第212話 観戦と比翼


「レイ=ホワイト。こうして戦いを見るのは、この大会が初めてだけど……やはり、彼は凄まじいね」


 ルーカス=フォルストはエヴィとアルバートと共に、レイたちの試合を観戦していた。


 そして、彼の言葉の通りルーカスはレイの実力を伝聞でしか聞いていない。出会ったのも、魔術剣士競技大会マギクス・シュバリエの時が初めて。


 元々は噂では聞いていた。当代の【冰剣の魔術師】は今までの魔術師の中でも頂点に位置していると。魔術領域暴走オーバーヒートの後遺症は残っているが、それも踏まえても彼は七大魔術師になるだけの実力がある。


 そのような認識をルーカスも持っていたが、やはりこうしてレイの戦いを見るとその噂も嘘ではないとはっきりと分かる。


 何よりも、レイはまだまだ本気を出していない。その中で、あのパフォーマンスを発揮しているのはもはや学生レベルではない。


 匹敵するならば、自分しかいないだろう……と考えるが、レイと一対一になるのは得策ではない。そうなってしまえば、エヴィとアルバートが相対するのはアメリアとアリアーヌになってしまう。


 ルーカスは、二人のことを高く評価している。魔術師としての技量はすでにかなりのものだろう。だが、三大貴族の二人は流石に部が悪い。


 しかし、レイの戦いを見る中でその意識も少しずつ変わってきている様子だった。


 また、その中でも彼が警戒しているのはレイだけではなかった。


「アメリア=ローズは、どうやらまだ因果律蝶々バタフライエフェクトを使わないようだね」

「そうみたいですね」

因果律蝶々バタフライエフェクトかぁ……あれは、俺も見たが凄かったよなぁ……」


 この話はすでに、三人で共有している。


 チーム:オルグレンで一番の敵になるのはレイ=ホワイトだけではない。もちろん、レイが全力を出せば話は別なのだろうが、魔術領域暴走オーバーヒートのこともあるからだ。


 それを考慮すると、最大に警戒すべきは──アメリアの因果律蝶々バタフライエフェクトだろう。


 因果に干渉し、因果を接続することも、切除することも可能な魔術。ルーカスが知る魔術の中でも、トップクラスの性能を誇るそれを無視などはできない。


「……ルーカス先輩。やはり、相手は先輩一人で?」

「そうだね。あれは僕じゃないと相手にできないだろう。いや、僕でも厳しいかもね」

「先輩がそこまでいうほどですか……」


 アルバートはそう声を漏らす。


 元々、七大魔術師とはいえルーカスが特化しているのは超近接距離クロスレンジでの戦闘。保有する秘剣を使えば、肉薄できるかもしれないが……【攻撃が当たらない】という結果を接続されてしまえば、そこまでだろう。


 アメリア=ローズ。


 他の七大魔術師もすでに認めているが、彼女のもつ因果に干渉する魔術はそれだけ厄介なのだ。


「勝ち筋があるとすれば、やはり僕があの二人と戦って、君たちがレイと戦うことだろう。きっと相手もそれは理解している。決勝戦で彼らと当たることになれば、そうなるのは自明だろう」

「分かりました。レイと戦い、勝利してみせます」

「おうっ! 俺とアルバートなら、レイに届くぜっ!!」

「といっても、状況は臨機応変に変化する。初めは少し、奇襲を考えてもいいかもしれないね……」


 二人の言葉を聞いて、ルーカスは微かに笑みを浮かべる。レイと同様に、彼の過去は普通ではない。そもそも、七大魔術師に至る魔術師は全てが何かしらの過去を持っている。


 ルーカスもまた、その一人。


 学院に入学はしたが、ずっと一人だった。彼はそれを受け入れていた。自分に匹敵する魔術師は、ここにはいない。学院に入ったのは、ただそうした方がいいと魔術協会の会長に言われたからだ。


 レイと同じように、ルーカスもまた彷徨っている魔術師の一人だった。


 しかし、エヴィとアルバートという後輩二人に出会って、彼もまた変わろうとしていた。


 仲間と戦うことも悪くないと……そう思うほどには、彼は今の大会を楽しんでいるのだった──。



 ◇



「では、先輩。私はこれで失礼します」

「あぁ。また夜に」

「はい」


 レイたちの試合が終わったということで、リディアとリーゼはいったん別れることにした。夜は飲みに行くという約束だが、まだ時間はある。リーゼは自宅で少し論文を読み直しておきたいらしい。


