第148話 真紅に染まる
「……冰剣。その程度か?」
「……」
距離を取る。
互いにまだ、一撃は当たっていない。
しかし、今の攻防でおおよその実力は理解できていた。
それは拮抗する実力だからこそ分かる。
今の俺では、奴には届きはしないのだと。
「おいおい。拍子抜け過ぎだろ。先代の冰剣はもっとヤバかったぜ?」
会話に応じる義理はない。
だがどうやら、彼は俺の返答を求めているようだった。
殺戮に悦を見出すのではなく、魔術師同士の戦闘に悦びを覚えるタイプの魔術師。
そして俺は、視線と緊張感を切らすことなく、その言葉に答える。
「師匠を知っているのか?」
「リディア=エインズワースだろ。もちろんだ。あいつとは、一度だけ……過去に戦ったことがある」
「……」
「始めてだった。勝てない、と思った魔術師は。まさに修羅。あの領域に至るために、俺は積んできた。この震えを止めるために、俺は戦ってきた」
「……」
よく見ると、その拳は震えていた。拳だけではない。その強靭な脚もまた、震えが止めることはない。
師匠の過去は、出会う前のことは知らない。
ただ彼女が修羅の如き強さを誇っていたのは間違いない。
アビーさん、それにキャロルに聞いた話だが、師匠の全盛期は魔術師の頂点にふさわしいものだったらしい。
俺と出会った時も、全盛期ではあるが真の意味で最強だったのは俺と出会う少し前だという話だ。
つまりは、
覚えている。
あの深淵でも覗いているかのような双眸。
その果てには、何もない。
冷酷な師匠の姿は、今思い出してもゾッとする。
「お前は、あいつを超えていると聞いている。リディア=エインズワースをな。どうなんだ、実際のところよぉ……」
肩をすくめて、両手を広げてそう尋ねてくる
「……俺は師匠を超えたとは、思っていない」
「はっ。そうかよ」
「しかし、魔術師としての潜在的な能力であるのなら……俺の方が上だろう……」
「ハハハハハハハハ!! 思い切ったことを言うなぁ! おい! ハハハハハハハ!!」
顔を歪めて、事実を告げる。
決して俺は魔術師として、師匠の上に立っているとは到底思えない。
だが、純然たる事実がある。
俺と師匠に存在する、明確な差。
その時、俺は師匠の言葉を思い出していた。
「レイ。お前はきっと、私を超える魔術師になる。全盛期の私など、遠く及ばない存在にな」
腰まである長い金色の髪を揺らしながら、師匠は俺に向かってそう言った。
「そんなことは……ありません」
否定する。
俺が師匠を超える?
そんなことを、あり得るはずがなかった。
「気がついているだろう? お前は、特別なんだ。魔術師の頂点に立つ器だ」
「それは……」
気がついていた。
自分の内側に眠る存在に。
「……なぁ、レイ」
腰を落とす。
師匠は目線を合わせてくると、感情を込めて助言をしてくれる。
「私もお前も、才能があった。だがな、その才能とは努力がなければ引き出せない。そして能力とは、自分が支配してこそ能力たり得るんだ」
「……はい」
「見てきただろう? 才能に溺れ、自ら堕ちて行く連中を」
「……はい」
「だからな、レイ。力を手にすることは、それ相応の責任が伴うことなんだ。きっといつか、お前にも分かる日が来る」
ふっと、遠くを見据えて、師匠は戦場を見つめる。
赤く染まり切ったこの戦場で、彼女は何を思うのか。
俺は最後まで師匠の心の内は理解できなかった。
だがその教えは、今もこうして心に刻まれている。
「本気で行くぜ……がっかりさせるなよ?」
瞬間。
正直言って、アリアーヌのものは属性を付与しているからこそ、完全に物理特化しているとは言い難い。
だが、
その四肢は赤黒く染まっていき、完全に変色する。
そしてニヤリと笑った瞬間──その姿が、忽然と消えた。
「……おっと。これはついてこれるのか」
後ろを見ることなく、冰剣で受け止める拳。
俺の冰剣もまた、かなり強度を上げている。にもかかわらず、その一発の拳を受け止めただけで、冰剣にヒビが入り……砕け散ってしまう。
「楽しませてくれよ?」
そこから先、言葉は要らなかった。
本気の戦闘。
魔術師同士の殺し合い。
その感覚に身を任せるのは、本当に懐かしい。
グレイ教諭との戦闘、
しかし、間違いなくその中でもこの
おそらく戦闘という一点においては、世界でも上位に入るであろう逸材。
その圧倒的な巨躯。類稀なる格闘センス。それを理解した上で、自分の魔術を戦闘に特化して、磨き上げている。
極東戦役でも、数多くの魔術師見てきたが、これほどの魔術師が……まだ存在しているとは……。
世界は、本当に広い。
「……」
知覚領域を使用して、相手の位置を補足し続ける。
視覚に頼っていては、確実に遅れる。
「……グッ!」
ついに一発、相手の攻撃をもらってしまう。
知覚はできている。
相手の位置は補足できている。
しかし、身体がついてこない。この反応速度に、自分の体が反応してこない。
そこから先は、一方的だった。
ただ俺は防御するのに精一杯だった。
急所を外し、一撃で殺されないように、戦うことで手一杯。
その四肢から繰り出される攻撃を完全に防ぐ術を、今の俺は持ち合わせていない。
「う……ごほっ……はぁ……はぁ……はぁ……」
内臓をやられたのか、吐血する。
肋骨も折られてしまい、それに右腕と左脚も骨折している箇所がある。
満身創痍。
いくら冰剣があろうとも、相手に当てることができるだけの技量がなければ意味がない。
「もう終わりか?」
「……」
黙って、
その顔は、失望したと言っているようなものだった。
「ふぅ……冰剣と言っても、ガキだとこの程度か」
「……」
そして俺はついに、目を閉じた。
その時に聞こえてきたのは、レベッカ先輩とマリアの声だった。
「レイさん! 逃げて!!」
「レイッ!! もういいわよッ! 逃げてッ!!」
その声は震えていた。
この場にある
二人はその中で、自分ではなく俺の心配をしてくれている。
きっと、二人だって早く逃げたいだろう。
だと言うのに、自分を奮い立たせて懸命に声をかけてくれる。
大丈夫だ。二人とも。
なぜなら、この戦いは。始まった瞬間に、終わりを迎えているも……同然なのだから。
「諦めた、か」
近寄ってくる。
しかし、その足は急に止まる。
「て、テメェ……何をしやがった?」
目を開ける。
全ての準備は整った。
これに気がつくのならば、戦闘が始まった瞬間でなければ意味がない。
着々と積み上げたきたコード。
俺は戦闘が始まった瞬間から、魔術領域の殆どを使い緻密なコードを組み立てていた。
肉を切らせて骨を断つ。
死なない程度に、自分のリソースを残して
これは気が付かれては意味がない。
これほどの時間をかける魔術は、
溢れ出る
だが仮に、
その仮説を基に、新しい魔術を師匠は生み出した。
俺はその仮説を実行するだけだ。
《
《
《
《エンボディメント=
「──
刹那。
真紅に染まる、緋色の
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