第197話 決着の時



「──翠玉の庭エメラルドガーデン


 展開される固有魔術オリジン翠玉の庭エメラルドガーデン。その名の通り、目の前には深い緑色の世界が広がっていく。


 この固有魔術オリジンの特徴は広域干渉形であり、指定した範囲の第一質料プリママテリアを操作することにある。


 また、変幻自在に伸びる植物のツタを触手のように操ることもできる。


 珍しい固有魔術オリジンではあるが、まさか学生がこの規模の固有魔術オリジンを保有しているとは想定しておらず、わずかに呆けてしまう。


 しかし、すぐに思考を切り替えると二人に指示を下す。


「アメリアッ! アリアーヌッ!! 拠点を死守しろッ! 最前線は俺一人で行くッ!!」

「レイ! わたくしも加勢にいきますわっ!」

「俺一人でいいッ! アリアーヌはアメリアのサポートだッ!」

「……了解ですわっ!」


 有無を言わせないような勢いで、俺は声を荒げる。


 この翠玉の庭エメラルドガーデンの厄介なところは、第一質料プリママテリアを操作するという一点にある。


 ルール上、拠点内の第一質料プリママテリアを操作することは禁止されているが、それ以外であればハートネット先輩は自分の意志で第一質料プリママテリアを操作できる。


 詰まるところ、自分には十分な第一質料プリママテリアを収束させ、俺たちには極力第一質料プリママテリアを与えない。


 そうすることで、相手は自由に魔術を使用でき、こちらは十分に魔術を使えないことになる。


 バフとデバフという二つの効果を持ち合わせたそれは、厄介極まりない固有魔術オリジンである。


 だが、この局面で使用したということは追い詰められているのは間違いない。


 それに、シェーリエ姉妹は完全に戦闘不能になっている。過度の魔術使用で、その場に倒れ込んでいる。その様子からもう動くことは叶わないようだ。


「……やるしかないか」


 ボソリと呟く。


 この局面を予想していなかったとはいえ、あと四分持ち堪えればポイントは全て取得することができる。


 その瞬間、こちらの勝利は確定。


 現在は、アメリアとアリアーヌに向かって無数のツタがまるで意志を持っているかのように迫っている。今の様子であれば、なんとか二人で耐え切れるだろう。


 その間に俺は、この翠玉の庭エメラルドガーデンを生み出しているハートネット先輩に相対するしかない。



「おーっほっほっほっ! これを出したからには、私たちの勝利は確定よっ!」



 この領域内の中央で、高らかに笑い声を響かせる。


 彼女の周りには、囲むようにして大きな花のようなものが生まれていた。それは防御壁でもあり、核でもある。その花を破壊できれば、この固有魔術オリジンは止まる。


 今はリソースを使い分けているようで、ポイントに入っているアメリアとそれをカバーしているアリアーヌを狙いつつ……俺に対しても意識を向けている。


 これだけの固有魔術オリジンを使えるだけあって、リソースの分配もしっかりとできるようだった。


 その自信は、伊達ではないといことか。


「さぁ。私の庭で踊りなさいっ!」


 瞬間。


 俺を捕獲するようにして、一気に無数の触手のように蠢くツタが頭上から迫ってくる。


 それを知覚して、すぐに躱す。しかし、その攻撃はさらに物量を増していく。


 この森という地形も相まって、彼女の翠玉の庭エメラルドガーデンは最大限の威力を発揮している。


 周囲にあふれる、可視化しているほどの淡いみどり色をした第一質料プリママテリア


 それは一気に彼女を覆っていき、その花はさらに大きく肥大していく。


 一方で、俺たちの方には第一質料プリママテリアが流れてこない。


 決してなくなるわけではないが、循環が悪い。このままでは、ろくに魔術は使用できない。


 しかし、不幸中の幸いなのか……俺とアリアーヌは内部インサイドコードを主軸として戦っている。


 アメリアの戦力は大幅ダウンだが、外部アウトサイドコードを使用する普通の魔術よりは影響は少ない。


 そして俺は、一気にコードを走らせる。



第一質料プリママテリア=エンコーディング=物資マテリアルコード》


物資マテリアルコード=ディコーディング》


物質マテリアルコード=プロセシング=減速ディセラレーション固定ロック


《エンボディメント=物質マテリアル



 生み出すのは、冰剣。

 

