第208話 二人きりの攻防


 ついに始まった攻城戦。


 だが、レイたちの思惑とは裏腹に三人は綺麗に分断されることになってしまった。予想してないわけではなかったが、相手の仕掛けが思ったよりも早く、レイと別れてしまったアメリアとアリアーヌ。


 すでに、レイの姿は見えない。


 魔術が発動した兆候は感じ取ったが、魔術師の気配はしない。発動したのは、遅延魔術ディレイだ。そのため、術者は近くに潜伏する必要もない。


 また今までの試合を見てきた上で判断するが、魔術に特化したチームは防衛という一点においてかなりの有利になる。


 こうして彷徨っている間にも、場内には大量の遅延魔術ディレイが構築されているからだ。


はぐれましたわね」

「えぇ。でも、レイなら一人でも大丈夫よ。先を急ぎましょう」

「分かりましたわ」


 二人ともに、冷静だった。


 それはもちろん、今回の試合に当たってこのようなケースはすでに想定の一つだったからだ。もともとレイがかなりマークされているのは、周知の事実だった。


 噂でもまた、白兵戦という点に限ればあの三大貴族を凌ぐではないかと言われているほどだ。


 そのためレイを一人に分断するのは、作戦としてはあり得ることだと聞いていたのだ。さらに、アメリアとアリアーヌはレイのことを誰よりも信じている。


 たった一人になろうとも、絶対に大丈夫だと。


 レイと分断された時は、各自でフラッグを探すことになっている。といっても、今回の試合に限ってはすでにおおよその目星はついているのだが。


 古城全体の構造はそれほど広いものではない。もともとは、解体工事が進んでおりすでになくなっている箇所も多い。


 全体としては、地下、一階、二階、三階の全四フロアに別れている。


 その中でも、レイの予想は地下だった。相手のチームの防衛戦では、今までは地下を選択した事はない。あえて裏をかいて、同じところにフラッグを設置することもあり得るが、その線は消していた。


 レイ曰く、ただの直感に過ぎないがそれは的を得ていた。


 まずは、アメリアとアリアーヌはすぐに地下へと向かう。入り口自体は二箇所あり、近い方を選択。するとそこには大量の遅延魔術ディレイが敷いてあった。


 逆にこれが囮の可能性もある。遅延魔術ディレイが大量にあることで、この先にフラッグがあると思わせる作戦も、他の試合で見られた。


 だが、アメリアには確信があった。


「この先にあるわね」

「分かりますの?」

「まぁ、なんとなくだけど」

「アメリアはかなり感覚が鋭くなっていますわね」

「そう?」

「はい。そう思いますわ」


 アリアーヌの言葉は、あながち間違いではなかった。アメリアの魔術的な感覚はかなり鋭くなっている。


 それは、リーゼとの特訓の副産物のようなもの。もともとアメリアのには、膨大な魔術領域と魔術に対する感覚の鋭さという才能があった。


 今まではそれが、眠っていただけ。それが今では、顕在化するようになったのだ。


 リーゼに次期七大魔術師の候補になると言われるだけあって、彼女の能力はここにきてさらに伸びていた。


「……止まって」

「えぇ。わたくしにも分かりますわ。ここから先は──」


 二人の視線の先には、フラッグが設置されていた。それは一見すれば、容易に取ることができるように思える。しかし、そう思い込むことこそが罠である。


 今までの試合を観戦してきたこと、さらにはレイから伝達されている情報。それらを踏まえた上で、あっさりとフラッグを奪うことができるとは思えない。


 そして、アメリアは地面に右手をそっとつける。


「……かなりの数の遅延魔術ディレイが設置されているわ」

「巧妙ですわね。側から見れば、第一質料プリママテリアを感じる事はほとんどありませんのに」


 自身の保有する第一質料プリママテリアをソナーのようにして広げると、この場に展開されている魔術を把握する。もちろん、遅延魔術ディレイが発動しないように出力は最低限にしてある。


