第178話 羨望と憧憬
アリアーヌ=オルグレン。
わたくしは、オルグレン家の長女として生を受けました。三大貴族の長女。それが特別な存在であるということは、すぐに理解できました。
それでも自分はありのままの自分でいるのだと。
ずっとこの自分は変わりはしないのだと……そう、思っていました。
「アメリア! 一緒に遊びましょう!」
「いい……私はもう、遊ばないから……」
アメリアはある時を機に、わたくしから離れていってしまいました。物心ついた時から一緒にいて、ずっとお友達だと思っていたのに離れ離れになってしまう。
ポツンと一人で立ち尽くした時、ある感情が芽生えました。けれど、わたくしはそれを見ない振りをして、隠すようにして、そこから先に進むようになりました。
初めはアメリアの目標になりたいと。直接声が届かないのなら、模範となる姿を見せることができたらいいなと、そんな動機で自分磨きを始めたのです。
でもわたくしも結局は一人だった。
三大貴族の長女ということで、周りの子供たちはわたくしを崇めるような目で見つめてくる。
「流石はアリアーヌ様!」
「オルグレン家の長女は流石ですね!」
「アリアーヌ様! 素晴らしいです!」
それに応え続ける日々。アメリアが磨耗していくのも、わかりますわ。これは本当に耐え難いと……わたくしもまた、そう思ってしまうのです。
しかし、そんなことは気にせずにわたくしは自己と向き合い続けました。
たった一人で努力に努力を重ねて。
オルグレン家の長女として相応しい振る舞いをするために、毎日の生活を送ってきました。
別にオルグレン家に不満はありませんの。
お父様とお母様。お兄様も素晴らしい人たち。それに、しばらくして出来た妹のティアナはとっても可愛い。目に入れても痛くないくらいに。
けれど、どうしてこんなにも心に穴が空いたような感覚になるのでしょう。
そんな感情に気が付きたくはなかったから、努力を続けました。何かに一生懸命に取り組んでいるときは、忘れることができるから。
三大貴族の令嬢であり、周囲の期待に答えるという圧力を少しでも忘れることができるから。
本当は気がついていましたの。
アリアーヌ=オルグレンは本当に努力家だと。そう言われているけれど、ただわたくしは現実に向き合いたくないだけなのだと。
逃げて、逃げて、逃げた末が今のわたくしなのだと。
でもアメリアがいれば……わたくしは大丈夫。きっと二人で、支え合って生きていける。今は離れ離れになっているけど、いつかアメリアはわたくしを求めてくれる。
そんな彼女の支えになれるように、頑張っていたのに。
そう……願っていたのに。
アメリアは彼と出会って変わってしまいました。
「ぐへへ……アリアーヌも成長したわねぇ……」
「ちょ、ちょっと! 何するんですの!?」
お泊まり。
レイとの訓練も終了し、アメリアの部屋に泊まることになりましたの。久しぶりに二人で過ごすということで、一緒にお風呂に入っているのですが……アメリアが容赦無く身体をペタペタと触ってくるのです。
「おぉ! やっぱり大きくて柔らかいわねぇ……! ぐへへ……」
「ま、待ってくださいまし!」
その手つきは百戦錬磨。いつの間にそんな技術を身につけたのかと問い詰めたくなりますが、やはり彼女は変わりました。
とても明るくなって、自分に素直になったような感じでしょうか。
それもこれも、きっとレイのおかげなのでしょう。
お風呂から上がった後は、二人でベッドに入ります。少し狭いですけれどこれくらいの距離感がちょうどよかった。今はアメリアの近くにいたいから。
「ねぇ。アメリア」
「ん?」
「レイのどこに惹かれたんですの?」
「うえええっ!!?」
変な声を上げるので、少し驚いてしまいますがわたくしは気がついていました。アメリアは、レイ=ホワイトに恋をしているのだと。
「その……わ、分かりすやい?」
「まぁ少なくとも、わたくしは気が付きましたけど。でもレイはどこか抜けているので、気がついてないと思いますわ」
