第209話 魔術戦の真髄


 アメリア、アリアーヌの二人と分断された俺はたった一人、アスター先輩と対峙していた。


 試合前は人の良さそうな笑みを浮かべてはいたが、今は別人のように鋭い雰囲気を纏っている。


 メルクロス魔術学院の中でも、トップの魔術師と謳われている彼に対して俺はどのように攻めるべきなのか。


 いや、元々はこの可能性も検討はしていた。そもそも、俺という存在を予選であれだけ見せつけたのだ。


 孤立する可能性については、二人にも伝えてあった。その場合、相手は二人がかりで来ると思っていた。しかし、いま目の前にはアスター先輩が立ちはだかっている。


 つまりはたった一人で俺の相手をしようということか。


 相性で言えば、俺の方が有利なのは自明だろう。アスター先輩は魔術師の中でも、遠距離での魔術戦を得意としている。一方で、俺は超近接距離クロスレンジでの戦闘を得意としている。


 彼が俺と一対一で戦うには、圧倒的に条件が悪すぎる。それでも俺を狙い撃ちしてくるという事は、何か固執しているというよりは、勝算があると見るべきだろう。


 それは、彼が感情に身を任せて一般人オーディナリーである俺という存在に固執するタイプとは思えないからだ。



「さて、君の力……見せてもらうよ」


 その言葉が、戦いの始まりの合図だった。


 この勝負は俺が超近接距離クロスレンジに潜り込んでしまえば、決着がつく。一方で彼は、懐に入れないように俺を無力化する必要がある。


 そして、アスター先輩に向かっていくと見せかけて、俺はすぐに後方へと走っていく。ここで馬鹿正直に、一対一をする必要などはない。


 彼の目的は俺の足止め。最高でここで無力化するのが目的だろう。


 俺たちはフラッグを外の所定の位置に持っていけば勝利となる。


 各個撃破など、二の次である。だが、どうやら……すでにこの領域が彼が展開した広域干渉系の魔術によって支配されていた。


 俺たちをぐるっと囲むようにして顕現するのは、紅蓮の炎。おそらくは、灼熱領域イグニスフィールドを元から展開していたのだろう。その炎の壁は、優に数メートルを超えている。


 本質である、【還元レストレーション】を使えばこれを突破する事は容易い。しかし、この能力をここで晒してしまうのは後の試合に影響が出てしまう。


 それに、三つの本質を使うとなると魔術領域をそれなりに酷使することになる。


 できれば消耗の少ない、内部インサイドコードだけでまだ戦いたい。試合はまだこの先も続いていく。後の試合も考慮すると、ここで本質を出すのは避けておくべきだろう。


「やりますね」

「君がその選択に出る事は考慮していたからね。先に、遅延魔術ディレイで展開させてもらっていたよ」

「……」


 その技量には、ただただ感嘆を覚える。俺は別に、ただ無用心に彼の領域に入ったわけではない。


 彼は魔術に特化したメルクロス魔術学院のトップの魔術師。その実力は、予選の時から目撃していた。


 しかし、知覚されないように張り巡らせていた灼熱領域イグニスフィールドに俺は気がつかなかった。


 用心して、知覚領域を展開していれば良かったが……すでに時は遅い。こればかりは、俺の予想を彼が上回ったということだろう。


「君は感が鋭い。いや、第一質料プリママテリアに対する感覚が抜き出ている。それは今までの試合も見て思ったよ。面白い。非常に面白い。君のような魔術師は、初めて見たからね」

「……饒舌ですね」


 対峙する。時間が惜しいため、すぐにでも戦いを始めたいがアスター先輩は雄弁に語る。


「そうだね。僕自身も驚いているよ。でも、君と戦うことを楽しみにしていた。レイ=ホワイトくん。君はどうだい?」

「そうですね。光栄なお話です。しかし、勝利するのは自分です」

「ははは! いいよ、その殺気。やはり君は、ただの一般人オーディナリー出身の魔術師とは考えない方が良さそうだ」


 認められているのは嬉しいことだが、すでに時間は確実に経過している。


 ここで彼を撃破して、すぐにでも二人に合流すべきだろう。それに、試合は最低でも二回は続く。


 できるだけ消耗は抑えておきたい。


 そもそも、一対一を強いるという事は最悪の場合、ここで辞退リタイアすることになりかねない。本戦一回戦でもあったことだが、初戦であまりのダメージを負って、二試合目ができないケースは稀にだが、存在した。