 これは、レイから教えられた技術である。レイ本人は、そんなことをせずとも遅延魔術ディレイを知覚出来るのだが、万全を期すためにアメリアはこの魔術も習得していた。



「さて、出てきなさい。いるのは分かっているのよ」



 凛とした綺麗なアメリアの声が、室内に響き渡る。すると、この空間の外側が不自然に揺らぐ。現れるのは、相手チームの残り二人。


 相手もまた、アメリアとアリアーヌを最大限に警戒している。


 ここまでは相手の作戦の通りだ。


 レイをアスター一人で相手をして、残りは二体二の戦いにする。


 そして、二回戦ではまだ固有魔術オリジンを使用するとは相手も考えてはいない。ここから先はスケジュールが過密な戦いになる。


 そのため、出来るだけ温存して勝利したいはずだ。それこそ、3ラウンドの中で先に二勝してストレートで終わらせたいと。


 その予想は的中していた。


 今回の試合では、レイから固有魔術オリジンの使用は許可されていない。厳密にいえば、それは命令ではなく懇願に近いものなのだが、アメリアとアリアーヌともに固有魔術オリジンを使用するつもりはなかった。


 ただ真正面からねじ伏せると、決めているのだから。



「アメリア。いきますわよ。遅れないように、お気をつけて」

「任せて。完璧に合わせてみせるわ」

「ふふ。それは頼もしいですわ」


 瞬間。


 アリアーヌは大量に敷かれている遅延魔術ディレイなどお構いなしに、単独で突撃。


 腰を低くして、そのまま疾走していく。それと同時に、発動する遅延魔術ディレイ


 今回の遅延魔術ディレイで使用された魔術は、氷結領域グレイスフィールド


 魔術の分類でいえば、大規模魔術エクステンシブとされている魔術。


 起点となる場所から、点と点を繋ぐようにして地面の上を第一質料プリママテリアが走っていく。そして、繋がった瞬間に顕現するのは見渡す限りの氷の世界。


 アリアーヌはそれに足を取られてしまうかに思えたが、自分の足に触れる間際で宙に飛翔。


 しかしそれは、相手の思う壺。宙に浮いてしまえば、ただの的。あとは、狙い撃ちをするだけ。


 そう思えたが、戦っているのはアリアーヌだけではない。



 《第一質料プリママテリア=エンコーディング=物資マテリアルコード》


物資マテリアルコード=ディコーディング》


物質マテリアルコード=プロセシング=加速アクセラレーション


《エンボディメント=現象フェノメノン



「──灼熱領域イグニスフィールド


 対抗するのは、氷結領域グレイスフィールドの真逆の魔術である灼熱領域イグニスフィールド


 展開される氷結領域グレイスフィールドを一瞬でアメリアは打ち消した。


 何よりも感嘆すべきは、その調整力。出力を上げ過ぎれば、アリアーヌもまたこの灼熱の世界に飲み込まれてしまう。


 だがアメリアは相殺するために、相手が時間をかけて生み出した氷結領域グレイスフィールドの全てを一瞬で把握。


 そして、綺麗に相殺できるだけの出力で上から被せるようにして灼熱領域イグニスフィールドを展開。


 そこからさらに、アメリアは生まれた熱波を利用して魔術を重ねる。


「──暴風ストーム


 高速魔術クイック暴風ストームを発動すると、アリアーヌの背中を押すようにして彼女を宙で加速させる。


 そして、相手は完全に照準を定めることができずに、魔術はアリアーヌの後ろを通り過ぎていく。


「なぁ……っ!?」

「う、嘘っ!? 一気に二つの魔術を重ねる!? しかも、この規模でっ!!?」


 相手の女子生徒二人は、魔術師としてかなりの練度にあるために理解できてしまった。


 その魔術の異質さに。


 氷結領域グレイスフィールドを完璧に相殺した後に、高速魔術クイック暴風ストームを発動したその技量はすでに学生の域を超えている。


 普通は必ず、大規模な魔術の後にはインターバルが必要となる。


 それは、魔術領域が圧迫されてしまい十分な威力の魔術を発動できないからだ。


 しかし、アメリアの魔術領域は七大魔術師をも超える容量キャパだ。この程度の魔術は、こなせて当然というほどにはすでに魔術師として完成されていた。



「お二人とも、呆けていてはダメですわよ?」



 眼前に迫るアリアーヌ。アメリアとは違い、超近接距離クロスレンジでの魔術戦に特化している。


 相手はそれを分かっているため、懐に入れないためにもあらゆる魔術を凝らしていたというのに、アメリアに全て無力化されてしまった。


 そうして、迫るアリアーヌをどうすることもできずに、フラッグはアリアーヌの手に渡る。


 こうしてアメリアとアリアーヌの二人は、すぐに地下から外へと出ようと試みるのだった。

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