「だ、だよね……あはは〜」
乾いた笑いを漏らしますが、アメリアは情熱的にレイのことを語ってくれました。彼のおかげで、自分は変わることができたと。これから一緒に、生きる理由を見つけていくのだと。
そう……嬉しそうに、話すのです。
あぁ。胸に刺すこの鋭い痛みはなんなのでしょう。
「だからね。私はレイのことが……」
その顔はわたくしの見たことのない、アメリアの表情でした。それを引き出しているのは、わたくしではない。
いつかアメリアの支えになろうと思っていたのに、その役目はわたくしではなかった。
けれど、思ってしまうのは仮にレイではなく自分がその役目になったとしたら、レイのようにアメリアをこんな風に変えることはできたのでしょうか……と。
いえ。おそらく、わたくしでは無理でしたわ。
同じ痛みを、同じ感情を共有できるからと言って、救いになるとは限らない。
そして、レイならばできてしまう。そう思わせるほどの風格が彼にはあるのです。
「ねぇ。アメリア」
「ん?」
「よかったですわね」
「そう……そうだね。でもね──」
そういうと、小さな手でわたくしの手をギュッと握ってくれるのです。
「レイだけじゃないよ。みんないてくれたから。アリアーヌもいてくれたから、私は少しずつ変わってきてるんだと思う」
「……」
「だから、ありがとう。私のそばにいてくれて」
「もう……ばかですわね」
アメリアの方に背中を向ける。
きっと、今あちらを向いてしまえば泣いてしまうと思ったから。
複雑な感情が胸中に渦めく。
でもおそらく、わたくしはアメリアが羨ましいだけなのですわ。
周りに多くの友人ができて、何よりも好きな人ができた。それだけでアメリアは輝くような存在になった。
そんな彼女が羨ましかった。憧れた。憧憬の対象になった。
自覚するのは、自分は今まではアメリアは同じ存在だと思い込んでいたこと。でもそんなことはなかった。人は、みんな違うのだ。同じ存在など、存在はしない。
同じ境遇はあれど、行く着く先はこんなにも違うのだから。
「すぅ……すぅ……すぅ……」
寝息が聞こえてきます。話し疲れたようで、アメリアは気がつけば寝息を立ててしました。
一方で、わたくしはとても疲れているはずなのに……妙に目が冴えています。
思い出すのはレイのこと。
彼は何が違うのか。
確かに【冰剣の魔術師】という時点で、他者とは違うのは間違いがない。しかし、決してそれだけとは思えません。
彼には、もっと何かがある。
そうでないと説明がつかない。だからわたくしは、レイの元へとやってきた。自分もまた、アメリアのように変わりたいと願ったから。
今度はわたくしが追いかける番なのだから。
「アメリア……」
そっと、眠っているアメリアの前髪に触れる。全く起きる様子はなく、静かに寝息を立てて眠っています。
こうして一緒に寝るのも、幼少期以来。
互いにずっと一緒だと思っていた。ずっと、同じ道を進んでいくのだと思っていた。
きっとアメリアはわたくしの前に進んでいるのではない。
全くの別の道を進み始めたのです。
ではわたくしは? わたくしは、次はどこに進めばいいのでしょうか? アメリアの先ではない、道をわたくしは見つけることができるのでしょうか?
「わたくしは……」
ボソリと呟く。
自分のたどり着く先は、一体どこなのか。
この大会の中で、それを見つけることができるのか。
そんな不安に苛まれてしまいます。
わたくしは、弱い人間です。精神力が強く、気高い存在なんて言われますが、そんなことはないと……思いますの。
ただ、そのように振る舞っているだけに過ぎないのです。
でも、それも自分の強さになると信じてわたくしは……。
しばらくすると、アメリアと同じように微睡みの中へと落ちていきます。
願わくば、わたくしも自分の道を進めますように──。
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