 そのリスクを取ってまで俺と戦う。


 それは、自信の現れだろう。ならば、真っ向から立ち向かうしかないだろう。



「──さぁ、最高の戦いを始めようッ!」


 彼がバッと両手を掲げると、俺を取り囲むようにして氷の壁が迫ってくる。


 すぐにそれを知覚して、氷の壁に対して垂直になって疾走する。自身の相対位置は、魔術によって固定することでそれは可能となる。


「やるね! でも、これはどうかなッ!」


 その氷の壁を走っていくのは、蛇の雷撃。


 蛇の形を模したそれは、俺を狙って大量に迫ってくる。両方ともに、高速魔術クイックで発動された魔術。


 氷壁アイスウォール電撃蛇サンダースネーク


 どちらともに、中級魔術ではあるが威力と魔術の発動プロセスを考えれば、バランスの良い魔術だろう。


 それに何よりも、アスター先輩は魔術の発動が早い。


 遠距離での魔術戦に特化している魔術師は大まかにいって、二種類に別れる。


 まずは、膨大な魔術領域を保有している魔術師。これは、魔術領域が大きいために一度の魔術で多くのコードを書き込むことができる。アメリアなどは、このタイプの魔術師だろう。


 その膨大な魔術領域をフルに使って、発動するのが因果律蝶々バタフライエフェクトだ。


 一方で、魔術領域は大きくはないが、コードの書き込みが早い魔術師がいる。おそらく、アスター先輩はこちらのタイプだろう。アメリアもまた、コードの書き込みは早いが、高速魔術クイックはまだ発展途上。


 俺と比較すれば、その技量はまだまだだ。俺もどちらかといえば、能力をフルに発揮してない今は、後者のタイプである。


 それを内部インサイドコードと掛け合わせて、超近接距離クロスレンジでの戦闘を得意としている。



「……くッ!! 数が多いッ!!」


 声を漏らす。


 目の前に広がる電撃蛇サンダースネークの数は、時間が経てば経つほど増えていく。俺はそれを、氷礫アイシクルピアスで削っていくがそれでも彼の方が速度は上。


 純粋な魔術戦という点では、今の俺では劣るだろう。


 ここは森ではないということもあって、真正面から対峙するしかない。ここがカフカの森であれば、射線を切るように動くことができるのだが、それは叶わない。


 しかし、それならば自分で射線を切る物質を生み出してしまえばいい。


 そして俺は、別の魔術を発動する。



第一質料プリママテリア=エンコーディング=物資マテリアルコード》


物資マテリアルコード=ディコーディング》


物質マテリアルコード=プロセシング=減速ディセラレーション固定ロック


《エンボディメント=物質マテリアル



「──氷柱アイスピラー


 彼との間に等間隔に展開するのは、氷柱アイスピラーだ。


 これは下級魔術であるが、魔術とは使い方次第である。今回は、射線を切るという目的のためだけにこの氷柱アイスピラーを生み出した。


 次々とこの場に、氷の柱が形成されていく。


 そして、迫りくる電撃蛇サンダースネークをその氷柱アイスピラーを使って躱していく。それと同時に、各個撃破も忘れていない。


 先ほどよりは圧倒的に戦いやすくなっている。


 ──環境が自分の合っていないのならば、自分に合うようにすればいい。


 これは、師匠の教えの一つでもある。


 何も魔術戦は、聖級魔術や大規模連鎖魔術エクステンシブ、さらには固有魔術オリジンを使うことができれば勝てるというものではない。


 何事も、ものは使いようなのだ。


 そうしていると、アスター先輩も焦っている様子が窺える。彼ほどの技量があれば、この氷柱アイスピラーを一気に溶かし切るのはわけがないだろう。


 それこそ、外側に展開している灼熱領域イグニスフィールドをこの中にまで展開すればいいだけのことなのだから。


 しかし、それができないのは……そうしてしまえば、俺が懐に入ってしまう時間を与えてしまうからだ。攻め切る事はできないが、彼にできるのは現状維持だろう。


 一方の俺は、虎視淡々とこの状況が動くのを待ってるのだった。

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