 といっても、冰千剣戟アイシクルブレイズで無数の冰剣を生み出すのではなく、たった一本。それを右手に握り締めると、一気に大地を駆け抜けていく。


 周囲の景色が一気に流れていく。


 疾走。


 この森の中を駆け抜けていく。すると、絡めとるように再びツタが俺に襲いかかってくるが……その全てをこの冰剣で切り裂いていく。


「……くっ!!? あまり私を舐めないことねっ!!」


 さらに生み出されるのは、粉塵。おそらくは花粉の類なのだろうが、視界が一気に悪くなる。


 だが俺は戦闘に関しては、この視界だけに頼ってしているわけではない。


 一瞬だけになるが、絶対不可侵領域アンチマテリアルフィールドを展開。


 流石にこの粉塵の中では、中継にも映ることはないだろう。そして、その粉塵を掻き消すと同時に、花の核を知覚。


 触手の位置とハートネット先輩を覆っている花の核を発見した。


「……」


 冷静に、ただただ冷淡に、行動を開始する。


 深く意識を落とすように、地面を踏み締める。そうしてついに、射程距離キリングレンジへと入る。


 すると、彼女も焦っているのだろう。今までの比ではない攻撃が俺を襲う。おそらくは、リソースを全て俺に割いたのだろう。


 ここまで来れば決着はついたも同然。


 あとはアメリアがポイントに居続ければ、俺たちの勝利。


 しかし、ここで終わらせる気はなかった。


 これからの布石のためにも、この翠玉の庭エメラルドガーデンは俺一人で対処する。


「お嬢様っ!」

「危ないですっ!!」


 と、その花に近づいていくと倒れてたはずのシャーリエ姉妹が庇うようにして、現れた。魔術はもう使えないというのに、その身一つで庇う姿には感嘆を覚えるが、今はそれをあしらうしかない。


 俺は乱暴に二人を蹴りで弾き飛ばすと、そのまま苦悶の表情を浮かべているハートネット先輩の元へと駆け抜けていく。


 すでに俺のスピードについてこれなくなったようで、ただ後を追いかけるだけになっている。


「ひっ!!」


 そうしてついにたどり着いた。


 その花弁を切り裂くと、中央にある先輩の元へと到着。


 そして、地面に埋め込まれている緑の大きな塊に冰剣を突き刺した。


 瞬間。


 展開されていた翠玉の庭エメラルドガーデンが綺麗な翠の第一質料プリママテリアへと戻っていく。


 そうして、森の中に大きなサイレンの音が響き渡る。


「勝者はチーム:オルグレン」


 アビーさんの声が、魔術によって森の中で反響する。


 目の前にいるハートネット先輩は、呆然とした表情でその場にぺたんと座り込む。


 一方で俺は自分の流れている汗を拭う。


 どうやら、試合は決着。完封したといってもいいだろう。


 流石に翠玉の庭エメラルドガーデンほどの魔術が出てくるとは予想していなかったが、しっかりと臨機応変に対処することができただろう。



「あ……ま、負け? 私たちの、負け……?」



 ボソリと呟く。その姿は、まだ自分の敗北を受け入れることができていないようだった。


 俺はそんな彼女の元に歩みを進めると、スッと腰を低くして握手を求める。


「ハートネット先輩。素晴らしい魔術でした。それに、とても楽しい試合でした。ありがとうございました」


 握手には応じない。だが、彼女の目には何か今までとは違う別の意志が宿っていた気がした。


「あ、あなたは何者なの……? 本当に一般人オーディナリーなの?」

「はい。しかし、魔術師の技量とは血統だけで決まるものではありません」

「そう……そうなのね……」


 俯く。そして、スッと手を伸ばしてくる。


「レイ=ホワイト。認めましょう。今回は、私の完敗であると」


 グッとその手を握る。


 その言葉が出て来たのは、意外だった。彼女はこうして真正面から打ち破っても、決して俺のことは認めてくれないと思っていた。それは今までの接し方からそう思っていたのだが……どうやら、その顔は少しだけ晴れやかなものになっていた。


「……失礼な言葉になりますが、認めてくれるのですか?」

翠玉の庭エメラルドガーデンを真正面から打ち破られて、あなたを否定するほど……私は落ちぶれてはいません。世界は広い。そういうことにしておきましょう。私も熱くなりましたが、いい試合でした。ありがとう」

「こちらこそ」

「そ……その、あなたの戦っている姿はちょっと──」


 言葉の最後はあまり聞こえなかった。しかし、顔が少しだけ試合中よりも赤くなっているような気がした。


「? すみません。聞き取れなかったのですが」

「な、なんでもないですっ! とりあえずは、認めてあげますっ!」


 握手を交わす。


 貴族としての矜持はあるのだろうが、こうして認める器を兼ね備えているのは流石の上流貴族の令嬢と言ったところだろうか。


 すると、後ろからアメリアとアリアーヌがやってくる。


「レイ! 勝ったわ! やったわねっ!」

「レイ! やりましたわねっ!」

「うおっ……!」


 アメリアが飛びついてくると、続いてアリアーヌもまた思い切り抱きついてくる。興奮が止まないのか、二人とも今回の勝利を讃える。


「すごいわっ! 私たち、勝ったのよ!」

「訓練の成果が出ましたわっ!」

「あぁ。三人で勝ち取った勝利だ」


 大規模魔術戦マギクス・ウォー、予選。第一試合は、チーム:オルグレンが快勝することになるのだった。

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