわ」

「わたくしとレイならば当然ですわっ!」


 三人で喜びを分かち合う。その一方で、俺は自分に注がれる視線を感じ取った。それは、俺たちの前に試合を終えたチーム:フォルストの三人だった。


 どうやら、円形闘技場コロッセオで観戦をするのではなく、こちらに用意されているモニターで試合を観戦していたようだった。


 ルーカス=フォルスト。

 エヴィ=アームストロング

 アルバート=アリウム。


 決勝戦で当たるとすれば、彼らだと思っていたが……その予想は的中。そして、決勝戦のカードがついに揃った。


 チーム:オルグレン対チーム:フォルスト。


 決勝がこうなるのは、元々予想していたことだ。予選での各チームの戦いを見れば、こうなることは高い確率で予想できる。


 決勝戦は異次元の戦いになるだろう。


 俺たちも出し惜しみをすることはできない。元より決勝戦なので、もう後のことを考える必要はない。おそらくは、固有魔術オリジンも出る試合となるだろう。


 そして、ルーカス=フォルストには【秘剣】がある。


 それは魔術を組み込んだ剣技。分類としては、固有魔術オリジンに匹敵するということで固有魔術オリジンに指定されている稀有なものだ。


 それをどうにしかしないことには、勝利することは不可能だろう。


 さらに、アルバートとエヴィもそれに加わるとなると……この試合は早期に決めるのは望まないほうがいいだろう。むしろ、劣勢になったときは1ラウンドを捨てる覚悟をした方がいいかもしれない。


 そう考えてしまうほどには、チーム:フォルストは強敵であった。


「二人とも。決勝戦はおそらく、今までの中で最も厳しい戦いになる。こうして勝利した後に言うのは心苦しいが、気を引き締める必要があるだろう」


 すると、二人ともに鋭い顔つきになる。


「えぇ。もちろんよ」

「分かっていますわ。相手は今大会でも屈指のチームだと。しかし、もちろん勝つのはわたくしたちですわっ!」


 いつものように、その豊満な胸を張ってアリアーヌは高らかに宣言する。そんな様子を俺とアメリアは、じっと見つめる。


 決してそれは虚勢の類ではない。


 俺たちならば、優勝できる。あと一勝すれば、優勝が確定。


 今までは誰かとこうして戦うことはあったが、それでもこのような気持ちになったのは初めてだった。それはなんと言えばいいのだろうか。


 この高揚感を、言葉で表すのは難しい。だが決して、悪い気分ではなかった。


 その後、俺たちは解散するとそれぞれが帰路へと着く。



「おっと……これはこれは、申し訳ありません」



 目の前の男性に軽く触れてしまう。しかし今のは、奇妙な感覚だった。決して相手が意図してぶつかってきたわけではない。


 だがまるで俺の意識に潜り込むようにして、こちらに向かってきたかのような感覚。


 いや、きっと考え事をして歩いていたからだろう。


 視線を、ぶつかってしまった男性へと改めて向ける。


 長身で細身。さらには、艶やかな白い髪ではあるが、男性にしては長い。それは腰まで伸びていた。


 また服装は真っ黒なスーツということもあり、全体的にとても映える。


 肌もかなり白いため、おそらくはアルビノの方なのだろう。


 また、一見すれば、女性のようにも見えるが低めの声から俺は男性と判断したのだ。


「いえ。こちらこそ、ボーッとしていたので。申し訳ありません」

「いえいえ。私のほうも、スーツに気を取られていて。実は下ろし立てで、歩きながらチェックしていたのですが、本当に申し訳ないことをしてしまった」

「大丈夫です。こちらには、なんの被害もありませんので」

「そう言ってもらえると、非常に助かります。これはほんのお詫びです」


 彼がそう言ってポケットから取り出したのは、四角い包に包まれた小さなものだった。


「キャラメルです。甘いものはお嫌いですか?」

「いえ」

「それでは、どうぞ」

「ありがとうございます」


 素直にそのキャラメルを受け取る。すると彼は、ニコリと微笑みながら俺の横を通り過ぎていく。



「レイ=ホワイトさん。またいずれ、お会いしましょう」



 その言葉を聞いて、振り返る。


 だが、すでにそこに彼の姿はなかった。俺は自分の名前を告げてはいない。


 もしかして、大会を観戦しているから知っていたのか? 


 そう考えるのが、道理だろうが……。


 ふと、手の中にあるキャラメルを見つめる。そこには確かに、先ほどもらったキャラメルがあった。念のため、キャラメルに何か細工がされていないか確認するが……問題はない。


 魔術的な兆候は、何一つ感じ取ることはなかった。


「……考えすぎか」


 この出会いは、一体なんだったのか。奇妙な何かを感じるが……。


 そして俺はもう一度振り返ると、まっすぐ進んでいくのだった。



 ──いただいたキャラメルはとても甘くて、美味しいものだった。

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