 そして、カーラに車椅子を押してもらって会場の外に出ると……そこでは仁王立ちしている小さな子どもがいた。


 肩まで伸びる艶やかな赤色の髪。しかし、周囲の長さと比較すると、前髪は極端に短い。服装もまた、子ども用の小さな黒のコートを羽織っている。


 その少女は、リディアを見つけると大きな声を上げる。



「──リディア! 待っておったぞっ!!」



 高らかに声を上げる少女を見て、リディアは苦虫を噛み潰したような顔をする。その歪んだ顔は、出会いたくない人間に出会ってしまった……といったところか。


 そして、リディアは忌々しそうに彼女の名前を告げる。



「……フラン、どうしてここにいるんだ?」



 彼女の名前は、フランソワーズ=クレール。


 二つ名は──【比翼の魔術師】である。


「それはもちろん、レイがいるからじゃ! もう試合は終わってしまったようじゃが……」

「そうか。では、私はこれで失礼する。カーラ、出してくれ」

「はい」


 と、フランを無視してリディアは通り過ぎようとするが、彼女は思い切りリディアの襟首を掴むのだった。


「おい! 我がこうして来てやったのじゃ! 労いの言葉はないのかっ!?」

「ない。ロリババアに払う敬意など、ない」

「むきーっ! お前はいつも生意気じゃ!! 年上にもっと尊敬の念を抱くがいいっ!」


 その場でバタバタと暴れるフラン。その言動を見ても、間違いなく誰もがただの子どもと思うだろう。いや、そう思わざるを得ない。幼い容姿に、幼い言動。言葉遣いはどこか奇妙だが、それも子どもゆえにと考えるのが普通だろう。


「……はぁ」


 わざとらしく、ため息を漏らす。


 そう。目の前にいるのは、一見すればただの子ども。その言動からも、完璧に駄々をこねる子どもにしか見えないだろう。


 だが、フランの実年齢は──六十二歳。


 現七大魔術師の中でも、最年長である。本人曰く、容姿が幼いまま変化しないのは謎であると。おそらくは、魔術的な影響だと本人は言っているがその真相はまだ解明されていない。


 しかし、フランは自分の容姿が幼いことはそれほど気にしてはない。むしろ、「若いままではいいではないかっ! ガハハっ!」という始末。


 七大魔術師は変わった人間が多いが、その中でもフランはトップクラスに異常だろう。リディアの中では、キャロルよりもフランの方が嫌いなのだ。キャロルはまだギリギリ、ムカつく範囲で収まるがフランは普通に殺意を覚える。


 何よりも、このうっとしい性格に苛ついてしまうからだ。


「で、いつ帰ってきたんだ? お前はいつも世界中を旅しているだろう? 学会もまだ先のはずだが」

「さっき帰ってきたのじゃっ! ふはは! レイに早く会いたくてなっ!」

「あぁ……まぁ、お前の魔術は便利だからな。で、レイに何のようだ?」

「噂で聞いたのじゃ! レイが学生になっているとな! お祝いを持ってきたぞっ!」


 背中に背負っている大きなバックパックから取り出すのは、何やらよく分からない土偶。それに謎の骨董品の数々。出すところに出せば、それなりの値段になるのだろうが、どうやらフランはその全てをレイへのお土産として持って帰って来たらしい。


 それを大量に取り出すと、その小さな胸を張って自慢げに語る。


「どうじゃ! すごいじゃろうっ!」

「……すごいが、レイが喜ぶとでも?」

「何っ!? レイは骨董品は嫌いなのかっ!?」

「あぁ。もちろんだ」


 ──嘘である。


 レイは基本的には芸術品は好きである。骨董品も例外ではない。きっと、このお土産を見れば目を輝かせていたに違いない。昔からこの手の芸術品に対して、レイは理解がある。


 だがフランを近寄らせたくないリディアは、とっさに嘘をついたのだ。


「そうかぁ……残念じゃのぉ……」


 頭をだらんと下げて、悲しそうに骨董品をバックパックにしまっていく。寂しそうに、少しずつその品を戻していく様子は哀愁が漂っていた。


 そんな様子を見て少しだけ心の痛むリディアだが、こればかりは仕方がない。


 このフランという魔術師はレイに対して異常なまでに固執しているからだ。帰ってきて、リディアが出会うことになったのは不幸中の幸いである。


 問題は、このまま野放しにしておくと……きっとレイのところに行ってしまう。


 大会の最中だけでも、このアホロリババアは確保しておきたいと考え、彼女は苦肉の策に出る。


「フラン。夜にリーゼと飲みに行くんだ。お前も来るか?」

「何っ!? 飲み会じゃと! それにリーゼも来るのかっ!?」

「あぁ。お前はリーゼのことが好きだっただろう?」

「うむ! リーゼは学会で唯一仲良くしてくれるからなっ!」


 それは完全に本人の勘違いである。リーゼはただ、話しかけてくるので適当に相手をしているだけなのだ……リディアは皆までいうことはなかった。


 そんな悲しい現実を直接伝えたとしても、フランはそれを頑なに認めないだろう。


 基本的には脳内は自分の都合の良いことしか受け付けないので、フランはリーゼととても仲良しだと勝手に思い込んでいる。


 実際のところ、リーゼにフランと仲が良いのか、と尋ねると……「いえ。別に」と言葉が返ってくるだろう。


「よし。じゃあ、ついて来い」

「分かったのじゃっ!」


 そうして、フランを確保すると、リディアたちはそのまま進んでいくのだった。




 ◇



 七大魔術師まとめ


 1【冰剣の魔術師】──レイ=ホワイト

 2【灼熱の魔術師】──アビー=ガーネット

 3【幻惑の魔術師】──キャロル=キャロライン

 4【絶刀の魔術師】──ルーカス=フォルスト

 5【虚構の魔術師】──リーゼロッテ=エーデン

 6【比翼の魔術師】──フランソワーズ=クレール

 7 現時点では不明

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